ご注意ください。
※ 所属・役職などは掲載時のもの。なお、連載当時とは、現在の状況と一部異なることもありますので、あらかじめご了承おきください。

出典:連載「コンディショニング科学カンファレンス」
トレーニング・ジャーナル2011年8月号(No.382)(ブックハウス・エイチディ)


連載「コンディショニング科学カンファレンス」

コンディショニング科学カンファレンス 2

ストレッチングの有効性(2)

山本利春・国際武道大学教授
山口太一・酪農学園大学講師
ストレッチングの有効性(2) 山口太一・酪農学園大学講師

現場に即した瞬発的な運動能力に対するスタティックストレッチングの影響

 より現場に近い形でパフォーマンスを評価する際には、ジャンプ動作やスプリント動作といった瞬発力を要するものが測定されるかと思います。

 まずは、ジャンプ動作に対するスタティックストレッチングの効果を検討した研究について紹介します。反動なしのスクワットジャンプと、反動ありのカウンタームーブメントジャンプを行う前に、スタティックストレッチングをした場合と、ストレッチングをしなかった場合を比較した研究です。この研究では20kgのバーをかついでいたので、若干垂直跳びの高さが低くなっていますが、反動なしのジャンプ、あるいは反動ありのジャンプともにスタティックストレッチングをしたことで垂直跳び高が低下したということが結果として出されました(図9)。ジャンプに関しては研究が行いやすいのか、たくさんの研究が行われています。

 中には、1つだけジャンプ力が向上した研究結果があり、これは、立ち五段跳びをパフォーマンスの指標として測定しています。しかしながら現在まで行われてきたほとんどの研究でパフォーマンスが変わらなかった、あるいは低下したといった結果になっています。

 次に、スプリント力(短距離走のタイム)に対するスタティックストレッチングの効果を検討した研究結果を紹介します。スタティックストレッチングをセルフとパートナーで行い、その前後に20m走のタイムを測定した研究です。この研究では、スタティックストレッチングを行っても、スプリント走の能力は向上せず、タイムが遅くなったことが明らかになっています(図10)。スプリント力についても先ほどのジャンプ同様、1つの研究だけが20mのスプリント走を速くしたといった結果を出していますが、それ以外に関しては、タイムが遅くなったか、あるいは変わらなかったといった研究結果となっています。

 以上のことをまとめると、筋力、あるいはパワーについてはスタティックストレッチングによって向上させた研究は出されていません。一方、ジャンプ力やスプリント力などの能力を向上させたという研究もありましたが、多くの研究結果から総括して、パフォーマンスをスタティックストレッチングによって向上させられるかと聞かれると、「ジャンプ能力、あるいはスプリント走のタイムについても向上させ得るとは言いにくい」というのが結論かと思います。さらにスタティックストレッチングに関する効果に関しては、反応時間を延長させた、あるいは筋持久力を低下させたといった研究結果も出ているのが現状です。

スタティックストレッチングの継続時間やセット数、合計時間に関する研究

 これまで、スタティックストレッチングの時間等について話していないことに気づかれているかと思いますが、これからスタティックストレッチングに関する研究の問題点を説明したいと思います。

 実験的なプロトコルで行われている研究が多く、スポーツ現場と解離した方法が多いです。私の研究でも、ストレッチングの時間、休憩時間を含めると1つに筋群に20分程度行っていました。実際のスポーツ現場では、それほど長いストレッチングはしないというのが率直な意見かと思います。このようなこともあり、近年ではスタティックストレッチングをよりスポーツ現場に即した時間で実施した際の効果について検討した研究も多く行われています。

 まずは、ひとつの筋群に対する1回の継続時間に関する研究結果についてです。たとえば、60秒のストレッチングでは筋力が低下したものの、30秒のストレッチングでは筋力は低下しなかったというような研究結果が示されています。また、この他にも、0秒(ストレッチングをしない条件)、10秒、20秒、30秒、60秒と、ストレッチングの時間をコントロールして筋力の低下を検討し、30秒以上で筋力が低下をしたが、それより短い時間である、20秒以下であれば筋力は低下しなかったということが明らかになっています。

 次に、セット数をコントロールした研究結果についてです。セット数に関するものは、それほど多く研究されていませんが、30秒のストレッチングを2セット行っても、筋力を低下させたことが明らかになっています。また、15秒を4セット行う条件までは有意差はなかったですが、6セットとなると、能力が低下したことも明らかになっています(図11)。

 最後に、ストレッチングの合計時間についてです。パフォーマンスの低下率とストレッチングの合計時間、すなわち、「伸張時間+休憩時間」を含めた時間の関係をプロットしたところ、ストレッチングの合計時間が長くなればなるほど、筋機能の低下が大きくことが示唆されました(図12)。


 以上のことから、これまでの研究はストレッチングの時間、セット数、合計時間などがスポーツ現場とかけ離れた方法で行われていたものも少なくなく、スポーツ現場を考慮して検討する必要がありました。そして、近ごろではそれらを考慮した研究が行われてきており、研究結果に基づけば、ストレッチングの時間が30秒未満であれば、パフォーマンスは低下させないのではないか、ということが結論づけられるのではないでしょうか。

