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内容は、掲載当時(2006年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。

・山本利春、笠原政志、酒井洋紀、小西由里子、岩垣光洋、清水宜雄:スポーツ現場におけるスポーツ医科学サポート活動を通じたトレーナー教育の実践報告(3)〜アスレティックリハビリテーションを通じた臨床的アプローチ〜、平成17年度 武道・スポーツ科学研究所年報第11号:121−127、2006.

スポーツ現場におけるスポーツ医科学サポート活動を通じたトレーナー教育の実践報告(3)
〜アスレティックリハビリテーションを通じた臨床的アプローチ〜

山本利春、笠原政志、酒井洋紀、小西由里子、岩垣光洋、清水宜雄(国際武道大学)

1.はじめに

 スポーツ選手が最高のパフォーマンスを発揮するためには、選手の体力や技術をよりいっそう高め、外傷・障害・疾病などに伴う影響をより少なくするためのコンディショニングが重要である。近年、それらのアプローチを実施するための医・科学サポートが重要視されており、その役割を果たす専門家としてアスレティックトレーナーの存在が注目されている。本学においてもその社会的なニーズに対応し、国内では初のスポーツトレーナー学科が開設した。本学のような体育系大学が医療系あるいは、フィットネス系の専門学校に比べてアスレティックトレーナーの教育に適していると考えられる理由は、スポーツ現場での実践的な活動を通じての経験を積みながらの実地訓練ができることである。

 米国におけるトレーナー教育の例をとってみても、その教育内容の中心はスポーツ現場における実践的な知識、技術の取得、そして経験である。したがって、アスレティックトレーナーを目指すならば、医療系専門学校や各省認定の講習会だけでは不十分で、スポーツ現場をもち、スポーツ医・科学的なカリキュラムが充実している体育系大学、できれば、経験を積んだトレーナーが教員として存在する教育現場が望ましいと思われる。

 本研究では、そのようなトレーナー活動を通じた「トレーナー教育」の意義を本学の学生トレーナーの教育における実践報告をもとに立証し、今後のトレーナー教育のあり方を方向づける資料を得ることを目的とする。また、本学のスポーツトレーナー学科の教育コンセプトの裏づけとなる資料を得ることができると考える。

 2003年度では「競技会における救護活動と傷害予防教育の実践」と題し、特にアスレティックトレーナーの活動として代表的なスポーツ選手の競技活動中のスポーツ医科学サポートである競技会時のトレーナーステーションでの活動を通じて、トレーナーステーション遂行への企画・運営を行ったことを考察した。その結果として選手教育や救護体制において多大な成果が得られ、また学生トレーナーの教育としての成果もさることながら、社会貢献としての意義も大きいと思われた内容であった。そして2004年度では「アスリートの体力測定を通じた傷害予防とリコンディショニング」と題して、傷害予防やコンディショニングを目的とした体力測定、及びその結果のフィードバック、セミナーなどの活動を考察した。スポーツ選手のコンディショニング指導を行う上で、必要な運動機能評価をするだけでなく、その企画・運営をする中で、各競技特性やそのコンセプトを理解するために必要なことを学生が下調べをする機会となった。また、学生は測定結果をフィードバックするに当たり、その結果を選手やコーチに理解してもらうために言葉を噛み砕き、科学的裏づけを十分に理解することが必要であることを知る機会となった。これらを通した活動は、学生トレーナー教育の場として有意義であるだけでなく、積極的な学外アスリートのサポート活動の推進は社会貢献としても大きな意義を持つと思われた。

 プロジェクト最終年度の今回は「学内スポーツ医科学サポート活動のアスレティックリハビリテーション」に焦点をあて、学内のスポーツ医学サポート活動であるアスレティックリハビリテーションを学生トレーナーが実践していく過程で、どのような教育的意義を持つかを本学のアスレティックリハビリテーションシステムを解説しながら検討し、トレーナー育成としての教育成果を報告することを目的とする。

