ご注意ください。
内容は、掲載当時(1994年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。

・山本利春:トレーナーの役割と課題 ―体育系大学におけるトレーナー活動―, Jpn. J. Sports Sci., 13(3):351-361,1994.
特集II:スポーツトレーナーの役割と育成

トレーナーの役割と課題(3)
―体育系大学におけるトレーナー活動―

山本利春(Toshiharu Yamamoto 国際武道大学)


 1.はじめに 
 米国におけるアスレチックトレーナー(以下トレーナー)の役割について、鹿倉3)は@スポーツ傷害の予防、Aスポーツの現場での救急処置の実施、Bスポーツ傷害の治療・リハビリテーションを含む再発予防の大きく3つを挙げている。日本で訳書として出された米国におけるトレーナーの教科書的な本の記載によれば、トレーナーの役割として最も強調されているのは「スポーツ傷害の予防」である11、12)。この予防という言葉が、まるで念を押すかのように何度も繰り返し出てくるのである。ここに、本来のトレーナーの役割は傷害の予防が重要視されていたことが理解できる。

 しかしながら、日本では、トレーナーというと選手にテーピングをしたり、ケガをしたときの応急処置をしたり、マッサージをする人をイメージすることが多い。米国でも近年、トレーナーの仕事は「治療」が優先され、「傷害の予防」が置き去りにされている傾向がある2)。アスレチックトレーナーよりもセラピスト(スポーツ治療士)の方が現在の役割を的確に表現しているという意見もある13)。広い意味では誰がトレーナーであっても良いのだが、こと傷害の予防や競技力向上に直結するコンディショニングに関しては、スポーツに精通したトレーナーが専門的な立場で、積極的な関わりをもたなければならないであろう。

 スポーツ医学の個々の技術や知識レベルは、けっして日本が米国に大きく遅れているとは思わないが、こと選手を取り巻く、コーチ、ドクター、各種専門家とのネットワークのシステム化やトレーナーの地位の確立に関しては学ぶべき面が多い。米国のトレーナーにおける現状やシステムが、そのまま日本に適合するとは考えにくいが、日本独自のシステムを構築していく必要があろう。

 2.大学におけるトレーナー教育の意義 
 近年、スポーツ医学の発展に伴い、トレーナーの存在が知られるようになり、年々トレーナーを志望する学生の数が増加している。しかしながら、トレーナーの資格制度が確立していない日本では、どこで学べばよいのかの情報さえ明確でない状況である4)

 日本の大学では、特定の種目のチーム内にトレーナーが存在する例は多いが、全学的に利用できるトレーナールームを拠点としてトレーナーシステムを導入している大学は、著者の知る限りでは筑波大学と国際武道大学の2校にすぎない。

(1)体育系大学におけるスポーツ医学的健康管理の必要性
 体育系大学の学生にとってスポーツ活動は、正課の実技授業、クラブ活動など大学生活において大きなウエイトを占める。体育系大学の学生のほとんどは競技クラブに所属し、将来体育指導者を目指す者も多い。それゆえ、スポーツ活動に支障をきたす傷害は、競技活動だけでなく、学生生活そのものを脅かすことになる。現に体育大学における退学者の多くは、怪我に起因するものも多く、運動機能の障害により、競技を断念したり、将来の進路を変更したりする者もいる。したがって、他大学に比べ学生の健康管理の必要性は大きい。しかしながら現実には、日本の体育系大学における健康管理は、一般の大学や高等学校と同様に、健康管理室、保健室、医務室等が受けもち、主として学校保健法で義務付けられた健康診断・健康相談・応急処置が中心であり、スポーツ選手の特殊性を考慮した内容はほとんど行われていないのが現状である。スポーツ選手の健康管理を行うためには、学校保健法内での従来の形式的な管理体制では不十分であり、スポーツ医学的な見地からの合理的な健康管理システムが必要である8)。米国の多くの大学や高校には、専任トレーナーが配属されており、トレーナーを中心としたスポーツ医学の専門家が選手の健康管理を行っている。専任トレーナーのいない学校では、傷害発生率が大幅に高くなるという報告もみられる1)

 日本において、おそらく最も多くのスポーツ選手を抱えているであろう体育系大学の健康管理体制を、今一度考え直すべきではないだろうか。

(2)トレーナーの育成はどこで行うべきか?
 米国におけるトレーナーの教育は、NATA(National Athletic Trainers Association)公認プログラムやインターンシップ制度などを中心にして、大学や大学院がその任務を果たしている。日本では、おおやけに認められたトレーナーの養成機関はほとんどないに等しい。トレーナー志望者が年々増加するにつれ、「どこで学べばよいか」という声が非常によく聞かれるようになった。仮に日本において本格的なトレーナー養成を行うならば、その教育を行う機関として最も適しているのは体育系大学(体育・スポーツに関連した教育、健康などを専攻できる大学を含む)であると思われる。それは次のような理由からである。

