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出典:連載「コンディショニング科学カンファレンス」
トレーニング・ジャーナル2012年1月号(No.387)(ブックハウス・エイチディ)


連載「コンディショニング科学カンファレンス」

コンディショニング科学カンファレンス 6

ストレッチングの活用方法のアイデア(2)
──質疑応答

笠原政志・国際武道大学助教
山本利春・国際武道大学教授

前回の笠原氏による講演に引き続き、コンディショニング科学カンファレンス(主催:国際武道大学コンディショニング科学研究室)における質疑応答の模様をお伝えする。

現場からの質疑応答

山本利春:ありがとうございました。それではまずアセスメントとしてのストレッチテストについて、お話しいただいた笠原先生の内容を整理してみます。肩の柔軟性テストとしての評価法というのは、整形外科的によく用いられるリハビリテーション医学会が推奨している関節可動域のテストが一般的なんですが、これはゴニオメーターで測らなければならず手間がかかる。そして熟練度を要し、測定者間の統一が必要になる。そのために、現場で比較的使いやすい指椎間距離という方法を臨床的に現場で用いているというお話でした。まず前半の肩関節の柔軟性評価に関して先生方からご質問あるいはご意見ございますでしょうか?

測定条件について

質問者:誤差の範囲以上に数値が上がったり下がったりしないと改善したとはいえないと思うので、その範囲というものはどのようなものなのでしょうか。また、測定の際に注意する点も教えてください。

笠原政志:測定する際の注意点は、挙上の際に体幹の伸展が入らないこと、肩も屈曲位からではなく外転から始めるように統一しています。また、隆椎は、頸椎完全屈曲させて、棘突起をたどって中央をランドマークとしました。

山本:今の話は、測定条件を一定にしていないと数値が変動してしまうので、その変動幅を抑えていないとストレッチングの効果によって柔軟性が改善したことによる変化なのか、いわゆる測定誤差なのかといったところを判断できないということでした。そういった観点から考えると、この指椎間距離の上と下は、上はどの筋群を反映しているテストで、下はどの筋群の柔軟性を、またどの筋の柔軟性に左右されるテストなのかといったところに関して先生はどうお考えでしょうか。

笠原:肩関節は動きも多様で、動きによって関わる筋もさまざまですが、指椎間距離測定の中でも深く関連しているものはこれではないかなというものはあります。

 手を臀部から背中に指椎間距離(下)に関わる要素に関しては、肩の外旋筋群と肩甲骨に関連している筋の柔軟性であると思います。たとえば、肩甲骨が外転位の状態の値と内転位の状態の値ではだいぶ異なり、実際、脊柱から下角の距離を測り、その距離と指椎間距離(下)との関連性をみると有意な相関関係がありました。すなわち、もしかしたら前鋸筋などの肩甲骨を外転位にさせる筋の柔軟性の低下が影響しているのではないかと感じております。

 指椎間距離(上)に関しては、Combined abduction test(CAT)という肩を挙上して肩甲骨を押さえるときの肩の挙上角というものがあり、これと指椎間距離(上)との間において有意な相関関係がありました。これに影響する筋に関しては、広背筋や上腕三頭筋の長頭などが関連していると思われます。

山本:肩関節の傷害に関連するスペシャルテストで、テストされる筋群だとか、肩関節の外旋筋群など、肩関節の投球障害などの疾患と関連性の高い筋群と非常に関連があるということですね。

笠原:そうですね。

体格差による影響

質問者:理学療法士の立場から先生のお話をうかがっていたのですが、先生の指椎間距離ですと、代償動作・体格差によって影響を受けるのではないかと思いました。関節角度の測定であれば、どんな体格差であっても角度は絶対値で評価されますが、指椎間距離の場合、体格差によって1cmの意味合いが全然違ってきますので、改善の効果を判断するのは難しいのではないかと思いました。また、手を挙上させたときの硬さについて、筋肉が短縮して硬いのか、関節包というかその関節の遊びで骨と骨ががっちりくっついてしまって硬いのか、もしくは軟部組織などが邪魔して硬いとか、硬いにもいろいろな要素が考えられますし、逆にどれかというように断定することは難しいと思いますが、その点についてはいかがでしょうか。

