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内容は、掲載当時(2004年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。

・山本利春:国際武道大学におけるアスレティックトレーナー教育、 国際武道大学研究紀要(Int. Budo Univ. Journ.) 第20号: 63-73 (2004)

国際武道大学におけるアスレティックトレーナー教育
   山本利春



1.はじめに

 スポーツ選手が最高のパフォーマンスを発揮するためには、選手の体力や技術をよりいっそう高め、急性的な外傷、慢性的な障害、疾病などに伴う影響をより少なくするためのコンディショニングが重要である。近年、それらのアプローチを実施するための医科学サポートが重要視されており、その役割を果たす専門家としてアスレティックトレーナーの存在が注目されている。スポーツ医科学の研究成果をスポーツ選手の競技力向上、あるいは傷害予防に関わるスポーツ現場に活かすためには、これらのスポーツ医科学的知識を踏まえて実施できる人材が必要である。

 日本体育協会では、平成6年に公認アスレティックトレーナー制度を発足させた。本会の養成する公認アスレティックトレーナーは、医学的診断、治療を行うドクターと、技術面、戦術面の指導を担うコーチとの間を取り持つパイプ役となり、スポーツ選手の健康管理、傷害予防、スポーツ外傷・障害の応急処置、リハビリテーションおよび体力トレーニング、コンディショニング等を担当する。これらの人材が、選手のコンディションを最良の状態にするための環境をつくるコーディネーターとして、スポーツ医科学サポートシステムを構築していくことが期待される。

2.アスレティックトレーナー育成

 スポーツ現場におけるアスレティックトレーナーのニーズは非常に高い。しかしながらアスレティツタトレーナーの仕事は職業として確立されているわけではない。にもかかわらず、近年、学生をはじめとするアスレティックトレーナー志望者は年々増加しており、「どのような勉強をすればよいか?」 「どこで学べばよいか?」といった声を聞くことが多くなった。米国におけるアスレティックトレーナー教育は、全米アスレティックトレーナー協会公認プログラムやインターンシップ制度を中心にして、大学や大学院がその任務を果たしている。我々も学内にスポーツ選手を多数抱える体育大学のスポーツ医科学サポートの一環として、1985年より、学内のスポーツ医学的健康管理システムに学生トレーナーの活動をリンクさせ、選手の医科学サポートとトレーナーの教育を同時進行で進めてきた。そのベースとなる基礎的な知識習得のためのカリキュラムは本学体育学部の授業内容にほぼ網羅されていたため、前述の日本体育協会公認アスレティックトレーナー養成適応コースの承認校に国内ではいち早く認定され、既に多くの合格者を輩出している。また2001年には、これまでの経験を生かし、アスレティックトレーナーをはじめとするコンディショニングやトレーニングの専門家育成に必要な内容をさらに充実させた形で、国内初の「スポーツトレーナー学科」を新設した。 このような専門家の育成は諸外国では体育系の大学が担っていることが多いが、日本ではその養成専門教育機関は存在せず、学問分野も立ち遅れている現状であるため、他大学にも例がなく、かつ社会的なニーズが高い学科といえる。しかし、もともと学内におけるトレーナー育成システムは、トレーナーを育成するために構築したのではなく、学内のスポーツ選手の医科学サポートを遂行するためのマンパワーとして学生トレーナーの存在が不可欠であったために必然的に生まれたものである。だからこそ、授業や資格取得のための単位修得、受験勉強では身につかないトレーナーに必要な「実践的な能力」の習得をどのように教育すればよいかを常に模索してきたといえる。重要なことはアスレティックトレーナー教育先行ではなく、選手のためのトレーナー活動がまず優先でなければならないことである。本稿では、これらのことを踏まえ、本学での学生アスレティックトレーナー教育の現状を紹介するとともに、著者のアスレティックトレーナー教育の考え方について述べたい。