〈1〉スポーツ現場における実地教育の重要性
 米国におけるトレーナー教育の例をとってみても、その教育内容の中心はスポーツ現場における実践的な知識と技術の習得、そして経験である。したがって、アスレチック・トレーナーを目指すならば、医療専門学校や各省認定の講習会では不十分で、スポーツ現場をもち、スポーツ医・科学的なカリキュラムが充実している体育系大学、できれば経験を積んだトレーナーが教員として存在する教育現場が望ましいと思われる。

〈2〉米国のトレーナー教育カリキュラムとの類似
 NATA公認トレーナー資格所得のための必須科目を表1に示した12)。これらの科目は、日本の体育系大学の教育カリキュラムの内容と重複するものが多い。もちろん、あくまでこれは基礎科目であり、最も専門性が高いのは、トレーナーの活動に直接結び付く専門分野である「アスレチックトレーニング」に関する内容である。表23の国際武道大学の例では、アスレチックトレーニングに関連する教科も多く、かなり類似した内容となる。
表1 学部学生がアスレチックトレーニングを履修するための必要条件(KlafsとArnheim、大畠ら訳、1986)
1. 教職課程を修了し大学を卒業すること。

2. 以下に記す特別な科目の単位を全て習得すること。
 a. 解剖学
 b. 生理学
 c. 運動生理学
 d. 応用解剖学と身体運動学
 e. 心理学(2コース)
 f. 救急法と安全法、
 g. 栄養学
 h. 運動療法
 i. 個人・地域・学校保健
 j. アスレチックトレーニング技術
 k. 上級アスレチックトレーニング技術
 l. 実習(6単位あるいは600時間、公認トレーナーの指導の下で実習する)

3.必須科目ではないが推薦される科目
 a. 物理学
 b. 薬学
 c. 生物組織学
 d. 病理学
 e. 保健・体育の組織と管理
 f. コーチング心理学
 g. コーチング技術
 h. 化学
 l. 測定・評価
表2 トレーナー教育に関連した授業科目(国際武道大学の例;*は著者の担当科目)

スポーツ外傷・障害論
コンディショニング論 *
アスレチックリハビリテーション論*
トレーニング論
救急処置法 *
 (蘇生法、テーピング、救急法実習含む)
スポーツ医学
解剖学
生理学
運動生理学
運動生化学
バイオメカニクス
スポーツ力学
栄養学
健康管理学
運動処方論
健康行動科学
スポーツ心理学
教育心理学
人体基礎実習
(解剖学、生理学、バイオメカニクス関係の実習)
体力科学実習 *
(ストレッチング、スポーツマッサージ、トレーニング、運動生理学関係の実習)
健康科学実習
(健康管理、運動処方、メディカルチェック、保健心理学、衛生学関係の実習)
演習・コンディショニング科学 *
(ゼミ活動;トレーナーチームとして実習)

<その他の関連科目>
運動学
コーチング論
衛生・公衆衛生学
精神保健学
学校保健管理
学校保健教育
発育発達論
体力測定・評価
スポーツ法学
スポーツ・体育経営学
スポーツ施設論
スポーツ指導論
道徳教育の研究
整復概論
養生論
表3 「コンディショニング論」講義テーマ
1.アスレチック・トレーニング概論
2.傷害予防のための基礎理論
3.傷害予防のための運動機能の評価
4.コンディショニングプログラム
5.競技特性とスポーツ傷害発生要因
6.機能解剖学I(上肢・体幹)
7.機能解剖学II(下肢)
8.リコンディショニングI(上肢)
9.リコンディショニングII(体幹)
10.リコンディショニングIII(下肢)
11.ストレッチング理論
12.スポーツマッサージの理論
13.ウォームアップ、クールダウンの方法
14.テーピングの理論
15.選手への教育と自己管理


〈3〉現場のニーズと学生トレーナー育成の一体化
 前述のように、体育系大学においてスポーツ活動は不可欠であり、活動レベルや専門性がより高いため、スポーツ傷害の予防・治療・リハビリをはじめとする健康管理のニーズは非常に高い。すなわち、トレーナーを必要とするスポーツ現場が存在する10)。一方、トレーナー養成の観点からすれば、現場のトレーナー活動を通じて多くの経験を積む必便がある。この両者の二ーズがうまく噛み合い、学生の健康管理と教育が同時進行可能となる。

