ご注意ください。
内容は、掲載当時(2004年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
・山本利春ら:中学校陸上競技大会におけるトレーナーステーション活動
―ジュニア選手の傷害予防教育の実践―、 陸上競技研究第59号(2004.No. 4)、48〜54頁
Reprinted from Research Quarterly for Athletics No.59 (2004.No.4), pp.48-54
スポーツ選手が最高のパフォーマンスを発揮するためには、選手の体力や技術をよりいっそう高め、外傷・障害・疾病などに伴う影響をより少なくするためのコンディショニングが重要である。近年、それらのアプローチを実施するための医・科学サポートが重要視されており、その役割を果たす専門家としてアスレティックトレーナーの存在が注目されている。日本におけるアスレテックトレーナーの活動の中で、特定のチームや個人ではなく、競技会に参加する全ての選手を対象としてサポートしていく活動形態は、おそらく陸上競技におけるトレーナー活動の歴史が最も古く、また組織的な活動としても充実していると思われる。日本陸上競技連盟医事委員会トレーナー部(以下日本陸連トレーナー部、当時はその前身となる組織)では、1985年より競技会における公共的なトレーナー活動を実施している。現在日本陸連トレーナー部では、日本陸連が主催する主要な競技会や、国民体育大会などの競技会における医科学サポートシステムとして「3ステーション制」の救護体制を実施している。この3ステーション制とは、アメリカの全米オリンピックトライアルなどで実施しているスポーツ医療システムを参考に日本流にアレンジしたもので、@メディカルステーション Aトレーナーステーション Bスタジアム救護の3つのセクションに分けサポートするシステムである。メデイカルステーションとは、競技場内に設置の医務室で、ドクター、看護士などの医療スタッフが常駐し、医学的処置を行うステーションである。トレーナーステーションとは、トレーナーが常駐し、参加選手に対してアイシングやストレッチなどのコンディショニング、テーピング、応急処置、カウンセリングを行うステーションである。また、スタジアム救護とは、競技中の安全管理を目的として、トレーナーが競技場内(スタジアム内)の数箇所に待機し、怪我などのアクシデントが発生した時に適切な応急処置などを行い、メディカルステーションまでの搬送を行うものである。日本陸連トレーナー部は、このシステムをモデルパターンとして日本国内の全ての大会で実施できるように普及活動を行ってきた。従来、競技会における選手のコンディショニング・サポートは、救護所を設置して応急処置のみを施したり、各チームの専属のトレーナーやコーチが所属選手のケアをしていることが通常であった。本来は各チームに専属トレーナーが存在して選手のコンディショニングを行うことが望ましいが、トレーナーの普及がいまだ十分でない日本では、トレーナーのいないチームが多い。それゆえに、参加する全ての選手が、応急処置はもちろん、その後のリハビリに関するアドバイスを受けたり、傷害予防やケアについての相談の出来る、コンディショニングのサービス・ステーション的役割を持ったトレーナーステーションの存在が望まれている。トレーナーステーションは、大会時に公平に参加選手をケア、指導できる公共のトレーナーを有する、公共のトレーナールームともいえよう。
ジュニア期のスポーツ選手においては、傷害発生時の適切な応急処置を施し、その後の競技活動に支障をきたす後遺症を残さないようなスポーツ医学的な対応をすることが重要である。また、ジュニア期から傷害予防につながるコンディショニングの知識を教育し、自己管理のできる選手に育てることが、今後の競技者としての重要なべース作りとなると思われる。しかしながら、ジュニア期のスポーツ選手が主に活動する小中学校の体育授業やクラブ活動における指導だけでは不十分であり、スポーツ医科学的な観点からアドバイスを受ける機会は極めて少ない。よって競技会時にトレーナーステーションを通じてジュニア選手の教育やコンディショニングサポートができれば有意義であると思われる。トレーナーステーションにおけるジュニア選手の指導において留意すべき点は、いたずらにマッサージやテーピングを施したりせず、@傷害に対する正しい初期治療(応急処置とその後の機能回復のためのトレーニング)の指導・啓蒙、A自己管理能力を身につけさせるためのコンディショニング教育の2点である。