3.国際武道大学における学生トレーナー活動

 現在、国際武道大学ではスポーツトレーナー学科であるなしにかかわらず、学生トレーナーとして活動している学生の有志たちが所属する「トレーナーチーム」という大学の課外活動公認組織が存在する。トレーナーチームは、各競技クラブの学生トレーナーのみならず、クラブには所属せずに学内の健康管理室に隣接したリコンディショニングルームで選手のリハビリ・トレーニングの指導を中心に活動している学生もおり、総勢150名を超える団体となっている。他大学、専門学校にもトレーナーを志す学生は年々増えつつあるが、本学トレーナーチームのように、学内の専任教員が指導者となり、組織的に学内競技クラブの全選手への医科学サポートを統括して行っているケースは稀である。

 本学トレーナーチームの主な活動を紹介する。

1)新入生を対象とした整形外科的メディカルチェック

 新入生に多い身体的な問題として、高校時代のクラブ活動で体を酷使するが故に競技が正常に行なえないような機能的な障害を持った状態であること、または長期間の受験勉強によって極度の運動不足に伴う体力低下が挙げられる。学内における年間を通じた選手の傷害発生状況を調査すると、特に4月から6月頃における新入生の入学後のケガが多く発生している。新入生は身体的にコンディション不良な状態といえるため、入学後すぐに在校生たちと同じ練習を行なえば当然ケガをしやすいといえる。つまり、新入生選手たちの多くは怪我予備軍と捉えて対応する必要がある。このような新入生の問題を早期に把捉し、問題解決していくことが学内における医科学サポートシステムあるいはトレーナーチームの大きな役割であり、 「傷害予防」のアプローチとして重要であるため、傷害発生関連要因として問題になるものを見つけ出して把握し(スクリーニング)、問題解決の方法をアドバイスする(リコンディショニング指導)、 「整形外科的メディカルチェック」を実施している。

 痛みが出たら治療を受ける、あるいは痛みをとるだけの治療ではなく、何が原因で痛み(ケガ)が発生したかを調べて、根本的な解決策を見つけることが重要である。仮に素晴らしい治療を受けて運よく痛みがとれたとしても、痛みの出る原因となった根本的な問題が解決されなければ、再度痛みが出る可能性は大きいと言える。筋力不足や柔軟性の低下が原因でケガをしているのにいつも治療に通うばかりで、痛みがとれて練習を開始しても、しばらくするとまたケガが再発する、といったことを繰り返しているケースも少なくない。

 大きな川から流れてくるゴミをスポーツのケガに例えてみれば、川の下流で流れてくるゴミを拾うことに明け暮れていては、川は根本的にきれいにならない。 上流に行ってゴミの出る原因をつきとめ、ゴミが出ないように努力をしなければならない。選手は痛みなくプレーしているときは、行く先自分がケガをすることなど考えられないことが多い。ケガをして初めて、ケガをしたときのつらさを実感し、「〜しておけばよかった」 「これからは〜しよう」と初めてケガの予防の努力をし始める。やはり普段から、なぜケガをするのか?、どういう状態のときケガが発生しやすいのか? さらにどうしたらケガを予防できるのかを選手自身が知っておくことが重要である。

 メディカルチェックの項目としては、@筋力、A柔軟性、B身体組成、Cアライメント、D関節弛緩性の大きく5要素を傷害発生要因と捉えチェックを行う。 さらに、そのデータをもとに新入生約600名全員に対して、一人ずつカウンセリングを行い、さらに傷害発生の危険度が高いと思われる学生には再度あらためて精細な傷害相談、機能評価、リコンディショニング指導を行なう。