 スポーツ医学の進歩に伴い、スポーツ選手の健康管理を担う人材が求められる今日、学生トレーナーの育成は、日本のスポーツ界の発展につながるといっても過言ではない。

 仮にトレーナーに関連した職業に就かないにしても、トレーナー活動を通じた学生生活は、「人間形成」や「保健体育」を学ぶ格好の場である。

 3.トレーナーの就職事情 
(1)就職問題の実情
 大学においてトレーナー育成をする場合、大きな関門となるのは就職問題である。優秀な人材を養成したとしてもその人材を雇ってくれる就職口がないことには始まらない。日本におけるトレーナーの需要状況をみると、必要は感じていてもチームに専属トレーナーを雇うまでに至らないことが多いようである。また、選手が治療院に通う費用や時間を軽減する目的で、ハリ治療やマッサージなどのケアを要望する指導者が多く、嘱託として週1〜2回のケアだけしてほしいというケースも少なくない。

 日本のように、トレーナーに対する認識が乏しいスポーツ現場の現状からいって、米国のNATAのような理想的な形で職務につくことはかなり難しいといえる。トレーナーの専門職として生計を得る仕事をするには、実力の有無にかかわらず、数少ないチャンスと縁故に頼るしかないのが現状かもしれない。したがって、何年かかっても、専任トレーナーを目指して食いつなぐか、あるいは100%理想的なトレーナーとしての仕事ができなくとも、“トレーナー的仕事”を選択し(表4)、不本意ではあるが、何らかの形でトレーナー活動に携わることのできる職種を選択し、その職場環境の中でトレーナーの知識を最大限生かすという方向を考えざるをえない。大学教員として、トレーナー教育をしている者にとって、進路指導は大きな課題である。

表4 日本でトレーナー活動を行うための職業形態の例
職種と活動概要 就職や役割に関する問題点
特定のチームの専属トレーナーとして働く(プロ、企業、大学など)。トレーナー活動を専業とし、活動はほぼ毎日。 需要少ない。マッサージに終始せざるをえない職場もある。
スポーツ関連企業あるいはトレーナー派遣会社の専任トレーナーとして所属し、委託を受けたチームや個人のトレーナーとして活動する。非常勤的な活動が多い。 需要多いとは言えない。同上
病院やリハセンターの職員として勤務する(理学療法士、柔道整復師の資格を持つ人が多い)。来院したスポーツ選手に対して特にリハビリを中心としたサポートを行う。 普段は老人や障害者のリハビリやケアが主体になることが多い。 資格を持たないと就職が困難、医師サイドの関与になりがち。
鍼灸・接骨・マッサージ等の民間治療院を開業する、あるいは勤務する。スポーツ選手が数多く治療にくるとは限らず、老人のケアが多い。特定のスポーツチームのメディカルサポートをしているケースもある。 同上
大学・高校・中学の教員となり、体育指導者の立場で学内のスポーツ選手を対象にしたトレーナー活動を行う。養護教諭として保健室で選手の健康管理をするという考え方もある。 教員採用試験、さらに難しくなっている。
一般企業や自営業など、平日は何らかの仕事を行い、休日あるいは平日の勤務時間外にボランティアでトレーナー活動をする(勤務する会社のチームや地域のスポーツチームなど)。 勤務外で行えるトレーナー活動には限界がある。
スポーツクラブのインストラクター、体育館などの公共施設等の体育指導員として、スポーツ愛好家や中高年、子供達を対象としたトレーナー活動を行う。健康づくりに関する仕事が中心となる。 競技スポーツとの関わりは薄くなる。
*これらはあくまで例であるが、これらの例がいくつか重複した形やその他多くの形態があると考えられる。自称トレーナーが氾濫することに反発する方も多いと思うが、トレーナーの職場の少ない日本では、置かれた立場でいかにトレーナー的な知識を生かすかが重要となろう。


(2)様々なスタイル(役柄)のトレーナーが存在する
 日本の場合、米国のNATA公認トレーナーのように職業として確立しているわけではないので、いわゆる自称「トレーナー」が数多く存在する。マッサージ師、鍼灸師、理学療法士、スポーツインストラクターなど、スポーツに関わる指導や選手のケアに携わっている人は、自ら「トレーナー」と名乗り活動している。前述のように、これらの人達は厳密にいえば、本来のトレーナーの役割を果たしていないことも多いが、現状ではトレーナーに必要な知識を身につけたオールマイティな人材が全ての現場に配置されるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。したがって、現時点では現場でのニーズに対応して各人のもつ能力を最大限発揮し、自分の不得意な分野のことは、専門家のアドバイスを聞きながら対応するというネットワークをもちながら活動することが必要である5)