トレーナーステーション活動は、競技会における選手の医科学サポートを実践・支援する有効なシステムであるが、問題はそのマンパワーの確保やシステムづくりをどのように進めるかであった。事実、日本陸連トレーナー部においても、主要な大会におけるトレーナーステーション活動に携わる十分な人数の人員を確保することに苦慮しており、ましては、トレーナーに対する人件費、トレーナー活動に必要な救急資材やテーピングテープなどの諸費用の予算化が難しい小規模な大会では、トレーナーステーションの設置は困難な状況であることが多い。筆者らはそのような実情を踏まえ、アスレティックトレーナーを志望し、その教育を受けている体育系大学の学生トレーナーのボランティアの協力を得て、トレーナーステーション活動の実施を試みている。トレーナーステーション活動を学生トレーナーの教育の場としてリンクすることで、トレーナーによる医科学サポートを必要とするスポーツ選手と、選手に対するコンディショニングの指導を実践的に行う現場経験が必要とされる学生トレーナーが融合し、まさしく需要と供給の関係が成立するのである。本稿では、その一例として、本学学生トレーナーが行っている千葉県内の中学校陸上競技大会におけるトレーナーステーション活動の概要について紹介したい。スポーツ選手の競技活動中のスポーツ医科学サポートである、競技会時の救護、コンディショニング指導、傷害相談などを学生トレーナーが企画立案、運営を実施している事例である。
2003年7月から2004年10月の間に行われた千葉県内の6つの中学校陸上競技大会(県総合体育大会、県通信大会、県新人大会、地区(夷隅郡市)総合体育大会、地区(夷隅郡市)新人大会)において、学生トレーナーを中心としたトレーナーステーション活動を行った。
2003年7月27〜28日に千葉県総合スポーツセンター東総競技場で行われた千葉県中学校陸上競技総合体育大会でトレーナーステーション活動の概要を一例として報告する。活動を行うにあたり、まず大会主催者の要望を踏まえた上で以下の活動日的を確認した。 @傷害予防 A選手の自己管理の啓蒙 B適格で迅速な応急処置 Cより高いパフォーマンスが発揮できるためのコンディショニング 今大会では、学生トレーナー26名(大学院生3名、 4年生7名、 3年生3名、 2年生9名、 1年生4名)がその活動にあたった。 また、今大会でトレーナーステーション活動をするにあたり、対象選手となる陸上競技の競技特性や陸上競技特有の傷害について、また中学生時期によくみられる発育期の傷害について、予想される傷害に対する処置の方法などについて事前に勉強会を行った。さらに、トレーナーステーション活動を行う上で必要と考えられる庶務をいくつかに分類し、事前準備から活動後の報告までを、それぞれのグループに分担して行った。具体的には、コンディショニングを指導する際に用いる配布資料の作成、活動を行う上で必要な物品あるいは消耗品などの必要量の検討と準備、さらには活動終了後の使用物品の集計、報告などである。なお、これらの学生トレーナーの勉強会や運営面においては日本陸連トレーナー部委員の著者が指導・管理しながら進めた。
大会中の活動形態は前述した日本陸連トレーナー部会の3ステーション制に準じて、競技中のアクシデントに対応するために競技場内で待機するグループ、またはそれ以外の事故に備えてサブトラック内や競技場外を巡回するグループといったスタジアム救護班、さらに選手のコンディショニング指導や自己管理の啓蒙などを行うトレーナーステーション班に分かれ、それぞれの役割を分担して活動にあたった。なお、メディカルステーションとしての医務室では、医師の代わりに養護教諭1名が常駐して創傷の処置や急病患者や内科的な疾患の看護などを担当した。スタジアム救護班の活動は、競技場内においてなんらかのアクシデントが発生した場合に、迅速な応急処置を行うことや医務室への運搬を行うことであった。特に棒高跳の競技中には、頭頚部外傷の事故対応を想定して、脊椎損傷者運搬用担架(脊柱ボード)と頚部固定用装具(ネックロック)を用意して待機した。大会においてスタジアム救護班が活動したアクシデントは、 2日間あわせて3件であった。 トレーナーステーションの活動は、選手の主訴に対する機能評価を行い、それに見合った適切なコンディショニング方法を指導することであった。具体的には柔軟性や関節不安定性などの評価やアイシング、ストレッチング、テーピング、及び機能回復や傷害予防のための運動指導などを行った。中には、医療機関の受診を薦めることもあった。本大会中のトレーナーステーションの利用者は、両日合わせて117名であった。