2.学内でのアスレティックリハビリテーションの必要性

 アスレティックリハビリテーションとは一般的な医療機関等で行われるリハビリテーションとは異なり、あくまで最終目標は「競技復帰」である。この競技復帰もただ競技に復帰するだけでなく、傷害を負う以前の状態で競技に復帰することを現場では望んでいる。さらに「再発しない」且つ「早期復帰」が求められるため、各スポーツの競技特性を把握し、その種目に特徴的な体力要素や運動様式などを踏まえたトレーニングを処方することがより必要となる。また、スポーツ選手特有の心理状態にも留意し、個人のモチベーションやチーム内での位置を配慮し、選手の意欲やあせりをコントロールしなければならない。これらは医療機関等でのリハビリテーション指導では十分できないことが多いため、よりスポーツ現場に近い大学内でのアスレティックリハビリテーションの必要性は高い。しかし、学内のあらゆる競技選手全てを数名の医科学サポートスタッフだけで指導していくことは難しい。そこで、本学では医科学サポートスタッフだけでは網羅しきれない部分を学生トレーナーに協力してもらい、傷害を負った選手に対してアスレティックリハビリテーションを実行している。本研究では本学のアスレティックリハビリテーションシステムの中で学生トレーナーが専任教員・職員と共にアスレティックリハビリテーションを遂行していく中での利点、および教育的意義について考察した。

3.本学のアスレティックリハビリテーションシステムと学生トレーナーの教育

 本学では健康管理室と今年度より設置されたトレーニング室とリンクしながら学内医科学サポートの1つであるアスレティックリハビリテーションを行っている。医科学サポートスタッフとしてはスポーツドクター(専任教員が兼任)とアスレティックトレーナー(専任教員が兼任した者と専任職員)および看護師が主体となり学生トレーナーの協力のもと、隣接したリコンディショニングルームで傷害を有する学内選手のアスレティックリハビリテーションを行っている。

 アスレティックリハビリテーションの流れとしては、週2〜3回行っているスポーツドクターによる医事相談、もしくは1日2名のアスレティックトレーナーが行っている傷害相談のうちどちらかの相談に必ず入ってからアスレティックリハビリテーションを開始している。相談は予約制で行い、相談の際には必ず学生トレーナーを帯同させ、学生トレーナーが行うアスレティックリハビリテーションの指導体制をとっている。また、専任職員が常にアスレティックリハビリテーションの現場にいるので、学生トレーナーはその場でリハビリテーション指導を受けることが可能になり、選手の状況が日々変化しているときでも随時アドバイスを受けながら積極的なアスレティックリハビリテーションが実行できる。学生トレーナーはクラブに所属して各クラブ現場で活動をしている学生トレーナーとリコンディショニングルームで常に活動する学生トレーナーがいる。クラブトレーナーは人数にも限りがあるため、傷害を負った選手に対して十分に目が行き届かない場合もあり、放課後のクラブ活動時間中のアスレティックリハビリテーションに帯同指導できない場合がある。そのような場合には、クラブトレーナーが専任アスレティックトレーナーに状況を伝え、それをリコンディショニングルームで活動する学生トレーナーに引きつぎ、クラブトレーナーと情報交換をしながらアスレティックリハビリテーションを遂行していく。そして学生トレーナーは定期的に選手の相談に帯同することにより、選手を競技復帰させるまでの過程において以下に示すような経験を積むことができる。

図1.学内医科学サポートスタッフ

図2.学内リコンディショニングの流れ

1)スポーツドクターによる医事相談

 学生トレーナーはスポーツドクターと選手の医学的カウンセリングに立ち会い、治療方針を検討する話し合いに加わることで、アスレティックリハビリテーションを進めていく上での医学的制限や変更条件を確認する。トレーナーは医科学サポートスタッフと共通言語を持つことが必要であるため、その都度ドクターが発するコメントを理解する必要がある。本学では身近にスポーツドクターと接する機会があるため、ドクターとの共通言語としては何を知らなければならないかをより実践の中で培うことができる。また、ドクターの限られた診察時間の中で、医学的判断材料となる情報をトレーナー側から提供することが選手の早期復帰には必要不可欠になる。可動域などの身体計測情報などは診察時間内では時間を要するため実施は困難であり、それを事前にトレーナーが評価しておけばその情報をドクターに提供することでき、今後の方針にとって有用な情報になる場合がある。このようなこともより実践的に養うことができる。そして、学生トレーナーには、ドクター診察での診察内容(評価・検査の内容、原因、今後の方針など)を指定の紙面に記入し、提出させ、大学院生や研究生のアシスタントスタッフおよび医科学サポートスタッフがそれをチェックするようにしている。これにより、学生トレーナーがどの程度理解しているのか、そして間違って解釈していないかを把握することができる。トレーナーはスポーツ現場と医療現場のパイプ役であるため、ドクター診察の結果をチームの指導者へ伝達しなければならない。もし仮に間違って解釈していた場合には、別の情報を指導者へ伝えてしまうかもしれない。そういったことを防ぐためもあり、学生トレーナーがまとめたドクター診察の結果報告を紙面にして提出させるようにしている。