笠原:まず、1点目については身長160~180cm位のもので測定したのですが、それで差が出るということはありませんでした。すなわち、指椎間距離測定は体格による影響を受けにくい測定だと考えられます。ただし、距離法のデメリットとして、体格差が極端に大きくなるほど差は生じることもあると思います。しかし、私は、選手が自分で硬さを自覚できるというところを大事にしたので、あえて距離法による測定値で選手にフィードバックするという形にしました。

 次に、硬さ(柔軟性の低下)には確かにいろいろな要素が含まれます。ただ、スポーツ競技で考えるとその動作ができるかどうかということが非常に大事で、極端に言えば、代償してもその動作ができればいいと思います。その動作ができないからケガをする。その動作ができるようになるためには、どうするかというところの1つのスクリーニングとして行い、できなかったら何が原因になるのかと考えて、さらに細かな評価にすればよいと思っています。まず“いいか”“悪いか”の現象をチェックする。その問題があった時点で具体的なその問題を掘り下げていくことが必要だと考えています。

山本:スクリーニングテストとしては時間がかからないので、これだけで全体を評価するというよりは、柔軟性の総合的な評価を行い、そこからまた細かく見ていくといったことですね。

笠原:はい。

前向き研究の有無と再現性

質問者:痛みと指椎間距離の関係性なのですが、柔軟性が改善したから痛みがよくなったというよりも、痛みがあるからそれで制限されていた、ということにはならないのかなと。国際武道大学でしたら、

前向き研究で痛みのない状態を測っておいて、それを追跡調査していくという形で行うと、もっと信憑性、価値が上がるのかなと感じました。そういう分析はやられていますか。

笠原:実際データはあるのですが、分析しきれていないところです。4月の時点で指椎間距離を全員に測定するので、翌年に同じように計測すれば、前年度の4月の状況と指椎間距離の値と肩関節の症状を比べることは確かにできると思います。

山本:メディカルチェックとして毎年500人から600人をこれまで20年間測っているのですが、たとえば4月のメディカルチェック時にこの指椎間距離のテストの結果が陽性となると、ほとんどの選手には即時にストレッチングなどの改善方法をアバイスします。つまり、このメディカルチェックはケガの予防のために行っているので柔軟性が低いと出た場合には測定当日には本人にすぐにフィードバックをして、後日各クラブのトレーナーにもデータを返すので、改善する努力(介入)をしており、放置してケガをするまで待って、どんな特徴がある人がケガをしやすいかという分析をすることはできないんですね。

質問者:それと、指椎間距離の測定をするときに、験者間の再現性、一致度はどれくらいだったのでしょうか。実際、われわれも測定を数百人やりまして、やはり験者間同士の数値を一致させようとしたのですが、難しくゴールドスタンダードをつくらなくてはいけないということで、最終的には一番再現性の高い人間を、たとえば ICC(注:intraclass correlation coefficient、験者内再現性)が0.98だとかっていう人を選んで合わせようということになりましたので。

笠原:国際武道大学のメディカルチェックでは大体4、5人で同じ測定をやっています。最初は誤差が出てくるので、そのやり方と注意点と確認することで、統一はされます。ただし、誰かの値を基準にしなければならないので、その際は私の値を基準として統一を図るようにはしています。

山本:体脂肪のキャリパー法もまさしくそうですよね。たとえば必ずメディカルチェックで体脂肪担当のものは僕の測定値を基準値にして、それでいわゆるブラインドで、私のデータを見せずに、同じ被験者を数名が測定をし、私のデータに限りなく近づくまで何度も練習をして、つまみ方が悪いのか、キャリパーの使い方がいけないのかということをやり直しをさせて、何が間違って、数値が異なるのかを確認させ、最終的に基準値と同じ値になるまでやってからスクリーニングテストに参加させるという形にしています。ですから、同じようにストレッチングテストもそうしなければならないのかもしれません。

 SLRテストも何をもって代償動作とするかによって、それぞれ測定値が変わる可能性があるので、その辺も非常に難しい点であると思います。今回、笠原先生にご提示していただいた上肢のストレッチテストに限らず下肢のストレッチテストに関しても、測定法は簡便ではありますが、その再現性に関しては確かにご指摘の通り十分に考慮しなければいけないと思います。

ストレッチングの実施時間について

山本:それでは次の、ストレッチングの伸長時間に関しての質疑応答に入ります。教科書的には大体30秒から60秒くらいとの記載があります。でもそれはどういう根拠なのかといったときに、文献上そうだからとも言い切れないところがある。

