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※ 所属・役職などは掲載時のもの。なお、連載当時とは、現在の状況と一部異なることもありますので、あらかじめご了承おきください。

出典:連載「コンディショニング科学カンファレンス」
トレーニング・ジャーナル2011年7月号(No.381)(ブックハウス・エイチディ)


連載「コンディショニング科学カンファレンス」

コンディショニング科学カンファレンス 1

ストレッチングの有効性(1)

山本利春・国際武道大学教授
山口太一・酪農学園大学講師

前回の笠原氏による講演に引き続き、コンディショニング科学カンファレンス(主催:国際武道大学コンディショニング科学研究室)における質疑応答の模様をお伝えする。 本連載では、第3回コンディショニング科学カンファレンスに関して、ダイジェスト版をお届けしていく。今回は、山本利春氏による開催趣旨についてと、山口氏(酪農学園大学)による講演内容を紹介していく。

開催主旨

山本利春(国際武道大学教授):1979年ごろ初めてストレッチング、アイシングが日本に入ってきました。その後、テーピング、応急処置としてのアイシングなど、選手にトレーナーがサポートをするうえでのスポーツ医学に関わるさまざまな情報が少しずつ日本に入ってきました。しかしながら、その頃は、アイシングは何分くらい行えばよいのか、あるいは、ケガをした選手に対してどのような筋力トレーニングを施せばよいのか、どれくらい回復したらランニングを始めればよいのか、またストレッチングにしてもどのような形で応用していくことがより有効なのか、などの情報が十分ではありませんでした。

 ですから、当時は、十分な裏づけもなく、経験的な方法で選手をケアしたり、トレーニングしてきたように思います。医学部の図書館で調べても関連した文献も書籍もなく、ドクターに聞いても、当時まだスポーツドクターとして活躍をされている先生方はごくわずかで、現場で役立つ情報はなかなか得られませんでした。

 学会などに足を運んでも、医療関係の方々とのディスカッションの中では、体育の現場の、よりスポーツ現場で選手に密着した形で、どうすればより効果的なパフォーマンスが得られるのか、どうすればケガの予防ができるのかということに関しては、なかなか答えが得られませんでした。さまざまな研究会、学会にも参加しましたが、ある会はどうしても研究者の集まりとなってしまい、その基礎的な研究が現場に応用できるのだろうかと疑問を持ってしまったり、あるいは医療現場の方々が中心に集まる研究会では、どうしても医学的な、治療的なところのみに着目しがちで、実際のスポーツ現場的な視点を持てない先生方が多く、十分なディスカッションができなかったりしました。

 そこで、われわれアスレティックトレーナーが選手に近いところでコンディショニングに関わる情報収集したり、ディスカッションするような場がないだろうかということは常に模索をしてきました。たとえば、自分の中ではおそらく有効ではないか、あるいは現在試しているということがあっても、それが経験的な判断が優先で、実際の有効性に関しては不明瞭で、裏づけは十分ではないけれども、でも経験的におそらくは有効であろう、という形で活動されている方々、あるいは実際にさまざまな研究結果が出ていたり、それに類似した実験結果が出ているものの、それが現場にどのように応用可能なのかといったことに対して知りたい方々が多いのではないかと思います。

 これに対して、それらに関した研究をしようと意欲的な研究者の方々も、どうしても実験室的なレベルで研究されていると、どのような点が現場で疑問に思われているのか、あるいはどのようなニーズがあるのか、こういったことをなかなか現場から吸い上げることができない、というような難点があったかと思います。

 この両者を取り持つパイプ的な役となる場が必要なのではないかと思い、このコンディショニング科学カンファレンスは、そういった現場の情報と、アカデミックな情報をつなぐ場として情報交換できるのではないかと思っています。もちろん、アスレティックトレーナーだけでなく、ストレングス&コンディショニングコーチ、体育指導者など、スポーツ現場に関わる方々には、現場の様々な疑問があると思います。その疑問に対して、科学的な裏づけが最も正解、説得力があるとは限らず、データだけで解決するものではないと思います。現場の経験値、これも立派な科学だと思います。それがどれだけ積み重なって、そしてそこから得られる主観的な情報を正しくとらえて、客観的な情報と併せて考えれば、非常に有効な情報になりうると思います。

 そして、トレーニングの失敗例、成功例、一流のトレーニングの過程を示した一報告例、またはケガをした選手を競技復帰させた事例報告など、「事例報告」とか「症例報告」を医学の分野だけではなく体育・スポーツの現場でももっともっと出していく必要があると思います。チーム単位で行った体力測定から一流選手と二流選手とはこのようなところに有意な差がありました、それゆえにこの競技における競技特性はこうです、といった統計的な分析をして結論を導き出さないと研究報告として成り立たないことが多いのが学会なんですが、あるチームの体力測定の一例報告だけでも十分に価値のある情報なのです。それらの報告の積み重ねがあるからこそ、比較検討ができるのです。