 大学や高校でスポーツ活動を行う選手の健康管理は、体育指導者や養護教諭が行う機会が多いと思われる。米国のように専任トレーナーが配属されるまで待っていては、スポーツ傷害に苦しむ選手を減らすことができない。現状の改善を考えるなら、トレーナー的能力を兼ね備えた体育教師、養護教諭の養成も、スポーツ現場のニーズに対応するためには必要なことである。このことは、学校体育以外の体育指導についても同様なことがいえる。そのような観点で考えれば、大学でのトレーナー教育は、体育現場の指導者育成と合わせて、重要な役割を果たすと考えられよう。

 4.体育大学におけるトレーナー教育の一例 
 著者の所属する国際武道大学では、体育系大学におけるスポーツ医学的健康管理の試みとして、学生トレーナー制度を導入している。大学内の健康管理室とスポーツ医学関係教員が中心となり、各クラブの学生トレーナーと、学生トレーナーのリーダーが集まるトレーナーチーム(著者の研究室に所属するゼミ学生:演習名コンディショニング科学)の協力でスポーツ傷害の予防やリコンディショニングを行っている。その過程を通じて学生トレーナー達は多くのことを学びとることができる。体育大学におけるトレーナー活動あるいはトレーナー教育の一端を紹介したい。

表5 大学内でのトレーナー活動(国際武道大学の例)
トレーナーズルームの開設

 スポーツ医事相談
  →トレーナーの相談(毎日)とスポーツドクター診(週1回)
 テーピング、応急処置
  →学内全クラブのテーピング管理、救急用品の管理、緊急時の応急処置
 アスレチックリハビリテーション
  →傷害者の管理、段階的な筋力強化、プールでの水中訓練、温熱治療など
 傷害の予防と治療のための機能評価
  →筋力、柔軟性など、傷害者には毎週、要望があればクラブ単位で

トレーナーチームの活動

 ・各クラブ内でのトレーナー活動
 (応急処置、傷害相談、リコンディショニングなど)
 ・傷害を有する選手のリコンディショニング
 (トレーナーズルームの運営)
 ・新入生のメディカルチェック
 (本人、コーチヘの早期フィードバック)
 ・各種スポーツ選手の運動機能評価
 (傷害予防と競技力向上)
 ・学生トレーナー勉強会の企画運営

トレーナー活動を通しての人間形成

 ・人を思いやる気持ち
 ・人体のしくみと尊さを知る
 ・責任と自覚
 ・リーダーシップと協調性
 ・スポーツの科学的理解 etc.

(1)傷害予防と競技力向上のための運動機能の評価
 スポーツ選手のコンディショニングを行う上で、運動機能の評価はトレーナーの重要な仕事の一つである。たとえば、体力測定は身体資源のコンディションを評価することであり、選手の身体を様々な角度から精密に観察することで、その選手自身の身体資源の長所・短所が明確になり、選手の特徴やトレーニングの課題を見つけ出す材料になりうる。本学では、毎春入学してくる新入生全員(約500名)の体力測定を、スポーツ傷害予防のためのメディカルチェックとして位置づけ、学生トレーナーの手で企画・運営・データ処理・フィードバックに至るまで実施している9)。また、各クラブ単位の体力測定も、特にシーズン・オフ前後のコンディショニングのチェックやトレーニング効果の判定など、学生トレーナーの活動の一環として行っている。最近ではJリーグや企業チームのサッカーやアメフトなどのチームの測定も依頼され、コンディショニングのサポートを行っている。

 体力測定を中心とした運動機能の評価は、フィードバックを効果的に行えば、選手の自己管理への意識を高めるための材料として、測定の結果は大きな役割を果たす6)。具体的な目標や課題を示してやることで選手のモチベーションは数倍にもなりうる。学生トレーナーの教育として重要なのは、測定実施前後の活動である。競技力向上、あるいはスポーツ傷害の予防を目的とした測定評価を行う際には、多くのスポーツ医学的知識を把握しておかねばならない(表6)。すなわち、測定項目を選択するには目的に応じてその競技の運動特性や、よく発生する傷害とその要因となる要素などを知っておく必要がある7)。また、測定の結果をフィードバックする際には、選手やコーチに分かり易く噛み砕いて教える必要があるため、その科学的裏付けを十分に理解していなければならない。測定後のフィードバックの際にはデータの説明だけでなく、選手が測定結果に基づいて行動を起こせるように、対応策としての具体的なトレーニング方法や傷害予防の方法をアドバイスしていく必要がある。当然トレーニング理論、傷害予防法を踏まえてメニューを処方していかねばならない。ウィークポイントやその強化の必要性などを、測定データを材料として選手に教育するわけである。測定結果を選手の傷害予防のためのコンディショニングに役立てるのなら、測定後には一刻も早く現場に結果をフィードバックすることが重要なので、効率よくデータを処理する能力も必要となる。単なるデータ取りでなく、選手のための、現場に密接な体力測定を行おうとするならば、これらの過程はトレーナーにとって絶好の勉強の機会であるといえよう。