メディカルチェックの項目としての傷害発生要因の5要素身体組成(体脂肪率)の測定
新入生を対象とした整形外科的メディカルチェック実施風景関節弛緩性の検査

 この新入生メディカルチェックはトレーナーチームが中心となり、4月の授業開始前に体育館を会場として一日で行なわれる。学生トレーナーは約半年前よりプロジェクトチームを結成し、2月頃には測定を担当するトレーナー全員でメディカルチェック合宿を行い、自分が担当する測定項目だけでなく、全ての要素の測定項目を理解し、正しく評価することはもとより、新入生に説明できるように徹底的に勉強する。このような機会は、傷害発生メカニズムや機能解剖を踏まえた測定の意義、さらには測定評価の方法と評価に関する知識、技能を養うことができる。これらのメディカルチェックを通じてトレーナーが行うべき「傷害予防」へのアプローチを実践的に学ぶことになるだろう。

整形外科的メディカルチェックをもとにした健康管理システム

2)選手を対象にしたコンディショニングセミナー

 トレーナーの役割は、選手がベストコンディションで競技できるように努めることには違いないが、選手自身による身体の管理が最も重要であり、トレーナーはそれをサポートする役割であるべきである。選手の健康管理に間違いがあったり、他人に依存する気持ちが強かったりするならば、正しい方向に指導することが必要である。選手の要望通りに、常に痛みや疲労の対処療法を行っているだけでは本質的な選手のサポートとはいえない。なぜ、毎回同じ部位に怪我をしたり、疲労しやすかったりするのかを考えさせたり、筋力強化や柔軟性の改善、フォームの修正など、原因に応じた再発予防の対策を説明して、自分のやるべき課題について認識させることが大切である。なぜなら、自分の身体を最も管理できるのは自分自身であり、地道なトレーニングやストレッチングなどの継続や辛い訓練も、自分自身の意思によって、その効果の大きさが左右されるからである。また、選手自身が正しい身体の管理を覚えることで、継続性も高まり、トレーナーがいない場所での突然のアクシデントにも対応できるだろう。選手の自己管理に対する意識の改革で、大幅に怪我が減ったという実例もある。

 これらの選手の教育を目的に、トレーナーチームでは学生独自に企画・運営を行い定期的にコンディショニングセミナーを開催している。前述の新入生メディカルチェックでスクリーニングされたコンディショニングになんらかの問題がある選手たちを対象に、傷害予防とリコンディショニングの講習を行なったり、近隣の高校生を対象に出張セミナーを行なうこともある。特に大学4年間のうちに学生トレーナー全員が、少なくとも膝、足首、肩、腰の4部位に関する各セミナーを自分自身で担当できるようになることを目標に、ローテーション制で、各部位の企画・運営(講師としてのプレゼンテーションも含む)を担当する。学生トレーナーたちは事前に、説明する際に使用する模型や配布資料を作成し、できるだけ選手にわかりやすくレクチャーできるよう準備を行う。さらに、事前にリハーサルも行い、教員や大学院生が発表に関する指導チェックをし、より内容の高いセミナーを目指し、参加する選手たちの自己管理能力を高めるための教育に最善を尽くす。その過程を通じて、人に教える難しさや大変さを実感していくことになる。

高校に出向いて行った傷害予防のためのコンディショニングセミナー 体育科をもつ某公立高校は毎年本学に「メディカルチェック」と「傷害予防セミナー」を受けに訪れている
高校に出向いて行った
傷害予防のためのコンディショニングセミナー
体育科をもつ某公立高校は
毎年本学に「メディカルチェック」と
「傷害予防セミナー」を受けに訪れている
コンディショニングセミナー開催までの流れ
コンディショニングセミナーでの説明に使用する人体模型 セミナー用の配布資料
コンディショニングセミナーでの説明に使用する人体模型を
発砲スチロールを削って自作する
数多くの専門書を参考に
セミナー用の配布資料を作成する

 アスレティックトレーナーにとって、選手に対する「自己管理能力の教育」は重要な役割である Trainer という名称の語源を辿ると、Trainとは教育する、訓練するという意味であり、つまりトレーナーはその活動を通じて「選手の教育」をすることが重要な役割であるといえる。

