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内容は、掲載当時(1993年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。

・山本利春:再考・体力測定,月刊トレーニング・ジャーナル, 10:75−77, 1993

現場に役立つ測定・評価の実際1

再考・体力測定

山本利春(国際武道大学体育学部講師)

 トレーナー、ストレングス・コーチ、コーチそれぞれ役割は異なるにしても、選手の競技成績の向上や障害予防、タレント発掘、トレーニング効果の分析など、測定データを収集する機会は多い。また、学校体育においても毎年恒例で体力テストを行っている例がほとんどである。体力測定は身体資源のコンディションを評価することであり、選手の身体を様々な角度から精細に親察することで、その選手自身の身体資源の長所・短所が明確になり、選手の特徴やトレーニングの課題を見つけ出す材料になりうる。

 しかし、その測定および評価に費やす労力は予想以上に多く、ついついデータを取りっ放しにしてしまい、十分なフィードバックなしで測定データが埋もれてしまっていることも多いのではないだろうか。今回は連載の初めとして、従来の体力測定の実態を見直し、少々極論的な部分もあるかもしれないが、今後の課題について考えてみたい。

「スポーツテスト」の功罪

 現在、日本において最も普及している体力測定の方法は、文部省の「スポーツテスト」であろう。このテストは学校体育における一斉テストとして、約30年前から長年にわたり行われてきた。もちろん、同じ測定項目で統一し、全国的な規模で長期間データ蓄積されてきたために、体力の年齢別、性別、地域別の比較、あるいは発育発達の推移などの車重な資料が残されている。しかし、もともとこのテストの狙いは、「体力の現状を確かめ、心身を鍛練してその健全な発達を図り、健康に自信を持って生活できるようにするため」に行われてきたものである。スポーツ選手の場合、日常生活を健康に過こすことが到達目標ではないことは明らかであるし、個人の生活強度、個人差、年齢差も大きいはずである。しかしながら、未だにこの「スポーツテスト」をスポーツ選手に採用しているケースが少なくない。

問題の所在

 だからといって大学や研究施設、医療施設等でハイテク機器を導入して体力測定を行えばそれでよいかという疑問もある。

 本来、測定者側はそれぞれの測定項目について、それをどのような目的で測定しているのか、果たしてその日的に適ったテストを実施しているのか、測定の正確性はどうかなどを、常に考えておく必要性がある。

 器具の不足や人手不足などの理由でより簡便なテストを選び、習慣的に行っているケースにしろ、既存の測定機器を使ってただ取れるだけのデータを大量に測定しているケースにしろ、最も再考したい点は「目的に見合ったものであるか」、「選手、コーチへのフィードバックをどのように行うのか」という点である。

何のための測定か?

 体力測定の目的が何にあるのかによって、測定項目や測定方法の選択、あるいはフィードバックの方法は異なるはずである。競技力の向上が主たる目的であれば、そのスポーツ種目のパフォーマンスにつながる運動能力と関連のある体力要素を測定すべきであるし、傷害予防が主たる目的であれば、そのスポーツで発生する可能性がある傷害の発生要因として関連を持つ体力要素を測定すべきである。

 データの処理の仕方にしても、下肢筋力の場合、競技力の観点から体格の大きさや体重の重さが有利に働く場合には、絶対値(生データ)のほうがよいし、体重移動を頻繁に行う種目や傷害予防としての体重支持という見方をすれば、体重当たりの数値に直すほうが理解しやすい。

 体力測定が利用される場面は他にも数多くあるが、何のための測定であるのかを十分に踏まえたうえで測定を企画したい。目的の数だけ、異なる測定内容が準備されるべきだと言えよう(表1、2参照)。

表1 体力測定の目的
@競技力の向上
A傷害の予防
Bトレーニングの効果判定
Cリハビリテーションを進めるうえでの評価
Dタレント発掘、メンバー選考
E健康増進のための運動処方


表2 測定対象に関して考慮すべき項目
・競技レベル(一流選手、スポーツ愛好家など)
・年齢(発育期、高齢者、幼児など)
・性別
・競技種目(運動特性)

どこをどう測るか?

 前述した測定の目的に関連することであるが、スポーツ選手の場合、競技種目によって使用する筋肉、あるいは重要な筋肉は異なる。従って、スポーツ選手の測定を行う際には、必要な筋を見極めることが重要である。すなわち、その競技にとって最も重要な筋を中心に測定を行わなければならない。例えば短距離選手ならば脚筋力(特にハムストリングス)が重要であることは一般的に理解されている。「スポーツテスト」では筋力の評価を握力と背筋力で代表させて行っているが、短距離選手に対してこれらの測定を行い、走る能力を判断することは、あまりにも無謀であると言える。

 また、各競技種目において、筋がどのような使われ方をするのかも重要なポイントである。静的であるか? 動的であるか? また、単発的であるか? 反復的であるか? など、その種目の筋収縮様式に応じた測定条件を設定すべきである。

 特に一流のスポーツ選手にあっては、身体がその種目に適合した体力特性を獲得していると考えられる。従って、一流選手の体力特性や動作の特徴を解明したスポーツ科学の研究成果は、目的に適った効率のよい体力測定を検討するうえで、また一流選手にトレーニングの指針を与えるうえで重要な情報であるといえる。

どのようにフィードバックするか?