表6 測定の目的と必要知識
(目的) (主な必要知識)
競技力向上 競技特性、専門的体力・要素
トレーニング方法
障害の予防 競技に特異的な傷害、傷害発生要因
予防対策、要注意レベル(チェック基準)
*測定の実施から得られるもの…コーディネートする能力・責任感・協力しあう気持ち(チームワーク)

(2)スポーツ傷害相談とアスレチックリハビリテーション
 傷害を有するスポーツ選手のリハビリテーションは、その目標が競技復帰あるいは積極的なスポーツ活動に置かれ、高い体力レベルの獲得、早期競技復帰が望まれる。スポーツ選手の体力は、その競技種目の違いにより特異的であるため、各スポーツの競技特性を把握し、その種目に特徴的な体力要素や運動様式などを踏まえた上でトレーニングを処方する必要がある。また、スポーツ選手特有の心理状態にも留意し、個人のモチベーションやチーム内での位置を配慮し、選手の意欲やあせりをコントロールしなければならない。これらは医療機関でのリハビリ指導では十分でないことも多く、大学内でのトレーナーの役割は大きい。

 学生トレーナーは選手を競技復帰させるまでの過程で以下のような経験を積む。

@スポーツドクターと選手の医学的カウンセリングに立ち会い、治療方針を検討する話し合いに加わる。トレーニングメニュー作成時の、医学的制限や変更条件などを確認する。

A毎週、ケース・カンファレンス(症例検討会)を行い、選手の機能障害の状況やトレーニングの目的、方向性などを確認する。担当のトレーナーは、選手の状態を他のトレーナーに簡潔に分かり易く報告するために、トレーニング経過や機能評価などを綿密にまとめなければならない。

Bリハビリ中の選手とは、リハ・ノート(トレーニング・カルテ、選手とトレーナーの意見交換ノートでもある)を通じて、よりコミュニケーションを深める。選手の心理状態やトレーニングの進行状態を確認する。

C毎週末には、選手の筋力測定や可動域検査などの機能評価を行い、そのつど機能レベルに応じてトレーニング・メニューの検討を行う。

Dクラブの監督やコーチなどと連絡を取りなから、現在の回復状況を知らせる。

  病院に通院する場合と異なり、学内にトレーナー・ルームと練習場が隣接しているので、授業終了後すぐにトレーナールームでトレーニングを行うことができる。選手の回復状況に応じて、トレーナールームと練習場を行き来し、リハビリ・トレーニングと競技の練習(基本練習から徐々に)を同時進行させ、その比率を徐々に変えていくことも可能である。必要があれば、テーピングをして練習に参加させたり、腰痛をもつ選手であれば、練習前に患部を暖め、ストレッチング、腹筋強化などを行わせてから、練習に行かせることもできる。大学内にトレーナー・ルームが存在することで、選手はチームからそれほど離れずに、毎日リコンディショニングに専念でき、コーチも安心してトレーナーに任すことができる。また、常に筋力などの機能評価にもとづいて逐次トレーニング・メニューの変更を行うとともに、各競技種目の特性に合わせて患部外トレーニングを積極的に行わせている。これらのことが、機能回復を早め、予想以上の短期間で、競技復帰を可能にさせている。

 大学内のトレーナールームは、様々なスポーツ種目の特異的な傷害を見るチャンスと、種目別の競技特性を考慮したリハビリテーション・トレーニングを実践的に学ぶには最適な場である。トレーナーの教育として、スポーツ現場と隣接していることの最大の利点は、選手の怪我の発生から競技復帰までの全ての過程を、トレーナーとして密接に関わりながらみることができることである。

表7 アスレチックリハビリテーションの要点
 (留意点)
(1)競技に必要な体力要素を踏まえ行う。
(2)トレーニングの負荷は、痛みや筋力のレベルに応じて段階的に行う。
(3)患部外のトレーニング可能な部位をフルに使って体力維持を図る。
(4)基本動作を習得した上で、徐々に専門種目的な練習に移行していく。