 たとえば、参考にした文献が下肢を中心にしたものであり、関節可動域を改善するための十分な効果が確認されている時間が30秒から60秒だったとしても、上肢の実験では30秒より15秒の方が効果があったという研究結果があったとすれば、本当にその下肢の実験結果が下肢以外の肩や腰にも全てあてはまるのかというと必ずしもそうではないのではないかという疑問が生じます。

 今回の笠原先生の研究からも少なくとも肩に関しては、従来の下肢の30~60秒という伸長時間はあてはまらない可能性が高いというご指摘がありましたが、先生方のほうから何かこの点についても含めましてご意見お願いします。

質問者:15秒が30秒よりも効果が高かったという、これまでの経験とは違うような結果が出たと思うんですけれども、その原因に関してはどのようにお考えでしょうか。

笠原:ストレッチングも仮に20秒実施したとしたら、最初の10秒のときよりも後半の10秒の方がより可動範囲が大きくなっていると思います。肩はとくに球関節で非常に不安定な関節なため、必要以上に関節を動かそうとすると上腕骨頭と関節窩に対する逸脱が起きやすくなるのではないかと思っております。この現象が起こることによって、防御反応的に肩関節の周囲筋の緊張が起こってしまったり、もしくはなんらかの痛み、引っかかったりなどが起こることで柔軟性の向上を妨げるのではないかと考えております。

質問者:実際そういう感覚を被験者は感じているのですか。

笠原:はい、長くやったほうが痛いといっている者が何人かいました。実際私自身も長くやったほうが痛かったです。後は何人かやらせてみてどうだと聞くと、長くやるよりも短いほうが伸びたというところで終わっていいですという感覚があったので、推察ではありますが、関節の構造を考えると、逸脱しやすい構造がその影響を及ぼしているのではないかと思っております。

質問者:押す強さなどについて、コントロールしましたか。

笠原:セルフストレッチングでやらせていたので、自分で、ストレッチングで痛みのない範囲でやってくれと言っていました。

質問者:そのストレッチングは、横向いてこうやってやるストレッチですよね(図1)。あれはそれほど根拠のあるようなものではないのですが、経験的に、手を回転させた状態だと当たって痛いのですが、ちょっと下げてやるとずいぶんと筋肉が動きやすく、あまり変な痛みもなくできます。どういう状態でやらせましたか?

笠原:肩関節90°外転位で、肘関節90°屈曲でやりました。

質問者:ちょっと下にしてやってもらうとちょっと変わると思うので、ちょっと試してもらえますか。

笠原:はい、やってみたいと思います。また、先ほどのポジションも、円背姿勢でやるのか、それとも胸を張った状態でやるのかということをやらせたときに、それだけでも柔軟性の改善が違いました。今、先生がおっしゃるように、ちょっとしたポジションの違いによっても全く効果は異なるものではないかと思います。改めてストレッチングの奥深さを感じます。

山本:今、肩関節の特性との関わりからお話があったのですが、トレーナーの方や理学療法士の方はイメージがつくと思いますが、そうでない方々に少しわかりやすく言いますと、たとえばストレッチングを実施すると筋肉が伸びるというように思いがちなんですが、とくに肩に関しては、やり方によっては、筋肉が伸びているというよりも、関節包やいわゆる関節構成体まで一緒に伸びている感覚があります。

 ですから肩関節の構造上筋肉だけが伸びているのではなくて、筋以外の支持組織も同時に伸びてしまっているのではないかというようなことが推測されます。そうすると、たとえば野球肩の選手で関節がかなり緩いタイプの人のように肩関節に元々遊びがあって柔軟性が高いというよりは、肩関節の不安定性が高い人が、肩のストレッチングを実施した場合に、それによって肩関節が正常な位置から逸脱する可能性もある。引っ張られる可能性がある。

 関節構成体、それが関節包なのか、それ以外のどんな組織なのかはわかりませんが、何らかの悪影響を及ぼす可能性がないのかなと。ストレッチングによってその筋肉を何秒くらい伸ばすのかということだけではなくて、それ以外の要素も加味されてくるのではないかというようなことも考えていかなければいけないところですね。