その他のスタティックストレッチングによるパフォーマンスへの影響に関する研究の課題

 山本先生もご指摘されていますが、これまでの多くの研究が、ストレッチングをして、すぐにパフォーマンスを測る手順をとっています。しかし実際のスポーツ現場では、ストレッチング後、実際のスポーツ動作にあわせた専門的なウォームアップをして、パフォーマンス発揮をするということが行われています。そういったことを考えて、ストレッチング後に専門的なウォームアップを加え、その後のパフォーマンスの変化を検討した研究が幾つかありますので紹介します。

 スタティックストレッチングを30秒×2セット行い、その後にウォームアップを行った場合と、ウォームアップだけを行った場合のパフォーマンスを比較してみると、30秒×2セット行った場合ではその後にウォームアップを行っても、パフォーマンスの低下が60分まで継続することが明らかになっています(図13)。

 しかし、先ほど申し上げたように、30秒×2セットでは、伸張時間自体がスポーツ現場で用いられるものよりも長いと言う問題があります。一方、こちらの研究では、30秒×1セットのスタティックストレッチングを行った後に、しっかりとしたウォームアップを行うことで、それらをしない場合よりも20m走が速くなったことを明らかにしています(図14)。さらに、山本先生の研究室において、ジャンプ能力を指標とした場合でも同じ結果が出ています。これらのことから、スタティックストレッチング後にウォームアップを行えば、パフォーマンスを高められると思います。

 ただ、ストレッチングに関する書籍には、ストレッチング自体にパフォーマンスを向上させる効果があるといった記述がされていると思いますが、実際に、スタティックストレッチング自体がパフォーマンスを向上させる効果があったとした研究はありません。もちろんケガをしている人の場合など、スタティックストレッチングをすることで能力が改善するといったようなこともあるかと思います。しかし、フレッシュな状態の選手を対象にした場合には、スタティックストレッチング自体がパフォーマンスを向上させる効果はないと考えています。このような場合、研究者の多くが考えることは、「スタティックストレッチングが直接パフォーマンスを向上させる効果がないのであれば、他の方法はどうなのか」ということです。

バリスティックストレッチングに関する研究

 バリスティックストレッチングに関する研究結果を紹介します。あまり利用を勧められていないようですが、この方法に関しても、運動能力に対する影響について研究されています。

 2001年の研究ですが、この研究結果に基づけば、バリスティックストレッチングを膝関節屈筋群、あるいは膝関節伸筋群に対して行っても、スタティックストレッチングと同様に膝関節屈曲筋力、あるいは膝関節伸展筋力を低下させてしまうと言えます。ただし、この研究に関しても、ストレッチングの時間が長いという問題があります。バリスティックストレッチングに関しては、傷害を起こす可能性はあるかもしれませんが、能力を低下させる可能性は少ないと思います。ただし、パフォーマンスの向上を明確にした研究は1つもありません。

 以上のことから、バリスティックストレッチングについてもスタティックストレッチングと同様、パフォーマンスを直接的に向上させないという結論になります。

PNFストレッチングに関する研究

 PNFストレッチングに関する効果を紹介します。PNFストレッチングに関しても、幾つか検討が行われています。

 2005年に行われた研究ですが、大腿四頭筋群に対してPNFストレッチングをした場合としなかった場合で、膝関節伸展筋群の等速性筋活動時のパワーを測定しました。その結果、PNFストレッチングも下肢のパワーを低下させることが示されております(図15)。PNFストレッチングについても、今の研究のようにパフォーマンスを低下させたことを示した研究もありますし、低下させなかったものもあります。ただし、PNFストレッチングとスタティックストレッチングの両条件を設定し、パフォーマンスへの影響を調べた研究の中にはスタティックストレッチングではパフォーマンスが変化しなかったのにもかかわらず、PNFストレッチングではパフォーマンスが低下した研究もあります。したがって、PNFストレッチングはスタティックストレッチングよりもパフォーマンスを低下させる可能性が高いと言えるのかもしれません。

 しかしながら、PNFストレッチングに関しては、理学療法士の先生方が行われた研究は、私の知る限りありません。多くの研究で理学療法士以外のスポーツに関わる人たちがPNFストレッチングを行っておりますが、理学療法士の先生方が行えばどうなのかということは私自身も興味を持っています。PNFストレッチングによって機能改善が起きるのであれば、能力が改善する可能性はあるのではないかと考えています。ぜひ理学療法士の先生方にご検討いただければと思っています。いずれにしても、バリスティックストレッチング、スタティックストレッチング、PNFストレッチングに関してはパフォーマンスを直接的に向上させたといったような研究結果は出ていないのが現状です。