 (ポイント)
・到達目標の設定
・早期競技復帰
・人体の構造と機能の理解
・トレーニングの科学的基礎
・スポーツの競技特性の把握
・運動の質・量を段階的に高めていくこと
・回復段階の適切な判断(機能評価)とトレーニング処方
・再発防止対策

図5 スポーツ医事相談システム
スポーツ医事相談システム


(3)現場に役立つ実践的な卒業研究
 トレーナーチームのメンバーのほとんどは、ゼミ(演習)の一環として4年次には卒業論文製作のための研究を行う。スポーツ傷害の予防やコンディショニング、アスレチックリハビリテーションなどの分野で、今後のトレーナー活動に生かすことを念頭に、各自テーマを設定して実験や調査を計画的に進めていく。卒業間際に各クラブのトレーナーをはじめとする後輩達を集めて研究発表会を開催し、解説を加えながら現場への情報の提供を行っている。これらの学生トレーナーの研究活動は、目的が明確であるだけに、学習意欲が高く、研究への積極的な取り組みが見受けられる。


 5.トレーナーとして重要視したいもの 
(1)傷害の予防
 前述のように、近年、トレーナーの役割のうち、スポーツ傷害の予防に関するものが、比較的少なくなってきている。スポーツ医学的分野から選手をサポートする役割のうち、ドクター、理学療法士、鍼灸師などの医療スタッフとトレーナーとの最も大きな違いは、「傷害の予防」への積極的サポートにあるのではないかと思える。

 大きな川から流れてくるゴミをスポーツにおける怪我と考えれば、川の下流で流れてくるゴミを常に拾う作業に明け暮れているだけでは、川はきれいにならない。上流に行って、ゴミの出る原因をつきとめ、ゴミが出ないような努力をしなければならない。怪我をしたら、どう治すかも大事だが、なぜ怪我をするのか?怪我をしやすいのはどのような状態か?(傷害発生メカニズム)を把握し、どうしたら怪我をしにくいか?(予防対策)を検討することが必要である。

表8 傷害発生に関連する要因7)
【要因】 【助長する因子】
@筋力 筋力不足、不使用による萎縮
A筋の柔軟性 疲労、不使用、ウォームアップ、クールダウン不足
B関節不安定性 靱帯損傷、初期治療の不適切
C身体組成(肥満) 過剰な体脂肪の蓄積、相対的筋力低下(体重支持力低下)
Dアライメント(骨形態) X脚、O脚、扁平足、外反肘など
【予防対策の例】 【効果】
@筋力トレーニング 関節の固定、体重支持、防御力
Aストレッチング 柔軟性向上、疲労回復、筋力増加
Bウォームアップの改善 柔軟性向上、筋力増加
Cクールダウンの改善 疲労回復
D疲労回復 柔軟性低下、筋力低下の防止
Eテーピング 関節不安定性防止
F適切な初期治療とリハビリ 関節不安定性防止
G減脂肪(運動と栄養の改善) 消費エネルギーと摂取エネルギーのバランス改善
H適切なトレーニング法
Iシューズ、姿勢など

(2)選手の教育
 スポーツ現場におけるトレーナーの役割は、選手がベストコンディションで競技できるように努めることには違いないが、選手自身による身体の管理が最も重要であり、トレーナーはそれをサポートする役割であるべきである。したがって、選手の健康管理に間違いがあったり、他人に依存する気持ちが強かったりするならば、正しい方向に指導することが必要であると思われる。

 我が国のスポーツの中核となる野球やサッカーなどのプロ・スポーツ界の実情を見ると、トレーナーの仕事はマッサージが中心となっている。選手自身も、トレーナーはマッサージする人であり、疲れたらトレーナーに身体をゆだねればよいという考え方が当然のように認識されていることが多い。クーリングダウンもせずにマッサージを求める選手や、疲労や痛みが出れば、すぐ治療を求める選手も多い。

 これらのことは、選手側だけの問題ではなく、それを教育する役割であるトレーナーの責任でもある。選手の自己管理に対する意識の改革で、大幅に怪我が減ったという実例もある。なぜ、毎回同じ部位に怪我をしたり、疲労しやすかったりするのか?を指導・教育してやることが重要であり、筋力強化や柔軟性の改善、フォームの修正など、原因に応じた再発予防の対策を考えさせることが必要である。選手の要望通りに、常に痛みや疲労の対処療法を行っているだけでは本質的な選手のサポートとはいえない。最も多くの時間、自分の身体に接している選手自身が自己管理を心がけ、自分の身体を把握することが大切である。それを指導するのが選手の教育である。選手の教育を実践するには、テーピングにしてもマッサージにしても、なぜ行うのかを選手に説明をした上で実施することが重要である。たとえば、テーピングだけに頼ってしまいがちな選手には、@あくまでテーピングは外からの補強であり、治療にはつながらないこと。A靱帯が切れて緩んでしまった関節を補強するには、関節の固定力を増すための筋力トレーニングが必要であること。Bもともとテーピングが必要になってしまった理由として、受傷後の応急処置が徹底していなかったことを注意する。(特に、たかが捻挫と処置もせずに放置してきた選手に対して。これは意外に多い)といった教育的な配慮を同時に行っていくことが大切である。

