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内容は、掲載当時(1992年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。

・山本利春:アスレチックトレーニング‐今,名称を変える時期か?(翻訳),臨床スポーツ医学,9(4):478‐480,1992

海外トピックス7

●「アスレチックトレーニング」
 ――今、名称を変える時期か?

Athletic Training : Time for Name Change?
Thomas G. Weidner
Athletic Training, JNATA. 26(3) :252-254, 1991.

 アスレチックトレーニングとは、アスレチックトレーナーの職域に関する名称である。しかし、一般に人々はアスレチックトレーニングという名前だけでは、その内容がよくわからない。それどころか、アスレチックトレーニングとはテーピングとアイシングが主な内容だと未だに思っている者さえいる。それゆえ、アスレチックトレーナーのさまざまな仕事と機能に関する説明をする必要がある。多くのアスレチックトレーナーたちは、まずスポーツ医学という一般的な言葉を答えた上で、次にアスレチックトレーニングの概念を説明し始める。アスレチックトレーニングという名称は、その名称からでは専門領域の内容を的確に示すことができない。アスレチックトレーニングの専門家らは、アスレチックトレーニングという名称が的確か、適当かを考えるべきである。

 本稿では、アスレチックトレーニングという名称の歴史や、それがどのように理解され使われてきたかを調べ、この名称に対する疑問の必要性、概念上の発展による名称の変更について検討していきたい。

●アスレチックトレーニングという名称の歴史

 アスレチックトレーニングという職業の発展史には興味深いものがある。アスレチックトレーニングは原始人の時代から始まるとO'Shesは述べている。地中海のクレタ島で発掘された壺(およそ紀元前1600年)には、ヘルメット、手のパッド、前腕のガードを装着しているボクサーらの図案が描かれていた。これは、これまでに発見されたスポーツ装具の中では最古のものである。

 アスレチックトレーニングの存在を、はっきりと確認できるのは古ギリシャそしてローマの時代である。スポーツ競技はその当時のギリシャ人たちの生活の中の重要な一部であった。選手たちは当時、マッサージする人(paidotribai)、油などを塗る人(aleipbes)、体育専門家(gymnastes)と呼ばれていたトレーナーたちに援助されていた。当時のアテネ社会に現れた体育専門家たちは、選手のスポーツ技能や技術を訓練し、身体の状態を維持するために必要な基本的知識を教えた(例えば、解剖学、生理学、栄養学)。それゆえ、当時の体育専門家(gymnates)は現代のコーチ、あるいはヨーロッパでいうトレーナーと非常に似ている。その後、医学的な体育専門家(gymnastai)が現れ、彼らは選手のコンディショニングおよび高い身体的状態の維持管理を務め、ホットバス、マッサージ、鎮痛薬などの方法を用いた。ギリシャ人で最も偉大なトレーナーといわれたHerodicusは医師であると同時にトレーナーでもあった。また、Herodicusは現代医学の父Hippocratesの先生でもあった。専門的なトレーナー(の事業)はギリシャがローマ帝国に征服された後もその発展は続いた。その当時(およそ西暦130-200)、初めてアスレチックトレーナーおよびチーム医師として認められていたClaudius Galenは、体育館で選手たちの病気あるいは虚弱を回復させるための運動を指導した。これらの歴史的事実から考えると、今日の“アスレチック”と“トレーナー”の定義は、古代のgymnastai(トレーニングにおける医療面の専門家)よりもgymnates(スポーツ技能を教える教師、いわゆるトレーニングマスター、現代のコーチ)の概念とより近いものとなる。しかしながら、現在のアスレチックトレーニングという領域は古代のgymnastai(トレーニングにおける医療面の専門家)の方向に沿って進んできた。

 Galenの時代から、 19世紀まで、アスレチックトレーナーに関する文献はほとんど存在しない。 19世紀後半から、アメリカでは大学や高校、中学校内におけるスポーツ競技の設立とともにアスレチックトレーナーという職業は次第に注目され始めた。当時の有名なアスレチックトレーナー、S. E. Bilikは、後にスポーツ医にもなり、現代アスレチックトレーニングの父と多くの人に認められた。Bilikはアスレチックトレーニングの内容を次の3つに分類し、分析した。

●コンディショニング(Conditioning)――激しい競技に伴う筋肉や神経への強い負荷に対する準備、すなわち、筋力、持久力、活力および傷害に対する抵抗力を可能な限り高いレベルに向上させること。さらには、心肺機能などへの激しい運動負荷に対応するための漸進的な機能向上を図ること。

●スポーツ傷害の診断と治療(Diagnosis and Treatment of Athletic Injuries)――実用的、有効的な救急手当および簡単な外科処置の実施。アスレチックトレーナーによる治療は、高い回復力をもった精力的な若者を考慮したものであるし、医師による傷そのものの治療よりも、競技復帰を念頭においた積極的な手段を用いるものである。

●専門的トレーニング(Specialized Training)――個々の競技レベルの向上のための専門的な神経−筋肉協調性訓練。

 Bilikはアスレチックトレーナーの基本的な責任は選手のコンディショニングの調整と維持のみであると述べた。このことからアスレチックトレーナーの仕事は、今日のコーチの仕事に、より近いということがわかる。20世紀に入るとアスレチックトレーナーは古代gymnatesのように選手のコンディショニングを含めて仕事を行っていた。けれども、アスレチックトレーニングという名称を採用してからいままでこの領域の内容は大きく変わってきた。