ダイナミックストレッチングに関する研究

 最後に、ダイナミックストレッチングに関する研究結果を紹介しますが、パフォーマンスを向上させたという研究結果が多くなっています。

 スタティックストレッチング、ダイナミックストレッチング、ストレッチングなしという条件を設定し、それぞれの前後に脚のパワーを測定し変化を見た研究です(図16)。この研究におけるスタティックストレッチングの方法は、比較的スポーツ現場的であるというように思えます。それぞれ30秒×1セットずつ、下腿三頭筋群、股関節伸筋群、ハムストリングス、股関節屈筋群、大腿四頭筋群に対して行っています。一方、ダイナミックストレッチングは、同じ筋群を対象として、先ほど示したように、伸ばしたい筋群の反対側に力を入れるということを意識して行うよう、被験者の方々に伝えて、行ってもらいました。5回ゆっくりと慣れるための動作を行い、それから10回素早く大きく行ってもらいました。それぞれ2秒に1回のリズムで行っていますので、スタティックストレッチングと同様の30秒間、行うようになっています。

 この研究結果についてですが、スタティックストレッチングとストレッチングをしなかった場合に関しては、もともとパワーの低い人たちはそれほど大きくパワーを変化させませんでしたが、もともとパワーが高かった人たちが顕著に低下するような傾向が見られました。実際に、ストレッチング前のパワーとストレッチング前後の変化量で相関関係を確認すると、負の相関関係が認められますので、もともとパワーの高い人が、より下がったという結果になっています。一方、ダイナミックストレッチングに関しては、ストレッチング前に比べてストレッチ後に全ての被験者でパワーが高くなったという結果となりました(図17)。それぞれ平均値で検討してみてもダイナミックストレッチングによってのみパワーが向上することが明らかとなりました(図18)。

 ダイナミックストレッチングに関するもう1つの研究を紹介します。ダイナミックストレッチングは実際に利用する太ももの前の筋肉に対してのストレッチング2種類と、脚伸展をシミュレートした2種類の運動を入れており、先ほどの研究と同様に、まず5回ゆっくり、その後素早く大きく10回、それぞれ2秒に1回のリズムで行い、合計30秒間となり、それらを各2セット実施しました。先ほどのスタティックストレッチングに関する研究同様、軽い負荷(5%MVC)、中程度の負荷(30%MVC)、重い負荷(60%MVC)、における等負荷性のパワーに対する効果を検討し、それぞれの負荷において、パワーが向上したという結果を得ました(図19)。そして、%MVC(力)とパワーをそれぞれプロットして近似曲線を引くと、ストレッチングをしなかった場合よりも、ダイナミックストレッチングをした場合で、曲線が外側に描かれました。このことは、全ての負荷でパフォーマンスを向上させることを示唆しています(図20)。

 ダイナミックストレッチングに関するこの他の研究については、先ほどスタティックストレッチングを行うと、20m走のタイムが遅くなるという研究結果を示しましたが、この研究ではダイナミックストレッチングについての検討も行っていました。動かずにその場でダイナミックストレッチングをする場合と、ジョギングを行いながらダイナミックストレッチングを行う場合が条件として設定されましたが、ジョギングを行いながらダイナミックストレッチをした場合で有意に20m走のタイムが速くなったという研究結果が出されています(図21)。

 この他にも、さまざまな瞬発的な能力やパワーが向上するといった研究結果が多く出てきています。しかし、筋力を向上させるといった研究を示したものは本当にわずかで、多くの研究は、筋力は向上させなかったということを示しています。

 以上をまとめますと、ダイナミックストレッチングはパフォーマンスを向上させないという研究結果もありますが、他のストレッチングの研究結果とは異なり、パワーや瞬発的な能力などのパフォーマンスを向上させる結果が出されています。このことから、ダイナミックストレッチングが本当にストレッチングに分類されるのかという問題はありますが、スポーツ現場で与えられた時間の中で、どのストレッチングをパフォーマンスの向上のために選択して利用するかを考えた場合、ダイナミックストレッチングの利用が有効であるという結論に達します。ダイナミックストレッチングについてはそれ自体がパフォーマンスを向上させうるということですから、教科書に書かれている効果があると考えられます。一方、ダイナミックストレッチングが、ストレッチング本来の効果である柔軟性の改善に有効かという疑問も湧いてくると思います。過去の研究では、ダイナミックストレッチングをトレーニングとして行った場合に、柔軟性はそれ程改善しないという研究結果が出されています。また、近年では、もともとケガを有している人たちは、スタティックストレッチングとダイナミックストレッチングを行った場合、スタティックストレッチングでは柔軟性を改善したが、ダイナミックストレッチングでは柔軟性は改善しなかったことも示されています。しかしながら、傷害がなくフレッシュなアスリートを対象としたウォームアップにおけるストレッチングの研究では、ダイナミックストレッチングを行っても、スタティックストレッチングと同程度柔軟性が改善しうるといったような研究結果も出ています。

 したがって、柔軟性を改善させながら、なおかつパフォーマンスを改善しうるということで、ダイナミックストレッチングはウォームアップにおいて有効な方法なのではないでしょうか。    (浅野将志、協力/稲葉優希)

 山口氏による講演は、次回第3回に続きます。