図3.トレーナーが選手の情報をドクターに伝えている様子

2)アスレティックトレーナーによる傷害相談

 選手がアスレティックリハビリテーションを始める場合やプログラムをレベルアップする場合には傷害相談に入るようになっている。学生トレーナーは選手の症状や身体状況を評価し、現在の問題点を分析して所見を出し、どのように今後アスレティックリハビリテーションを進めていくかを考え、アスレティックトレーナーに相談する。いわばアスレティックリハビリテーションの関所のような存在が傷害相談である。学生トレーナーは段階的なアスレティックリハビリテーションの経験は少ない。しかし、本学ではアスレティックトレーナーによる傷害相談のやり取りを多く経験できる場が存在するため、選手とどのように接していくのか、どのような評価をし、それぞれの症状に対してどのようなリコンディショニングプログラムを処方するのかを目の当たりにして学ぶことができる。そして定期的に今後の方向性を確認し、必要に応じてリコンディショニングプログラムを再度検討する。検討した内容は医科学サポートスタッフに伝達し、学生トレーナーが相談時の内容を間違って解釈していないかを確認する。また、教員、専任職員のアスレティックトレーナーが学内に4名もいるので、学生トレーナーは必要に応じてアスレティックトレーナーに相談ができる非常に恵まれた環境である。一方で、逆にこれらを実践していることで医科学サポートスタッフでは網羅しきれない部分を学生トレーナーの活動により、補うことができ、各クラブへのリコンディショニングアプローチが実践できている。

図4.学生トレーナーがアスレティックトレーナーに相談をしている様子

3)リハビリチームでのアプローチ

 リコンディショニングルームでのアスレティックリハビリテーションを遂行するに当たり、1チーム10名ほどのメンバーで構成されたリハビリチームで選手のアスレティックリハビリテーションのサポートを行っている。リハビリチームで選手のサポートをする理由としては、一人の学生トレーナーのみでは経験不足でまだ十分にわからない部分も多いこと、そして、常に同じ学生トレーナーが定期的に選手をチェックすることができない場合もあることにより選手の早期復帰を妨げてしまうケースが起こり得るからである。そのため、学生トレーナー単独で選手にアプローチをするのではなく、リハビリチームの複数名で検討しながら選手にアプローチをさせている。そしてリハビリチーム内で定期的に選手の現状報告を行い、各選手のアスレティックリハビリテーションの実施状況、問題点をディスカッションしている。この場には必ず専任職員のアスレティックトレーナーが同席し、学生トレーナーに対する教育的指導を行っている。学生トレーナーは、在学期間中だけでは経験できるアスレティックリハビリテーションの数が限られるため、このような場を活用することが短期間で多くの症例を共有するいい機会になる。

図5 肩のトレーニング指導をしている様子


図6 筋力トレーニングの正しい方法の指導アプローチ

4)定期的な機能評価

 傷害が発生するにはなんらかの要因がある。アスレティックリハビリテーションの遂行にあたっては、その要因を改善して早期復帰をすることが必要である。また、早期復帰をさせるだけでなく、アスレティックトレーナーは傷害予防へのアプローチ、すなわちアスレティックリハビリテーションを行っている選手の再発予防にも努めることが必要である。そのため、ただ痛みや不安感が消失したら競技復帰をさせるのではなく、いかに傷害が発生する要因を排除できたかが大事なポイントになる。そのためには傷害予防の観点からの機能評価をし、どのような点が問題で傷害が起こったのか、そして、その問題点がしっかりと改善されているのかを見極めていくことがアスレティックトレーナーとして最も求められることである。本学のアスレティックリハビリテーションではこの点を重要視している。例えば膝の靭帯損傷をした選手は健側の脚よりも患側の脚の筋肉は細くなり、筋力も弱くなる。そのような場合は周径囲を計測し、左右の下肢の太さをチェックしたり、等速性筋力機器を用いて膝関節伸展・屈曲筋力を計測して、自身の体重を支えるだけの筋力が十分に備わっているかなどをチェックする。学生トレーナーはどの傷害にはどのような機能低下が生じるのか、そして、その機能が改善されることで選手の動きがどう変化していくのかを間近で体験することができる。それにより、傷害から復帰させるだけでなく、傷害予防・再発予防に努めることができるようになる。

