山本利春:トレーナーの役割と選手の教育,体育科教育,46(3):66-67,1998.
 スポーツ・トレーニングの基礎知識(連載23・最終回)

 トレーナーの役割と選手の教育
 
国際武道大学講師 山本利春

「体育科教育」1998年3月号p66〜67(大修館書店)より著作権者の許可を得て転載
(注:役職は掲載時。また、内容も時間の経過により現状と合わない部分もあります。ご了承ください)

 近年スポーツ界では、選手の能力を最大限に引き出し、安全で効果的なスポーツ活動ができるように選手をサポートする裏方的役割の存在が重要視されてきました。
 そのうちの一つに「トレーナー」があります。本稿では、そのトレーナーの存在と役割について述べたいと思います。

 トレーナーとはどのような人か?
 高校生や大学生の中には、将来トレーナーになりたいという希望を持つ人も多くなってきました。しかし、「トレーナー」という名称は知っていてもトレーナーの役割や仕事を正しく認識している人は少ないように思います。「トレーナー」=「テーピングする人」「マッサージする人」など、トレーナーの仕事のごく一部しか見ていない人が多いようです。日本ではまだ「トレーナー」の仕事がはっきりと確立されていないのが実状です。

 例えば、病院に勤務する理学療法士、スポーツインストラクター、接骨師、鍼灸師、アスレティックトレーナーなどの人たちのことをみな、ひと言で「トレーナー」と呼んでいることが多く、自称「トレーナー」を名のる人もいます。

 本場アメリカでいうトレーナーとは、
(1)スポーツ傷害の予防、
(2)スポーツ現場での応急処置、
(3)スポーツ傷害の治療・リハビリテーションを含む再発予防
を主な役割として、トレーニング、栄養学、救急処置、リハビリなどのスポーツ医学的な幅広い知識を持った上でスポーツ選手のサポートを行っている人を指します。

 「トレーナー:Trainer」の語源をたどると文字が示すとおり、もともとトレーニングさせる人であったようです。Trainという動詞の訳を調べると「教育する」「訓練する」「慣らす」「鍛える」「整える」などの意味があります。つまり、トレーナーはその活動を通じて「選手の教育」をすることが重要な役割であるといえます。

 選手の自己管理能力の教育
 スポーツ現場におけるトレーナーの役割は、選手がベストコンディションで競技できるように努めることには違いないのですが、選手自身による身体の管理が最も重要であり、トレーナーはそれをサポートする役割であるべきです。選手の健康管理に間違いがあったり、他人に依存する気持ちが強かったりするならば、正しい方向に指導することが必要です。

 選手の要望通りに、常に痛みや疲労の対処療法を行っているだけでは本質的な選手のサポートとはいえません。なぜ、毎回同じ部位に怪我をしたり、疲労しやすかったりするのかを考えさせたり、筋力強化や柔軟性の改善、フォームの修正など、原因に応じた再発予防の対策を説明して、自分のやるべき課題について認識させることが大切です。

 なぜなら、自分の身体を最も管理できるのは自分自身であり、地道なトレーニングやストレッチングなどの継続や辛い訓練も、自分自身の意思によって、その効果の大きさが左右されるからです。

 また、選手自身が正しい身体の管理を覚えることで、継続性も高まり、トレーナーがいない場所での突然のアクシデントにも対応できるでしょう。選手の自己管理に対する意識の改革で、大幅に怪我が減ったという実例もあります。

 選手の意識改革の必要性
 日本では、いまだにある分野では、マッサージを中心にした疲労回復やテーピングなどに主眼が置かれ、選手の痛みや慢性的な疲労に対しても、その根本的な原因を分析して予防的に解決するのではなく、対症療法的に解決してしまう傾向が残っています。

 選手のことを第一に考えるなら、痛みや疲れを取るだけの治療ではなく、何が原因で痛みや疲労が発生したかを調べて、根本的な解決策を見つけてやることが重要です。選手の教育を実践するには、テーピングにしてもマッサージにしても、なぜ行うのかを選手に説明をした上で実施することが重要です。

 たとえば、テーピングだけに頼ってしまいがちな選手には、
(1)あくまでテーピングは外からの補強であり、治療にはつながらないこと。
(2)靱帯が切れて緩んでしまった関節を補強するには、関節の固定力を増すための筋力トレーニングが必要であること。
(3)もともとテーピングが必要になってしまった理由として、受傷後の応急処置が徹底していなかったこと。
などを注意する(特に、たかが捻挫と処置もせずに放置してきた選手に対して。これは意外に多い)といった教育的な配慮を同時に行っていくことが大切です。

 筆者の大学では、特に膝関節のテーピングを行う際には、まず筋力チェックを行い、筋力が弱い者には筋力トレーニングを並行して行うことを義済付けた上で、テーピングを行うことを許可しています。また、数週間後には再度筋力チェックを行い、選手のトレーニング効果を評価することで、その選手の意識を高めるための配慮をしています。

 トレーナーに必要な知識
 トレーナーに必要な基本的な知識として重要なものの一つに解剖学があります。特に運動機能との関連からみた解剖学です。テーピングでも、ただ単に教科書通りの方法で、しわなく綺麗に巻ければよいのではなく、怪我の部位や競技の特性、形態的特徴などに応じて巻き方を考慮する必要があります。そのためには、関節の動きや動作特性、靱帯の位置、付着部、機能などを熟知していなくてはなりません。

 同様なことはストレッチングについてもいえます。各スポーツにおいて頻繁に使われる筋、あるいは疲労しやすい筋をあらかじめ把握しておき、目的とする筋群を伸ばすためには、筋肉の起始、停止を踏まえた上で、どのような姿勢で、どのような関節運動を介して行うのが効果的なのかを理解しておく必要があります。

 このように、テーピング、ストレッチング、フォームの修正、あるいは筋力トレーニングなどを正しく実践するためには、人のからだの仕組み、“機能解剖学”を学ぶことが非常に重要です。

 トレーナー的知識を持った指導者の必要性
 本来ならば、全てのスポーツの現場に前述のような、スポーツ傷害の予防、応急処置、リハビリテーションそして栄養や心理面なども含めたトータルな知識と技術を身につけた専門的なトレーナーが配置されることが望ましいと思われます。しかし、現状ではそのような体制になるにはまだまだ時間がかかるでしょう。だからといって、スポーツ障害に悩む選手や生徒たちを放っておくわけにはいきません。

 したがって、現状での改善を考えるなら、学校教育に関わる体育教員、養護教諭、部活動指導者の方々にトレーナー的な能力を身につけていただくことが最善策ではないかと思われます。スポーツ選手やスポーツ活動を行う者を数多く抱える学校のスポーツ現場に、一人でも多くトレーナー的な知識を持った指導者が存在することが、日本のスポーツ現場における健康管理の底辺を広げることにつながると考えています。

 特に前述したスポーツ傷害の予防や自己管理に関する「選手の教育」を行う役割を指導者が行わなければならないと思います。このことは、学校現場だけでなく、地域の健康づくりや社会人競技スポーツにおいてもいえます。

 筆者らは体育指導者を養成する体育系大学の立場で、専門的なトレーナーの教育はもとより、トレーナー的な知識を身につけた体育指導者の育成に今後とも力をそそいでいく所存です。


<参考文献>
山本利春:トレーナーの役割と課題―体育系大学におけるトレーナー活動―J.J.SPORTS SCIENCE 13(3): 351-361, 1994.

©Copyright 2003 Yamamoto Toshiharu