 著者の大学では、特に膝関節のテーピングを行う際には、まず筋力測定を行い、筋力が弱い者には筋力トレーニングを並行して行うことを義務付けた上で、テーピングを行うことを許可している。また、数週間後には再度測定を行い、選手のトレーニング効果を評価することで、その選手の意識を高めるための配慮をしている。

(3)機能解剖学の重要性
 トレーナーに必要な知識として重要なものの一つに解剖学がある。特に運動機能との関連からみた解剖学である。テーピングでも、ただ単に教科書通りの方法で、しわなく綺麗に巻ければよいのではない。怪我の部位や競技の特性、形態的特徴などに応じて巻き方を考慮する必要がある。そのためには、関節の動きや動作特性、靱帯の位置、付着部、機能などを熟知していなくてはならない。同様なことはストレッチングについてもいえよう。各スポーツにおいて頻繁に使われる筋、あるいは疲労しやすい筋をあらかじめ把握しておく必要がある。また、目的とする筋群を伸ばすためには、筋肉の起始、停止を踏まえた上で、どのような姿勢で、どのような関節運動を介して行うのが効果的なのかを理解しておく必要がある。

 このように、テーピング、ストレッチング、フォームの修正、あるいは筋力トレーニングなどを正しく実践するためには、人のからだの仕組み、“機能解剖学”を学ぶことが非常に重要であることを再認識したい。本来、体育系大学の解剖学の内容は機能解剖学であるべきであり、よりスポーツ現場に役立つ必須知識として、今後日本の体育系大学では、解剖学とバイオメカニクスをスポーツ医学的にアレンジした、“スポーツ科学的”な機能解剖学を積極的に取り入れていくことが望ましいと思われる。

(4)CPR教育の徹底
 スポーツ現場における緊急事故の際には、医師がいないことが多く、その場に居合わせた人が応急処置を施す必要性がある。特に心停止や呼吸停止の場合には、機能停止後の数分間の処置が蘇生率を大きく左右するため、救急車の到着を待つのではなく、心マッサージや人工呼吸などの救命処置、いわゆる心肺蘇生法(Cardiopulmonary Resuscitation:以下CPR)を現場の者がただちに行わなければならない。このような緊急事態は予期せぬときに発生することが多いため、適切なCPRをいつでも迅速にかつ正確に行えるよう、平素から訓練を重ね、熟練しておくことが必要である。

 米国におけるNATA公認トレーナーの資格やNSCA(National Strength and Conditioning Association)が認定するCSCS(公認ストレングス&コンディショニングスペシャリスト)の資格を所得するには、いずれもCPRの資格を所得していることが最低条件となっている。また、日本においても体協公認コーチや健康運動指導士、スポーツプログラマーなどのスポーツ関連団体の認定する資格を所得する際のカリキュラム内でも、CPRは必修科目になっている。

 しかしながら、日本のスポーツ現場で活躍するトレーナー、あるいはそれに該当する役割をしている人達の多くは、マッサージ・テーピング・アイシングはできても、緊急時に必要なCPRの知識や実践力を備えていないことが多いのが現状である。スポーツ選手の健康管理を扱うトレーナーであるなら、怪我の治療や疲労回復のノウハウだけを知り、CPRをマスターしていないことは問題である。

 わが国の学校教育においても、本年度から文部省の学習指導要領の改訂に伴い、高等学校の保健体育の授業でCPRの学習を取り入れることが決定した。CPRの知識は、トレーナーはもちろんのこと、学校体育に携わる体育指導者には必須の知識であると断言できよう。したがって、必然的に、今後体育指導者を養成する体育系大学におけるCPR教育の必要性が高まるであろう。

 CPR教育は、生命の尊さに対する教育でもある。著者自身はトレーナー教育の重要な一端として、あるいは将来スポーツ現場に携わるであろう学生達への安全教育として積極的にCPR教育を行うよう心がけている。