3)アスレティックリハビリテーション

 傷害を有するスポーツ選手のリハビリテーションは、その目標が競技復帰あるいは積極的なスポーツ活動に置かれ、高い体力レベルの獲得、早期競技復帰が望まれる。 スポーツ選手の体力は、その競技種目の違いにより特異的であるため、各スポーツの競技特性を把握し、その種目に特徴的な体力要素や運動様式などを踏まえた上でトレーニングを処方する必要がある。また、スポーツ選手特有の心理状態にも留意し、個人のモチベーションやチーム内での位置を配慮し、選手の意欲やあせりをコントロールしなければならない。これらは医療機関でのリハビリ指導では十分でないことも多く、大学内でのトレーナーの役割は大きい。本学では、健康管理室(スポーツドクター(専任教員が兼任)とアスレティックトレーナー(専任教員が兼任)および看護士がスタッフとして所属)が主体となり、トレーナーチームの協力のもと、隣接したリコンディショニングルームで傷害を有する学内の選手のアスレティックリハビリテーションを実施している。週2回のスポーツドクターによる医事相談、週4回のアスレティックトレーナー(教員)による傷害相談を予約制で行い、学生トレーナーが行なうアスレティックリハビリテーションの指導体制をとっている。

コンディショニングセミナー開催までの流れ

 学生トレーナーは選手を競技復帰させるまでの過程で以下のような経験を積む。
@スポーツドクターと選手の医学的カウンセリングに立ち会い、治療方針を検討する話し合いに加わる。トレーニング・プログラム作成時の、医学的制限や変更条件などを確認する。
A毎週、ケース・カンファレンス(症例検討会)を行い、選手の機能障害の状況やトレーニングの目的、方向性などを確認する。担当のトレーナーは、選手の状態を他のトレーナーに簡潔に分かり易く報告するために、トレーニング経過や機能評価などを綿密にまとめなければならない。
Bリハビリ中の選手とは、 リハ・ノート(トレーニング・カルテ、選手とトレーナーの意見交換ノートでもある)を通じて、よりコミュニケーションを深める。選手の心理状態やトレーニングの進行状態を確認する。
C定期的に選手の筋力測定や可動域検査などの機能評価を行い、そのつど機能レベルに応じてリハビリ・トレーニング・プログラムの検討を行う。
Dクラブの監督やコーチなどと連絡を取りなから、現在の回復状況を知らせる。

アスレティックトレーナーとして経験豊富なスーパーバイザーにアスレティックリハビリテーションのアドバイスを受ける選手の状況を把握するためにトレーナーは常に選手とのコミュニケーションに努める
アスレティックトレーナーとして経験豊富なスーパーバイザーに
アスレティックリハビリテーションのアドバイスを受ける
選手の状況を把握するために
トレーナーは常に選手とのコミュニケーションに努める
選リハビリテーションの内容を検討するために定期的な機能評価を行う
医療機関でのスポーツドクターへの受診の際には
学生トレーナーも同行しで情報収集を図る
リハビリテーションの内容を検討するために
定期的な機能評価を行う

 病院に通院する場合と異なり、学内のリコンディショニングルームと練習場が隣接しているので、授業終了後すぐにトレーナールームでトレーニングを行うことができる。選手の回復状況に応じて、トレーナールームと練習場を行き来し、リハビリ・トレーニングと競技の練習(基本練習から徐々に)を同時進行させ、その比率を徐々に変えていくことも可能である。必要があれば、テーピングをして練習に参加させたり、腰痛をもつ選手であれば、練習前に患部を暖め、ストレッチング、腹筋強化などを行わせてから、練習に行かせることもできる。大学内にリコンディショニングルームが存在することで、選手はチームからそれほど離れずに、毎日リコンディショニングに専念でき、コーチも安心してトレーナーに任すことができる。また、常に筋力などの機能評価にもとづいて逐次トレーニング・プログラムの変更を行うとともに、各競技種目の特性に合わせて患部外トレーニングを積極的に行わせている。これらのことが、機能回復を早め、予想以上の短期間で、競技復帰を可能にさせている。

