ご注意ください。
内容は、掲載当時(2005年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。

・山本利春:自己管理の達人になろう,月刊武道, 10:80−83, 2005

身体調整術入門1

自己管理の達人になろう

国際武道大学教授・医学博士 山本利春

■はじめに

 一流選手は、皆、自己管理の達人です。つまり、他人に頼らず自分自身でコンディショニングができる人です。

 自分の身体を熟知し、今、自分の体調はどのレベルにあるのか、ピーク時を100とすれば、今何%くらいか。それを100%に近づけるためには、どんなトレーニングが必要か。あるいは、ケガをしやすい自分のウイークポイントはどこか。それを克服するために何をすべきか。

 今どこの筋肉が疲れていて、それを回復させるにはどうすればよいか等々、それらを把握でき、コントロールできる人です。その能力、あるいはそれを獲得する努力なくしてトップに上りつめることはできません。ましてや、オリンピックなど最高にプレッシャーのかかる試合に向けて最高のコンディションを作り、なおかつ自らを律して持てる力を十分に発揮することなどできるはずがありません。

 競技種目を問わず、トップに立つ人は例外なく自己管理の達人です。言い換えれば、それだけ高い自己管理能力がなければ一流にはなれないということです。

■あなたは自己管理ができているか?

 最近ではトレーナーの活躍が目覚ましく、チームに専属のトレーナーがいたり、あるいはマネージャーやコーチがその役を果たしたりしています。チーム内にいない場合でも、行きつけの整骨院や鍼の先生などを確保しているアスリートは数多いと思います。

 しかし中には、練習で疲労すればトレーナーや治療家の手に身をゆだねればいいと短絡的に考えている人も少なくありません。こうした選手は、最低限自分で行うべきクーリングダウンやストレッチングさえ十分に行っていないケースが多いようです。実は、それこそが一流になるために、あるいはケガを繰り返さない体になるために、必要不可欠な自己管理の基本であるにもかかわらず。

 ケガをしたときも同じです。痛みが出たらトレーナーや治療家、あるいは病院に行って治療を受けるでしょう。それ自体は決して悪いことではありませんが、同時に、なぜその痛みが発生したのか、その原因を追求して根本的な解決策を見つける努力をしているかどうかが問題です。これが不十分な選手が多いのではないでしょうか。

 筋力不足や柔軟性の低下が原因でケガをしているのに、いつも治療に通うばかりで、痛みが取れて練習を再開するとまたケガを再発する、といったことを繰り返しているケースも少なくありません。一度ケガをしてしまった選手は、再度ケガをしないように弱点を強化し、以前よりもよいコンディションにしてから競技を再開するという気構えが欲しいものです。これも自己管理の重要なポイントです。

■コンディションは自分で作る

 あなたの身体は、最終的にはあなたにしかわからない。これは普遍的真実です。自己管理の真髄はそこにあります。

 もし、「お前の身体のことは俺が1番よく知っている。だからお前は言われたとおり練習していればいいんだ!」と豪語するコーチやトレーナーがいたら、そんな人は信用しないほうがいいでしょう。今すぐ決別してもいいくらいです。コーチやトレーナーは、あくまであなたを助ける存在です。あなたの身体はあなた自身が守り、作るのです。つまり、あなたが主役なのです。あなた自身で最高のコンディションを作りましょう。ちなみに今のあなたが、今、どの程度自己管理ができているかを知るチェックポイントがあります(表1)。これを見て、当てはまる項目の少ない人は、自己管理が不十分な証拠です。身体のこと、トレーニングのこと、栄養のことなどをもっと勉強して、積極的なコンディショニングを心がけましょう。

表1 自己管理のチェックポイント
○基本的な筋力はあるか? (たとえば着地衝撃の繰り返しに耐えられるだけの脚筋力)
○柔軟性に欠けていないのか? また、疲労による筋肉の張りが残っていないか?
○体脂肪が過剰に蓄積されていないか?
○練習直後のストレッチングを行っているか?
○ウオーミングアップ、クーリングダウンを十分に行っているか?
○栄養のバランスを考えて食事を摂っているか?
○睡眠は十分か?
○入浴を疲労回復に役立てているか? (シャワーだけで済ませていないか?)
○練習後、故障や後遺症のある部位にアイッシングしているか?
○すり減ったり、破れたりしたシューズを履いていないか?
○テーピングに頼り過ぎていないか? (リハビリや筋力強化は十分か?)
○喫煙、過度な飲酒をしていないか?

■流行のテクニックを用いる前に

 スポーツ界には、いつの時代にもトレーニングやコンディショニングに関する流行が存在します。一流選手がそれを用いて強くなった、あるいはケガがよくなった、といった理由でその効果がやや誇張して語られ、その結果にあやかろうと皆が取り入れるのです。近年では「スパイラルテーピング」「キネシオテーピング」「PNF」「初動負荷トレーニング」などがそれに当たるでしょう。優れた専門テクニックは、それを取り入れる側の知識と技術が十分で、どんなケースに用いれば有効なのか、その判断ができる場合にのみ絶大な効果をもたらすものです。それらを用いてよい結果を出している一流選手たちは、基本的なコンディショニングを十分に行った上で、さらにハイレベルな向上(その余地はわずかではありますが)を得るための手段として利用していることを忘れてはいけません。 ベースには、地道なトレーニングと健康管理があるのです。

 すべて身体に関することは、薬の処方のように適用を間違えると大変なことになります。生半可な知識で形だけを真似るようなやり方では十分な効果を得られないばかりか、かえって痛みを増してしまったり、重大なケガが発生したりする恐れがあります(実際にはそのような例も報告されています)。

 まずは基本的なトレーニングや健康管理を心がけ、その上で適用をしっかり理解して、受け入れる準備ができてから、そうした専門的なテクニックを利用したいものです。

■ケガは再発防止が大事

 ケガが起きてしまえば、あとは治療に専念する。これは当然のことです。ただそれと同時に、そのケガが起きた原因を突き止め、二度と同じ失敗を起こさないように努力することはもっと大切なことです。いわゆるクセになっているケガの場合はなおさらです。何度も同じケガが起こるのにはいくつかの原因があります。特定の部位の筋力が不足している、柔軟性が落ちている、応急処置が適切でなかったために関節が緩んでいる、フォームが適切でない、シューズが合っていない、などなどです。それらの根本的な問題を解決しないで対処療法(ケガが起きてから治療する、痛いから治す)に終始する限り、同じケガを繰り返す可能性があります。

 ではどうすればよいのでしょうか。それは「予防」に尽きます。ケガを予防するという考えを持って日常のコンディショニングに取り組むことです。つまり、ケガは「痛くなったら」から治すのではなく、「痛くなる前に」治す。これがケガに強い丈夫な選手になるコツです。

 今回からスタートする連載では、自己管理のできる選手になるための極意を、トレーナーの立場からわかりやすく解説していく予定です。


山本 利春(やまもと としはる)
昭和36年生まれ、44歳。国際武道大学体育学部スポーツトレーナー学科教授。順天堂大学大学院体育学研究科修了。医学博士。日本体育協会公認アスレティックトレーナーマスター、日本ライフセービング協会副理事長、日本オリンピック委員会強化スタッフ。主著「知的アスリートのためのスポーツコンディショニング」(山海堂)、「スポーツアイシング」(大修館書店)など。