コンディショニング指導用の各種配布資料 | スタジアム救護 脊柱ボード、トランシーバーなどを持って待機 |
応急処置としてのアイシング | 脊椎の骨模型を用いてコンディショニング指導 |
今回実施した千葉県内の6つの中学校陸上競技大会におけるトレーナーステーションの利用者は、延べ705名であった(表1)。男女差はほぼみられなかったが、競技種目別にみると短距離が368名と全体の約半数を占めた。利用選手の傷害部位を種目別にみると、男子では短距離と跳躍は大腿部後面・前面、中・長距離では下腿部、膝が多く、全ての種目に共通して腰が多い傾向がみられた(表2)。女子では中・長距離の下腿部が特に多く、跳躍の腰、膝、短距離の腰、下腿部が多い傾向にあった(表3)。 (※投榔、障害、混成は人数が少ないためここでは統計的な傾向は述べない)
競技種目 | 短距離 | 中・長距離 | 跳躍 | 投擲 | 障害 | 混成 | 合計 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
男子 | 185 | 101 | 47 | 8 | 16 | 6 | 364 |
女子 | 183 | 68 | 56 | 7 | 18 | 9 | 341 |
合計 | 368 | 169 | 103 | 15 | 34 | 15 | 705 |
傷害の内容の特徴について全体の傾向をつかむために、全ての利用者の相談記録から、医師による診断が明らかなものや、トレーナーの評価によって可能な範囲で傷害内容を特定したものをまとめ、上位5位までを列挙したのが表4である。全体の合計で最も多かった傷害はハムストリング肉離れであり、次いで腰痛症、下腿疲労感、シンスプリント、大腿部前面疲労感の順であった。男女別にみてもハムストリング肉離れ、腰痛症、下腿部の疲労性疾患(シンスプリント、下腿疲労感)が共通して上位であった。種目別にみると、短距離、跳躍のハムストリング肉離れ、腰痛などの他の種目にも多い疾患に加え、跳躍のジャンパー膝、足関節の傷害といったジャンプ動作の繰り返しに起因する傷害、中・長距離のシンスプリント、オスグッドシュラッター病、足底筋膜炎といったランニング動作の繰り返しに起因する傷害が特徴的であった。利用人数の少なかった投榔、混成、障害などは統計的分析は困難だが、投擲(全て砲丸投)の前腕痛、肩の傷害などが特徴的であった。トレーナーステーション内でトレーナーが選手に実施した処置の内容を表5に示した。 6大会においてトレーナーステーションを利用した705名の処置件数は合計887件であった。処置の内容はコンディショニング指導32.2%、アイシング31.7%、ストレッチング21.0%が多くを占めた。テーピングは6.9%、マッサージは0.9%であった。競技中の突発的な事故に対する応急処置よりも、競技に支障のある痛みや疲労、あるいは慢性的な後遺症に対する予防的なアプローチの指導や、競技終了後のケアなどの教育・指導などを多く行っていることがうかがえる。特に腰痛や大腿部および下腿部の疲労性疾患を有する選手の多くに、柔軟性に乏しい傾向が見受けられ、そのほとんどの選手がウォーミングアップやクーリングダウンが不十分であったり、適切なストレッチングを実施していなかった。今回の利用者に多かった傷害のほとんどが、筋の柔軟性改善や筋力強化、適切なウォーミングアップやクーリングダウン、練習後のアイシングなどによって、ある程度は予防可能なものであると思われた。選手自身の身体の自己管理の意識の乏しさ、また、指導者のスポーツ医学的な知識の乏しさを痛感した。ジュニア期の選手のコンディショニング指導をどのように進めていくかは重要な課題であると思われる。
1位 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
男 | 女 | 男 | 女 | 男 | 女 | 男 | 女 | 男 | 女 | |
短距離 | ハムストリングス肉離れ | ハムストリングス肉離れ | 腰痛症 | 腰痛症 | 下腿部疲労感 | 下腿部疲労感 | 大腿部前面疲労感 | 大腿四頭筋肉離れ | 足関節内反捻挫 | シンスプリント |
中・長距離 | 下腿疲労感 | シンスプリント | オスグッドシュラッター病 | 下腿部疲労感 | 腰痛症 | 大腿四頭筋疲労感 | シンスプリント | 足底筋膜炎 | ハムストリングス疲労感 | オスグッドシュラッター |