定期的に選手の筋力回復の測定・評価を行い、トレーニングの効果を確認する選手自身が自ら正しいトレーニングができるように指導する
定期的に選手の筋力回復の測定・評価を行い、
トレーニングの効果を確認する
選手自身が自ら正しいトレーニングができるように指導する


 大学内のリコンディショニングルームは、様々なスポーツ種目の特異的な傷害を見るチャンスと、種目別の競技特性を考慮したリハビリ・トレーニングを実践的に学ぶには最適な場である。トレーナーの教育として、スポーツ現場と隣接していることの最大の利点は、選手の怪我の発生から競技復帰までの全ての過程を、トレーナーとして密接に関わりながらみることができることである。また、トレーナーはアスレティックリハビリテーションの過程で、ドクターやコーチと十分なコミュニケーションを取りながら、選手もしくはチームのコーディネーターとして、両者のパイプ役を果たすことになる。


選手との信頼関係が競技に復帰するまでの長くつらいリハビリ・トレーニングを乗り越える支えになる
選手との信頼関係が競技に復帰するまでの長くつらいリハビリ・トレーニングを乗り越える支えになる

4)競技会におけるトレーナーステーション活動

 競技会時にトレーナーが常駐して、大会参加選手のコンディショニングや応急処置、テーピングなどを行う場所をトレーナーステーションと呼んでいる。従来、競技会における選手のコンディショニング・サポートは、救護所を設置して応急処置のみを施したり、各チームの専属のトレーナーやコーチが所属選手のケアをしていることが通常であった。

 しかし、近年では参加するすべての選手が、応急処置はもちろん、その後のリハビリに関するアドバイスを受けたり、傷害予防やケアについての相談の出来る、コンディショニングのサービス・ステーション的役割を持ったトレーナーステーションの存在が望まれるようになり、選手へのコンディショニングの提供を行うことが可能となった。本来は各チームに専属トレーナーが存在して選手のコンディショニングを行うことが望ましいが、トレーナーの普及がいまだ十分でない日本では、トレーナのいないチームが多い。トレーナーステーションは、大会時に公平に参加選手をケア、指導できる公共のトレーナーを有する、公共のトレーナールームともいえよう。

 学生トレーナーの有志が集まり活動する本学トレーナーチームでは、様々な競技の大会から依頼を受け、ボランティア的な活動の一環として、トレーナーステーション活動を実施してきた。

 主な競技会の活動実績としては、千葉県の中学生および高校生を対象とした陸上競技.ラグビー、バレーボールの選手権大会、東京都空手道選手権大会、ライフセービング競技全日本学生選手権、草サッカー全国大会、柔道・剣道の選抜競技大会などである。

各種競技会場におけるトレーナーステーション活動ストレッチテストで柔軟性の評価をしながらコンディショニング指導を行う
各種競技会場におけるトレーナーステーション活動ストレッチテストで柔軟性の評価をしながらコンディショニング指導を行う
競技中の事故に備えて救急器具を持って待機するスタジアム救護国体代表チームの合宿に帯同し、練習時のテーピングを行う
競技中の事故に備えて救急器具を持って待機するスタジアム救護国体代表チームの合宿に帯同し、練習時のテーピングを行う

 トレーナーステーション活動を行うに当たり、学生トレーナーは対象となる選手の競技特性による傷害の特徴や起こりうる傷害の処置方法などについて入念な勉強会や使用物品の吟味、準備が必要となる。また、応急処置やテーピングなどの対処のみでなく、選手への教育を重要と考え、カウンセリングやアドバイスのための配布資料を作成したり、当日には必要に応じて専門医の紹介を行う。大会中および大会前後には、トレーナーとしての実践的な活動のみならず、選手や指導者とのコミュニケーション、大会運営側などとの渉外活動、活動報告の提出など、コンディショニングに関わる知識や社会環境的コーデネートにいたるまで、学生トレーナーは多くのことを学ぶことが可能になり、トレーナーステーション活動は学生トレーナーにとって有意義な教育媒体となると思われる。