●アスレチックトレーニングという名称の現状

 今日この領域における現状は1990年の調査によって説明できる。表−1は、アスレチックトレーナーにおける主な6つの業務内容に対する責任の度合いを割合(%)で示すものである。調査の結果から、選手のコンディショニングに対する責任が前ほど強調されないこと、そしてスポーツの技術的な面を教えることに対する責任が全く含まれていないことがわかった。アスレチックトレーニングは選手の健康管理に関するものであることは明白である。1990年夏、アメリカ医学協会では、アスレチックトレーニングは健康に関連する職業に属するものだと承認した。しかしながら、アスレチックトレーニングという名称は表−1の業務内容を明確に表現できないことから、その名称を継続して使用することは不適当であるように思える。われわれアスレチックトレーナーの専門領域をよく表現できる新しい名称が必要である。

 現代のアスレチックトレーニング領域の発展における初期に、NATA(全米アスレチックトレーナー協会)理事会では、現行のアスレチックトレーニングという名称と、その実践者であるアスレチックトレーナーという名称を用いることを採択した。彼らはこの名称を決して省略せず、2つの単語を常に両方含めて用いることを強調した(例えば、トレーナーと略さず、アスレチックトレーナーとする)。しかし、NATA会長Mark Smahaによれば、このことに関する公式的な記載は発刊されていない(Personal communication、15 April、1989)。

表−1 アスレチック・トレーニング領域における主な仕事の分野
分野名割合(%)
Recognition and evaluation21
Management/Treatment and disposition21
Rehabilitation19
Prevention18
Organization and administration12
Education and Counseling9

●名称に対する疑問視の必要性

 アスレチックトレーニングという名称は混乱と誤解をまねきやすいので、この名称に対して疑問を投げかける必要があるのは明らかであろう。現代のアスレチックトレーナーは選手のトレーニングは行わない。しかし、健康に関する分野に属する専門領域であり、医師の指示に従って、スポーツ傷害のケア、治療および予防を主な対象として実施している。しかし、アスレチックトレーニングという名称は、こういったパラメディカルな活動の内容を表してはいない。さらに、十分に発達した1つの専門分野として、アスレチックトレーニングは専門的な研究を1つの目的としてもち、応用的な学問分野に向かって発展すべきである。Osteringは十分に発達した専門分野として、次の3つの機能的なカテゴリーを示した。
1.実践(practice)――専門的技術の応用
2.教育(education)――専門的な知識体系の形式化と伝達
3.研究(research)――専門分野の方法と原則にもとづく系統的な実験とテスト

 名称そのものでもはっきり内容を表現できないアスレチックトレーニングは、1つの学問的な専門分野として承認されうるか疑問がもたれる。公衆の理解と学問分野からの承認が得られるまで待つことは、この事業の進歩を妨げることに違いない。

●代わりになる名称について

 アスレチックトレーニングという専門分野はスポーツ医学と提携させるべきである。多くの人はすでにこの研究と臨床的応用の両方含めた用語による保護を受け入れている。

 「スポーツ医学とは」運動や競技を生理学的、生体力学的、心理・社会学的、病理学的な面から研究する学問であり、また、これらの知識を臨床的に応用し、肉体労働、運動および競技に対する機能的な能力の増進と維持、そして、運動および競技に関する病気と傷害の予防・治療につとめるものである。(Lamb、1981)

 Arnheimはアスレチックトレーニング/アスレチックトレーナーという名称をスポーツ治療/スポーツ治療士に代えることを提案した。これらの用語はすでに頻繁に文献の中で使われている。しかしながら“治療”という言葉は、ケアおよびリハビリテーションと同様に予防という意味は含めていないようである。要するに、この運動傷害の予防という内容が、アスレチックトレーニングと他のスポーツに関連する専門領域とを区別している。

 スポーツ医学の分野は、もうすでに確立され、普及しており、この用語は理解しやすく、パラメディカルな領域も顕著に表現している。スポーツの研究は1つの学問領域として承認されており、(例えば、スポーツ史学、スポーツ心理学、スポーツ哲学)、“スポーツ”という用語は、“アスレチック”より学問分野として受けられるのに適当である。興味深いことには、われわれの同業者アメリカ理学療法協会(American Physical Therapy Association)はすでに彼らの組織の中にスポーツ理学療法部を設立した。けれども、名称で区別されているだけではなく、その内容の重視点と応用面でもわれわれとは大きく異なっている。スポーツ理学療法はスポーツ傷害に対するリハビリテーションを中心としており、スポーツ現場での活動はあまり行わない(例えば、練習あるいは試合中)。

 伝統主義者的な立場からみると、アスレチックトレーニングとアスレチックトレーナーという用語が公的にかつ的確に使われるまでに、われわれの領域は専門分野として承認・尊重され得ないだろう。同じくこの用語を論議したAtenによると、今の理学療法士(PT)は1960年代に“physical medicine specialist”と自称していた。その後、“Physicaltherapist(理学療法士)”という簡単な用語が付けられた。“理学療法士”および“理学療法”という名称は的確にその領域の内容を表現している。ところが、アスレチックトレーニングという名称はそうではない。もう1つアスレチックトレーナーに関することで問題になっているのは、他のいろいろな業者も自分達がトレーナーだと自称していることである。たとえ現在すでに慣れた名前であり、NATAの各文献の中でもすでに長い間使われている用語だと論じても、この用語はまだまだ人々には十分理解されていない。また、学問的専門分野としても認められていない。

 今が、この分野の発展を妨害しないような名称をみつける時期であると思う。新しい名称は、現代の定義と主要な活動内容とが一致するものであるべきだし、この研究分野の内容を適当な辞典にのせるべきである。しかしながら、われわれアスレチックトレーナーはアスレチックトレーニングという職域の本質に悩んでいるわけではなく、われわれはアスレチックトレーナー自身の性質、責任をしっかり心掛けている。あくまで本稿で論じたのは、われわれの専門分野の名称の危機についてである。

(訳:山本利春/国際武道大学体育学部)