笠原:そうですね。ですので、いろんな意味でストレッチングについて考えるほど非常にわからなくなってくるというか…教科書的に30秒と言っているものの、本当にそれでいいのかなと疑問が芽生えてきます。

質問者:すいません、経験談で人から聞いた話なんですけれども、本当に柔軟性を高めるにはどのようにしたらいいか、というのをバレリーナと話したことがあります。私もバレリーナも共通で、同じ姿勢を1時間か2時間くらい保っていると、それが一番柔らかくなっているんですよね。

山本:股割りとかですよね。いろいろな意味で関節可動域を広げることだけを考えれば、もしかすると前半の山口太一先生(酪農学園大学)のパフォーマンスとの兼ね合いとか、ケガの発生リスクの有無ということを度外視して、とにかく関節可動域を広げるだけを目的とするということであれば何か特殊な方法はあるのかもしれないということになるのでしょうね。

現場からの質問

質問者:先ほどのMLBのトレーニングコーチの進める時間のデータですが、あれは上肢に関してですか。

笠原:そこまでの記載はありませんでした。実際どのように推奨していますか質問に対する回答結果でした。

質問者:肩に関しての報告は面白かったです。現在ほかの部位も調べられているとのことなのですが、経験値的に皆さんの実施する時間が約10~15秒くらいのところということですが、下肢などに関しても今はデータが出てきているのでしょうか。

笠原:そうですね、ただ柔軟性を向上させるためには、即時効果の場合と長い期間での効果なのかですね。この点については、佐藤君(船橋整形外科病院トレーナー)が一番よくわかると思います。

佐藤:まだ実験の予備実験をしている段階なので何とも言えませんが、足部では30秒ほどやったほうが柔軟性は改善するのではないかというのが、感覚的な印象です。

質問者:ありがとうございます。要はスタティックストレッチングがパフォーマンスに影響を及ぼさないということになると、スタティックストレッチングの目的を考えると、可動域を改善していくというところになりますね。

 運動前の可動域改善がパフォーマンスに影響しないということになるかと思います。いろいろなところで教えることがあるのですが、皆さんどのくらい硬いと思っていますかと聞くと、8割くらいの人が手を挙げます。それでもストレッチは毎日やっていますというんです。だけど硬いと思っているんです。パフォーマンスを上げたいということ、ウォーミングアップとしてあげるんじゃなくて、可動域を改善することで何らかのフォームがスムーズにできるようになったとか、今までできなかった姿勢ができるようになったとか、そのようなところでパフォーマンスに結びついている。そういうような観点でスタティックストレッチングの話をちゃんとしていかないと、パフォーマンスにつながらないのだったらやらないとかになってしまいかねない。なので、このストレッチの時間というのはとても大事なことなので、今後しっかりとしたデータが全身の部位で出てきて、できるだけ短くて効果的であればそれに越したことはないと思います。あとは方法論として、代償運動のコントロールがどのくらいできているか。いい加減にただ伸ばしているというのと、しっかり伸びているというのは違うと思いますので、そういうようなところに発展していくといいのかなというように感じました。ありがとうございました。

笠原:そうですね。今の先生のお話を踏まえて、先ほどもお話をさせていただきましたが、トレーニングとオーバーラップして考えればおのずとそうなるのかなと思います。

 トレーニング変数があるように、ストレッチング変数があってもいいのではないか。ただ、非常に壮大なテーマになるのが正直なところで、現在明確なお答えはできませんが必要なことだと思います。そこで現在、コンディショニング科学研究室では、それを1つのテーマにしてやろうというところを話しています。たとえば筋力トレーニングも、1RMテストであれば、たとえばスクワットやデッドリフト、そしてベンチプレスなどでは最大挙上重量を計測します。多少な代償運動であったとしても挙上できるかどうかを評価するものです。

 同じように考えれば柔軟性も、いくかどうかという「テスト」の考え方でいいのではないかという考え方もできます。要は必要な可動域があればいい、というところで考えると、様々なファクターがあるのはわかっていても総合的に考える。1RMテストであえば挙上できない原因が大腿四頭筋の筋力が低下することであったり、体幹を安定させる筋力が低下しているために挙上できないなど原因は様々です。ストレッチングも同じように考えることができるのではないかと思います。

(浅野将志、協力/稲葉優希、上村 聡)

 質疑応答は次回に続きます。