 トレーナーステーション活動は、競技会における選手の医科学サポートを実践・支援する有効なシステムであるが、そのマンパワーの確保やシステムづくりが困難であった。しかし、その活動を学生トレーナーの教育の場としてリンクすることで、スポーツ選手のコンディショニングをボランティア的にサポートすることが可能となり、トレーナー教育としても有意義な場となると思われる。

トレーナーステーション開催までの流れ事前の勉強会で熱中症の応急処置のデモを行う
事前の勉強会で熱中症の応急処置のデモを行う

5)競技種目に応じた体力測定

 スポーツ選手のコンディショニングを行う上で、運動機能の評価はトレーナーの重要な仕事の一つである。たとえば、体力測定は身体資源のコンディションを評価することであり、選手の身体を様々な角度から精密に観察することで、その選手自身の身体資源の長所・短所が明確になり、選手の特徴やトレーニングの課題を見つけ出す材料になりうる。体力測定を中心とした運動機能の評価は、フィードバックを効果的に行えば、選手の自己管理への意識を高めるための材料として、測定の結果は大きな役割を果たす。具体的な目標や課題を示してやることで選手のモチベーションは数倍にもなりうる。学生トレーナーの教育として重要なのは、測定実施前後の活動である。競技力向上、あるいはスポーツ傷害の予防を目的とした測定評価を行う際には、多くのスポーツ医学的知識を把握しておかねばならない。すなわち、測定項目を選択するには目的に応じてその競技の運動特性や、よく発生する傷害とその要因となる要素などを知っておく必要がある。また、測定の結果をフィードバックする際には、選手やコーチに分かり易く噛み砕いて教える必要があるため、その科学的裏付けを十分に理解していなければならない。測定後のフィードバックの際にはデータの説明だけでなく、選手が測定結果に基づいて行動を起こせるように、対応策としての具体的なトレーニング方法や傷害予防の方法をアドバイスしていく必要がある。当然トレーニング理論、傷害予防法を踏まえてトレーニング・プログラムを処方していかねばならない。ウィークポイントやその強化の必要性などを、測定データを材料として選手に教育するわけである。測定結果を選手の傷害予防のためのコンディショニングに役立てるのなら、測定後には一刻も早く現場に結果をフィードバックすることが重要なので、効率よくデータを処理する能力も必要となる。いかに時間内に効率よく測定し、データ処理するか、どのようにして選手に結果を伝えるか、あるいはスタッフ同士の協力体制への配慮など、コーディネートする能力も養われる。単なるデータ取りでなく、選手のための、現場に密接な体力測定を行おうとするならば、これらの過程はトレーナーにとって絶好の勉強の機会であるといえよう。

 本学ではリコンディショニングルームが武道・スポーツ科学研究所内に設置されているため、スポーツ医科学的各種測定が可能な機器が整っており、学内外の各チーム単位の体力測定を、学生トレーナーの活動の一環として行っている。特にシーズン・オフ前後のコンディショニングのチェックやトレーニング効果の判定など、学外のJリーグやVリーグ、企業チームのサッカーやバレーボールなどのチームの測定も依頼され、コンディショニングのサポートを行っている。過去にこれまで本学で行った体力測定のデータ蓄積は莫大であり、データの評価やフィードバックの際に貴重な資料となり大いに役立っている。

外部のエリートスポーツ選手の体力測定は一際緊張感が高まるプロや実業団の選手の体力測定をサポートすることも多い
外部のエリートスポーツ選手の体力測定は一際緊張感が高まるプロや実業団の選手の体力測定をサポートすることも多い
千葉県スポーツ科学総合センター開設以来、体力測定のサポートスタッフとして協力している対象となる選手の競技特性を踏まえて測定内容を検討する
千葉県スポーツ科学総合センター開設以来、
体力測定のサポートスタッフとして協力している
対象となる選手の競技特性を踏まえて測定内容を検討する