 測定データを取ることが体力測定の中心であると思い違いをしている人(特に研究者)も多いのではないだろうか? データを取ることの目的が選手の競技力向上であるにしろ、傷害予防であるにしろ、大事なことは取ったデータをいかに活用するかである。測定後のフィードバックこそ、体力測定の最も重要な部分である。

 あるチームのコーチの話だが、多くのプロチームの測定を請け負っている有名な研究施設に測定を依頼したところ、測定結果が返ってきたのは測定した半年後で、渡されたデータも数字の一覧ばかりでそれをどう活用すればよいかの指示もなかったということである。

 いくら研究者側にとって興味深いデータが得られたとしても、測定された選手あるいはデータを活用するコーチに対してのフィードバックが不十分であるならば、スポーツ現場からは体力測定を行う利点が少ないと言える。このような例が、一部の現場のコーチにみられるスポーツ科学に対する不信感を助長させているに違いない。

 選手の競技生活は日々進行している。場合によっては時間経過すれば測定時の体力も変動してしまう。また、ウィークポイントを早く指摘してあげなければ、ケガが発生してしまうかもしれない。そんな使命感を持って測定結果をまとめたいものだ。

 測定データのフィードバックの方法は数多くあるが、チームの性質や個人のモチベーションの度合いなどによって工夫をこらす必要があろう。測定データの優劣(ランキング)を示したり、一流選手のデータと比較して選手の競争心をあおり、トレーニング意欲を高めるのもよいだろう。また、競技力向上や傷害予防との関わりからみて、強化すべき課題を与えることも効果的だ。例えば、「今までここが弱かったからケガが多かったのではないか? ここが弱いと肉ばなれの恐れがある」とか。あるいは「ここを強化することでもっと速く走れるかもしれない」など、裏付けとなる根拠を示したうえで選手にデータの説明をすることで、選手自身の内面から湧き出る意欲をかきたてる材料となり得る。

 さらには、できれば数値を見て順調か? 適当か? 優れているか?などの判断を下すための評価基準を用意しておくことが望ましいし(これがかなり難しい)、弱い部分があるなら、「ではどうすればよいか」という疑問に答える対応策として具体的なトレーニング法も準備しておきたい。

測定・評価から多くのことを学ぶことができる

 競技力向上、あるいはスポーツ傷害の予防を目的とした測定を行う際には、多くのトレーナー的知識を把握しておかねばならない(表3)。

 測定項目を選択するには、目的に応じてその競技の運動特性や、よく発生する傷害とその要因となる要素を知らなければならないし、結果の説明をするには、その裏付けを十分に理解していなければならない(選手には、わかりやすく噛み砕いて教えなければならないので)。結果の説明だけでなく選手が具体的に行動に移せるように、対応策として具体的なトレーニング方法や傷害予防の方法をアドバイスしていく必要があるが、当然トレーニング理論を踏まえてメニューを処方していかなければならない。また、いかに時間内に効率よく測定し、データ処理するか、どのようにして選手に結果を伝えるか、あるいはスタッフ同士の協力体制への配慮など、コーディネートする能力も養われる。

 本気で取り組むと予想以上に大変な仕事であるが、選手のための、現場に密接な体力測定を行おうとするならば、人の身体能力を扱う立場の人間には絶好の勉強の機会であると言える。

表3 体力測定実施上の重要事項
1.測定の前に考慮すべきこと
・何のための測定か?
・どこをどう測るか?
・どのようにフィードバックするのか?
・必要となる機材、人材、時間の準備
2.測定の目的と必要知識
・競技力向上→競技特性、専門的体力要素、トレーニング方法
・傷害予防→競技に特異的な傷害、傷害発生要因、予防対策、要注意レベル(チェック基準)
3.測定の実施から得られるもの
・コーディネートする能力
・責任感 ・協力し合う気持ち(チームワーク)

データ(情報)を活かすための創意と工夫

 どんなに多くのデータをもってしても、あくまで身体資源のコンディションの評価であるから、ある面で現実の事象と食い違うことがある点も否定できない。また、すべてのデータが科学的裏付けを持っているわけではない。広い視野から見て、現場サイドの経験と勘に接点を求めることも必要である。選手の動きを何万億も見続けているコーチの言葉に驚くほどの説得力と鋭い分析力を感ずることも多い。データをまとめる段階で、できるだけコーチや監督の目を分析に加える努力もすべきではないだろうか。

 チーム単位で行うにしろ、個人的に行うにしろ、体力測定は可能な限り継続して行うことが望ましい。体力測定後に選手が弱点強化のためのトレーニングを行ったとすれば、その効果を判定し、トレーニングが適切であったかを評価することができる。また、チームや個人の調子(競技成績、コンディション)によっこあるいはシーズン前後で体力がどのように変動しているのかを知ることも重要であろう。

 観点は変わるが、現場で選手のコンディショニングに関わる人たちの中には、測定したくとも測定機器がない、あるいは時間がないなどの理由から半ば諦めてしまっている人も多いのではないだろうか。十分とは言えないまでも、工夫すればある程度の情報は得ることが可能であることも認識したい。精密な測定機器ではなく、簡易な測定機器を利用したり、簡便な測定方法で得られた値で本来の数値を推定する(例:皮下脂肪厚→体脂肪率)などである。また、グラウンドや体育館で測定したフィールド・テストの結果やウェイト・トレーニング時に得た挙上重量などを利用する方法もある。一方、簡便法を用いることで、非常に大雑把な、信頼性の低いデータを過信してしまう危険性もあることを忘れてはならない。数値の持つ意味を十分に理解して利用すれば、多くの情報が得られるはずである。

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 スポーツ選手のコンディショニングを行ううえで、測定・評価をいかに役立てるかというテーマは、現実的ではあるが意外に取り上げられていない感が強い。次回より測定・評価を利用する際のアイデアや留意点などを、スポーツ現場のニーズを踏まえて、様々な観点から紹介したいと考えている。