山本利春:スポーツ傷害の予防と自己管理の重要性,体育科教育,44(10):68-69,1996.
スポーツ・トレーニングの基礎知識(連載5)
スポーツ傷害の予防と 自己管理の重要性 国際武道大学講師 山本利春 |
「体育科教育」1996年10月号p.68〜69(大修館書店)より著作権者の許可を得て転載
(注:役職は掲載時。また、内容も時間の経過により現状と合わない部分もあります。ご了承ください)
自己管理ができない選手が増えている |
一昔前に比べて、日本のスポーツ現場では、選手の身体管理を中心に専門技術を駆使してサポートする治療家やトレーナーの活躍が目覚ましくなってきています。
あるレベル以上の選手なら、こうした人たちのサポートを受けることが当たり前のようになってきています。それは大変好ましいことなのですが、一方で、そうしたことが専門家に頼り過ぎて自分自身で自分の身体を管理しようとする意識の希薄な選手を作っているという事実もあります。
選手の中には、練習で疲労すればトレーナーやマッサージに身をゆだねればいいと、短絡的に考えている人も少なくありません。こうした選手は、最低限自分で行うべきクールダウンやストレッチングさえ十分に行っていないケースが多いのです。
多くのスポーツ現場の実態をみると、疲れたら、あるいは痛くなったら専門家に診てもらえばいいとして、自分でできることさえしない選手が目立ち始めています。それは、日本のスポーツの中核となっているプロ野球、プロサッカーでも同じようなことがいえます(<あるスポーツ選手の例>参照)。クーリングダウン、ストレッチングはもちろんのこと、ウィークポイント補強のためのトレーニング、栄養、睡眠への配慮など、自分自身で実行すべき身体の管理は数多くあります。そうしたべースがあって初めて、専門家のサポートが生きてくるのです。
自分はなぜ疲れやすいのか、なぜ同じ部分が痛くなったり張ったりするのか、こうしたことに素直に疑問を持ち、自分のからだの特徴を知り、自分を一番よく知っている自分自身ができることを尽くす、それが大切なことなのです。
ケガの再発予防も大事 |
痛みが出たら治療を受ける、あるいは痛みをとるだけの治療ではなく、何が原因で痛み(ケガ)が発生したかを調べて、根本的な解決策を見つけることが重要です(表1)。
仮に素晴らしい治療を受けて、運よく痛みがとれたとしても、痛みの出る原因となった根本的な問題が解決されなければ、再度痛みが出る可能性は大きいと言えます。
筋力不足や柔軟性の低下が原因でケガをしているのに、いつも治療に通うばかりで、痛みがとれて練習を開始して、しばらくするとまたケガが再発する、といったことを繰り返しているケースも少なくありません(痛みや練習の中止でさらに筋力は落ちていることにも気付かないことも多い)。
一度ケガをしてしまった人は、再度ケガをしないように弱点強化し、以前よりもよいコンディションにしてから競技再開するぐらいの心構えがほしいものです。
流行の専門テクニックを盲目的に取り入れる選手が増えている |
最近、「スパイラルテープ」「キネシオテープ」「PNF」などのテクニックを、競技力向上や障害の治療の特効薬的存在として用いる選手が多くなってきました。これらは、トップ選手のみならず、高校生、中学生の間にまでも進出しています。
優れた専門テクニックそれ自体の導入は、技術者の理論と知識が確かで活用のTPOが整っていれば、すすめられるべきことです。
しかし、前後の見境なく他人の結果にあやかろうとする姿勢、自分でもできる範囲のトレーニングをおろそかにしているのに、こうしたテクニックで他力本願的に結果だけ手にいれようとする姿勢も目立ちます。
これらを用いてよい結果を出している一流選手たちは、筋力や持久力のトレーニングをはじめ、競技に必要な身体づくりに十分な努力を重ねた上で、さらにハイレベルな向上(その余地はわずかであるが)を得るための「サポート」として利用していることを忘れてはいけません。べースには、地道なトレーニング、健康管理があるのです。既存の基本的に必要な方法で十分にトレーニングされているならまだしも、その努力もしないで、楽をして近道でよい結果だけを手にしたいという意識が目立つように思えるのです。
一方で、不十分な知識でこれらのテクニックを用いたために、かえって痛みを増す結果になった例も報告されています。おそらく、見よう見まねの自己解釈で活用しているという例も多いのではないでしょうか。
身体に関することは、適応を間違えると大変なことになります。まず基本的なトレーニングに全力を尽くし、その上で手法、適応をしっかりと理解して、正しく導入していけば、これらの新しいテクニックも本来の機能を果たすのです。自己管理のチェック・ポイントは表1の通りです。
<あるプロスポーツ選手の例>
練習が終わるといつもクーリングダウンもせずにトレーナーのマッサージを受けている選手がいた。彼は「練習後はいつも筋肉の疲労感が残って仕方がない」と訴える。私生活を調べてみると、夜遊びが習慣化し、睡眠不足や朝食抜きが常であった。自分自身で基本的な健康管理やアフターケアをせず、マッサージで補おうとする姿勢はプロとして失格であろう。彼はこうした点を根本から変えることによって、練習後の不要な疲労感はなくなった。
この例のように、練習後クーリングダウンもせずにマッサージを受けたり、睡眠不足や基礎体力不足による疲労のツケを自分で解決しようとせず、他力本願的に常にマッサージに頼る選手も少なくない。もちろん、マッサージだけでなく、○○テープ・各種栄養剤などについても同様なことが言える。元アントラーズのジーコは、「若い選手はマッサージを無闇やたら受けず、自己の努力で疲労を回復しなさい!」と言う。外からの助けを借りず、まずできる限り自分自身の力で疲労回復する能力を高めることによって、はじめてトレーニング効果が得られるのだということを考えたい。
ケガの「予防」について認識を高めよう |
大きな川から流れてくるゴミをスポーツのケガに例えてみれば、川の下流で流れてくるゴミを拾うことに明け暮れていては、川は根本的にきれいになりません。
上流に行ってゴミの出る原因をつきとめ、ゴミが出ないように努力をしなければならないのです。
選手は、痛みなくプレーしているときは、行く先自分がケガをすることなど考えられないことが多いようです。ケガをして初めて、ケガをしたときのつらさを実感し、「〜しておけばよかった」「これからは〜しよう」と、初めてケガの予防の努力をしはじめるのです。やはり普段から、なぜケガをするのか?、どういう状態のときケガが発生しやすいのか?さらにどうしたらケガを予防できるのかを知っておくことは重要です。特に選手自身は、「ケガの発生原因となる身体のコンディション」についてしっかり認識しておく必要があるでしょう(表2)。とりわけ、筋力、柔軟性の2つは、選手が常に意識しておかねばならない要素であるといえるでしょう。
●基本的な筋力はあるか?(たとえば着地衝撃の繰り返しに耐えられるだけの脚筋力) ●柔軟性に欠けていないか?また、疲労による筋肉の張りが残っていないか? ●体脂肪が過度に蓄積していないか? ●練習前後のストレッチングを行っているか? ●ウォーミングアップ、クーリンググウンを十分に行っているか? ●栄養のバランスを考え食事を摂っているか? ●睡眠は十分か? ●入浴を疲労回復に役立てているか?(シャワーだけで済ませていないか?) ●練習後、故障や後遺症のある部位にアイシングしているか? ●すり減ったり、破れたりしたシューズを履いていないか? ●テーピングに頼り過ぎていないか?(リハビリや筋力強化は十分か?) ●喫煙、過度な飲酒をしていないか? |
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