(5)外国へ勉強に行くべきか否か?
 トレーナー志望の若者には、米国に行ってトレーナーの勉強をしてくる、と早期から進路を決めている者も多い。しかしながら、著者はこの決断が必ずしも正しいとは言えないように思う。たとえば、留学先で勉強するための教科書や参考書について考えてみる。運動生理学などの専門書を、英語で一冊読破しようとするならば、数ヶ月かかるだろう(語学力にもよるが)。しかし、運動生理学、解剖学、栄養学、バイオメカニクスなどトレーナーに必須な基礎的の科目は日本でも十分優れた書物はあるし、日本語なら3日で読破できる。日本にいる間は特別な努力もせずに、なにはともあれ外国にいってから、勉強を始めようなどといっている者は、英語の読解力がなければ基礎知識習得に莫大な時間を費やさねばならなくなる。外国にいけば何とかなると考えている者は、所詮うすっぺらな知識しか習得できないであろう。

 NATAの資格にこだわらず、知識を身につけようとするなら、日本にいても学べる知識は山ほどある。安易に外国かぶれせずに、自分には何が不足しているのか?、外国にあって、日本にないものは何か?、最低限必要な知識は身についているのか?、などを十分に考えてから行動するべきであろう。

 6.今後の発展のために 
(1)「コンディショニング科学」の提唱
 米国では、アスレチックトレーナーの専門領域を「アスレチックトレーニング」と呼んでいる。しかし、この名称からは、これまで述べてきたトレーナーの領域をうまくイメージすることは難しい。広くみればスポーツ医学の一分野であろうが、よりスポーツの領域に関わる“競技力の向上” “スポーツ傷害の予防” “健康の増進”を重要視するならば、日本語だとコンディショニングの方が理解しやすい。身体を機能的に整えるために、機能解剖学、トレーニング科学、栄養学、理学療法学、運動生理学、体力測定評価など、様々な知識を統合させ、科学的な観点から選手をサポートしていく必要がある。著者はトレーナーが学ぶべき学問領域として「コンディショニング科学」という名称を使っている。

(2)トレーナーの重要な資質は人柄である
 どんなに豊富な知識と多くの技術をもったトレーナーであろうと、選手やコーチに慕われ、信頼されなければ、その能力を遺憾なく発揮できない。特に今のところ日本では、米国のようにトレーナーの役割が明確で、システム化しているわけではないので、トレーナーからの働きかけや、選手自身の歩み寄りが、その接点となる。したがって、トレーナーには誰からも慕われる人間性、思いやりのある人柄であることが非常に重要であると考える。技術と知識に長けた優秀なトレーナーであっても、プライドだけは人一倍高く、人間関係を無視した理想論を主張すれば現場の人間は彼を受け入れはしない。そういう意味では、トレーナーは大量生産はできないのかもしれない。

文献
1)Legwold, G. :Injury rate lowered by high school trainers. The Physician and Sportsmed., 11(11):35-36,1983.

2)尾方啓純:「アメリカのトレーナーの深層を見る」.Training Journal,13(11):22-25,(12):102-104,1991.

3)鹿倉二郎:アメリカにおけるアスレチック・トレーナーの役割について.体育科教育,9:20-23,1988.

4)白木仁,山本利春:どうすればトレーナーになれるか?.Training Journal,13(12):20-25,1991.

5)白木仁,山本利春:どうなる?「日本のトレーナー」.Training Journal,14(1):20-25,1991.

6)山本利春:再考・体力測定.Training Journal,15(10):75-77,1993.

7)山本利春:スポーツ傷害予防のための測定・評価の考え方.Training Journal,15(12):76-79,1993.

8)山本利春ほか:スポーツ選手のスポーツ医学的健康管理体育大学における管理システムの実際.国際武道大学健康管理室年報第1号:38-41,1989.

9)山本利春ほか:体育大学生におけるスポーツ傷害の予防対策―入学時メディカルチェック実施の試み―.第28回全国大学保健管理研究集会報告書:190-192,1990.

10)ウィリー・バンクス:アスレティック・トレーナーが必要な理由.Training Journal,13(2):76-77,1991.

11)渡辺一夫,岩崎由純訳:アーンハイムのトレーナーズ・バイブル.医道の日本社、東京、1991.

12)大畠襄ほか訳:トレーナーのためのアスレチックトレーニング概論.ソニー企業,東京,1986.

13)Weinder,T.G.:Athletic Training:Time for Name Change? Journal of Athletic Training, 26(3):252-254, 1991. 山本利春訳:「アスレチックトレーニング」―名称を変える時期か?、臨床スポーツ医学、9(4):478-480,1992.