4.トレーナー教育のコンセプト

1)トレーナーに必要な要素を実践的に学ぶ

 今回紹介したトレーナーチームの主な活動は、実は本来アスレティツタトレーナーが必要とする重要な要素をそれぞれ習得するには絶好の機会であると考えている。メディカルチェックでは「予防」および「測定と評価」、コンディショニングセミナーでは「コンディショニング」および「教育とカウンセリング」、アスレティックリハビリテーションは「リコンディショニング」、トレーナーステーション活動は「救急処置」および「教育とカウンセリング」、体力測定では「測定と評価」などというトレーナー教育に重要なキーワードが必然的に密接に関わってくる。さらに、これらのイベントを企画運営することを通じてマネージメント的にコーディネートする能力や、人に接して指導したり、伝えたりすることの繰り返しでトレーナーにとって不可欠なコミュニケーション能力が育成されるといえよう。

2)現場のニーズと学生トレーナー育成の一体化

 体育系大学においてスポーツ活動は不可欠であり、活動レベルや専門性がより高いため、スポーツ傷害の予防・治療・リハビリをはじめとする健康管理のニーズは非常に高い。すなわち、トレーナーを必要とするスポーツ現場が存在する。一方、トレーナー養成の観点からすれば、現場のトレーナー活動を通じて多くの経験を積む必要性がある。この両者のニーズがうまく噛み合い、学生の健康管理と教育が同時進行可能となる。

学生トレーナー活動から学べるもの

3)トレーナースピリッツ

 トレーナーの立場に立つと、自分のためだけの勉強ではなく、困っている人、悩んでいる人を助けるために勉強しようという、スピリッツが生まれる。著者のこれまでの経験から言ってトレーナー教育とは、「ボランティア精神」を機軸において、 「人のために尽くす」ことのできる人材を育成することであると考えている。したがって、前述のような様々な実践的なトレーナー活動はプロのトレーナーを育成することだけではなく、活動を通じて人格形成、人間修行を行う場であると捷えている。現場の監督、コーチや医師との信頼関係の構築、責任と自覚、リーダーシップと協調性さらに、人体の仕組みとスポーツ医科学を理解し応用力を身につけることがトレーナー教育の基本であると考えられよう。

学内スポーツ選手の医科学的サポートと学生トレーナーの教育

 スポーツ医学の進歩に伴い、スポーツ選手の医科学サポートを担う人材が求められる今日、学生トレーナーの育成は、日本のスポーツ界の発展につながるといっても過言ではない。また、仮にトレーナーに関連した職業に就かないにしても、トレーナー活動を通じた学生生活は、 「人間形成」や「体育」を学ぶ格好の場となろう。




参考文献

 1)山本利春:トレーナーの役割と選手の教育,体育科教育,46(3) :66-67,1998.
 2)山本利春:スポーツ傷害の予防と自己管理の重要性,体育科教育,44(10) : 68-69, 1996.
 3)山本利春:トレーナーの役割と課題―体育系大学におけるトレーナー活動―,Jpn.J. SportsSci., 13(3): 351-361, 1994.
 4)山本利春:日本体育協会公認アスレティックトレーナー制度,保健の科学 44 (12): 896-903, 2002.
 5)山本利春:国際武道大学におけるトレーナー教育―スポーツトレーナー学科と学生トレーナーチームの現況―, 体育の科学,54(4): 287-293,2002.
 6)山本利春:体育系大学における整形外科的メディカルチェック,臨床スポーツ医学, 13(10) : 1095-1104, 1996.
 7)山本利春ら:スポーツ現場におけるスポーツ医科学サポート活動を通じたトレーナー教育の実践報告その1 ―競技会における救護活動と傷害予防教育の実践―,武道.スポーツ科学研究所年報,第9号: 123-133, 2003.
 8)山本利春ら:中学校陸上競技大会におけるトレーナーステーション活動―ジュニア選手の傷害予防教育の実践―,陸上競技研究59: 48-54, 2004.


(2003年11月10日 受理)