図7 パートナーストレッチングの様子

図8 膝疾患者に対する可動域測定

5)クラブの監督やコーチなどと連絡を取りながら現状の回復状況を伝える。

 トレーナーはコーチとドクターのパイプ役でなければならない。例えばドクター診察やアスレティックリハビリテーションの必要な状況をコーチに的確に伝えられなければならない。仮にある選手が練習をさせてはならない状況であったとしても、コーチがそれを知らずに練習に参加させてしまったがために傷害を悪化させてしまい、コーチが選手指導していく上での弊害が生じてしまうことも考えられる。本学においては各クラブの練習場とリコンディショニングルームが隣接しているので、選手に何か傷害等の問題が生じた場合、そのリアルタイムな情報を早期に医科学サポートスタッフやコーチに知らせることができる。学生トレーナーはこのような情報伝達を繰り返すことで、監督やコーチがどのような情報を求めているのか、また、どのようにすれば的確に情報を伝えられるのかを知ることができる。トレーナーは、いかに選手を取り巻く環境をスムーズに進めていくかのコーディネート能力が問われるため、このような経験は実践でしか学べない非常に大事な体験となる。

4.大学で行うアスレティックリハビリテーションの利点

 大学、特に体育大学では様々な競技スポーツのクラブが存在する。現在本学でもキャンパス内でそのほとんどの競技種目のクラブが活動を行っている。本学では大学内にリコンディショニングルームが存在するのでリコンディショニングルームで関わる競技は多岐に渡る。そのため様々なスポーツ種目の特異的な傷害を見るチャンスと、種目別の競技特性を考慮したリハビリ・トレーニングを実践的に学ぶ最適な場となる。また、トレーナー教育として、スポーツ現場と隣接している大学でのアスレティックリハビリテーションの最大の利点は、選手の怪我の発生から競技復帰までの全ての過程をトレーナーとして密接に関わりながら経験していくことができることである。

5.アスレティックリハビリテーションでの教育的意義

 以上のように本学のアスレティックリハビリテーション活動を通し、学生トレーナーは机上では学ぶことのできない様々な経験を得ることができる。アスレティックリハビリテーションを実践していく中では、選手を取り巻く身体的要因だけでなく、環境等の様々な要素が複雑に絡み合っているため、教科書どおりにいかないケースは多々存在する。それを体験し、それに対する処方をすることでの選手の身体的・精神的変化を知ることは人と人が接していくトレーナーとしての活動に非常に重要な点である。また、これらに関してアドバイスをしていただけるスポーツドクターやアスレティックトレーナーが身近に存在することにより、アスレティックリハビリテーションを通じた学生教育が可能になる。このようにアスレティックリハビリテーションのシステムに学生トレーナーの協力を加えて進めることで、本来スタッフ数名では対応できない学内の医科学サポートの一環であるアスレティックリハビリテーションの積極的な遂行が可能になり、結果的に学生がアスレティックリハビリテーションを学ぶ場として絶好の機会となる。

6.おわりに

 スポーツ医学の発展に伴い、スポーツ医科学サポートを担う人材が求められる今日、学生トレーナーの育成は、日本のスポーツ界の発展につながるといっても過言ではない。また、仮にトレーナーに関連した職業に就かないにしても、トレーナー活動を通じた学生生活は「人間形成」や「体育」を学ぶ上で格好の場となろう。

(参考文献)

1)山本利春:国際武道大学におけるアスレティックトレーナー教育、国際武道大学紀要、20:63-73、2005.
2)山本利春:トレーナーの役割と課題−体育系大学におけるトレーナー活動−、Jpn.J.Sports.Sci.、13(3):351-361、1994.
3)山本利春:国際武道大学におけるトレーナー教育〜スポーツトレーナー学科と学生トレーナーチームの現況〜、体育の科学、54(4):287-293、2002.