跳躍 | ハムストリングス肉離れ | 腰痛症 | 腰痛症 | 下腿部疲労感 | 大腿四頭筋肉離れ | ジャンパー膝 | ジャンパー膝 | 大腿四頭筋疲労感 | 足関節痛 | 足関節内反捻挫 |
投擲 | 足部痛 | ハムストリングス肉離れ | 筋筋膜性腰痛 | 腸脛靭帯炎 | 前腕痛 | 大腿四頭筋疲労感 | 肩腱板損傷 | 肩痛 | ||
障害 | シンスプリント | ハムストリングス肉離れ | 下腿部疲労感 | 腰部疲労感 | 足底筋膜炎 | 大腿部疲労感 | 大腿四頭筋肉離れ | 筋筋膜性腰痛 | ||
混成 | 腰椎分離症 | 腰椎分離症 | 大腿四頭筋肉離れ | 腰痛症 | 膝蓋大腿関節障害 | |||||
男 | ハムストリングス肉離れ | 下腿部疲労感 | 腰痛症 | 大腿部前面疲労感 | シンスプリント | |||||
女 | ハムストリングス肉離れ | 腰痛症 | シンスプリント | 下腿疲労感 | 大腿四頭筋肉離れ | |||||
全体 | ハムストリングス肉離れ | 腰痛症 | 下腿疲労感 | シンスプリント | 大腿部前面疲労感 |
指導者を交えてのコンディショニング指導 | ストレッチテストで柔軟性の評価をしながら コンディショニング指導を行う |
学生トレーナーの有志が集まり活動する本学トレーナーチームでは、各種競技会から依頼を受け、ボランティア的な活動の一環として、トレーナーステーション活動を実施してきた。トレーナーステーション活動を行うに当たり、学生トレーナーは対象となる選手の競技特性による傷害の特徴や起こりうる傷害の処置方法などについて入念な勉強会や使用物品の吟味、準備が必要となる。また、応急処置やテーピングなどの対処のみでなく、選手-の教育を重要と考え、カウンセリングやアドバイスのための配布資料を作成したり、当日には必要に応じて専門医の紹介を行う。大会中および大会前後には、トレーナーとしての実践的な活動のみならず、選手や指導者とのコミュニケーション、大会運営側などとの渉外活動、活動報告の提出など、社会環境的コーディネートにいたる活動まで行うことになる。学生トレーナーは自己の役割に責任をもって全うする事の重要さや、短い時間の中で信頼関係を生むためのコミュニケーション能力といった机上の勉強では学ぶことのできない多くのことを学ぶことが可能になり、トレーナーステーション活動は学生トレーナーにとって有意義な教育媒体となると思われる。
処置内容 | 件数 | (%) |
---|---|---|
コンディショニング指導 | 286 | 32.2 |
アイシング | 281 | 31.7 |
ストレッチング | 186 | 21.0 |
テーピング | 61 | 6.9 |
トレーニング | 15 | 1.7 |
アイスマッサージ | 15 | 1.7 |
アイスバス | 12 | 1.4 |
マッサージ | 8 | 0.9 |
ホットパック | 6 | 0.7 |
RICE処置 | 6 | 0.7 |
医療機関受診指導 | 6 | 0.7 |
保護・消毒 | 2 | 0.2 |
シューズの改善指導 | 1 | 0.1 |
パット | 1 | 0.1 |
圧迫 | 1 | 0.1 |
合計 | 887 | 100.0 |
ジュニア期の陸上競技選手の医科学サポートシステムの一例として、学生アスレティックトレーナーのボランティアによる中学校陸上競技大会のトレーナーステーション活動について紹介した。競技会時の救護、コンディショニング指導、傷害相談などを行うトレーナーステーション活動は、選手への適切な応急処置の実施とジュニア期にある中学生への早期自己管理教育の啓蒙に有効であると思われた。また、将来さまざまなスポーツ現場において医科学サポートを実践する担い手となるであろうアスレティックトレーナーの育成においても、多くの経験と実践力を身につける機会として有意義であると思われた。
〈参考文献〉
1)山本利春(2004)国際武道大学スポーツトレーナー学科におけるトレーナー教育.体育の科学54 (4) : 287-293.
2)山本利春(1994)トレーナーの役割と課題―体育系大学におけるトレーナー活動―. Jpn. J. Sports Sci.,13 (3) :351-361.
3)大山卞圭悟(2004)陸上競技における学生トレーナーの活動.陸上競技研究57 : 31-34.
4)増田雄一(2003)日本陸連医事委員会トレーナー部会の医科学サポートシステム.トレーニング科学15(1) :7-10.
5)山本利春(2004)知的アスリートのためのスポーツコンディショニング.山海堂.