 しかしながら、そういった場がなかなかない。そういった現状を解決できる場になれば、非常に現場のニーズの高い研究集になるのではないかと考えました。ですので、このコンディショニング科学カンファレンスは将来的にどのように発展するのかということを考えて発足したわけではありません。現場のニーズから生まれ、必要性があって、そしてそういったディスカッションを持とうというところから発足し、今年で3年目になります。今回のようにカンファレンスとして、学会開催中に同じ場所でサテライトミーティング的に、多少アカデミックな要素を持ちながら、科学的な視野を持った方々と一緒にディスカッションするのは今年初めてです。まさに研究と現場のリンクというアプローチにつながるようなあり方として、スタートラインとなるものです。本当にざっくばらんな、「こんなことを質問したら恥ずかしいんじゃないか」なんて考えずに、素朴な疑問、自分たちが普段疑問に感じていることや、知りたいと思っていることをどんどん投げかけていって、そして今回話題提供をしてくださる先生方と、今日参加してくださった方々が、屈託なく意見交換でき、情報を持ち帰っていただければ、この場は成功だと思っています。

 ですので、ここで結論を出したり、ここで良し悪しを決定したり判断したりするようなつもりはありません。この会の中で、多くの考え方や、見方や情報を持ち帰っていただければというように思います。

 今回は、そのような主旨のもと、身近なテーマでもっとも話題を提供できる、「ストレッチングの効果」について、これをまず題材にしてみようと考えました。今回は話題提供してくださる先生方として、山口太一先生(酪農学園大学)と笠原政志先生(国際武道大学)にお願いしました。

今回のテーマ

山本:山口先生の研究テーマはストレッチングがパフォーマンスに及ぼす影響ということで、はトレーナーの分野の方々からすると、非常に興味深い研究をされています。現在、酪農学園大学食・健康スポーツ科学研究室に所属しており、横浜国立大学の教育学部をご卒業後、北海道大学の大学院教育学研究科にて研究科修士課程および博士後期課程を修了され、博士(教育学)を取得されております。現在でもそれに関連した研究を続けておられるということです。

 今回は運動前のストレッチングに限定して、パフォーマンスへの影響を中心に各種ストレッチングの有効性と課題について、話していただきます。

ストレッチングの種類

山口太一:ストレッチングは、筋や腱を伸張させて、柔軟性、関節可動域などを改善させる手段です。改善させるための伸張方法にはさまざまあり、その違いによって幾つかの種類に分類されます。本日は、バリスティックストレッチング、スタティックストレッチング、語弊があるかもしれませんがPNFストレッチング(あるいは徒手抵抗の手法を用いたストレッチング)、ダイナミックストレッチングという、4つに分類をさせていただきます。

 まず、バリスティックストレッチングについて説明します。たとえば、太ももの裏やお尻、あるいは、背中を伸ばしたいときには、上半身の重さを利用する、すなわち、従来の柔軟体操のように、身体の一部の重みを利用して反動をつけて行うストレッチングです。また、パートナーに押してもらったり、あるいは引いてもらったりして、筋群を伸ばす方法も含まれます。最近のストレッチングの本には、バリスティックストレッチングによって伸張反射が生じると書かれています。伸張反射は、筋肉が急に伸ばされたときに危険を感じて筋が縮まる反射で、それが生じると、実際に伸ばそうとしているのに筋が縮まってしまいます。その結果、柔軟性は向上しにくくなります。また、伸張反射が起きて筋が縮もうとしているところをバリスティックストレッチングによる外力で思い切って伸ばしてしまうとケガを負う危険性があります。したがって、最近のストレッチングの本では、「ストレッチングを利用する場合には反動を用いないでください」といった記述がされているかと思います。

 次に、スタティックストレッチングについて説明します。これは、「反動をつけずに」ということが重要ですが、ゆっくりと限界の可動域まで筋群を伸ばす方法です。最大の可動域、または、少しテンションを感じるくらい、あるいは不快感を感じる一歩手前まで筋を伸ばします。伸ばす時間に関しては、いろいろ意見のあるところだと思いますが、本日は20秒から30秒程度保持をするということにさせていただきます。スタティックストレッチングの利点は、安全で、伸ばしすぎる危険性が少なく、さらに伸張反射がおきにくいということです。また、見よう見真似でできるので、一般的にも容易であることから柔軟性を改善させる方法として、いろいろな場面で利用されています。おそらくストレッチングといえば、このスタティックストレッチングを連想する方が多いかと思います。

 3番目に、PNFストレッチング(徒手抵抗を用いたストレッチング)について説明します。理学療法士の先生方から言わせると、「スポーツPNFストレッチングは本当に効果が得られるのかというような指摘もあるかと思いますが、私たちはこれら2つの方法を用います。基本的には等尺性筋活動後にスタティックストレッチングによって伸ばすというような方法ですが、パートナーによって受動的に伸ばす方法をコントラクト・リラックス(ホールド・リラックス)、自分自身で、伸ばしたい筋肉の反対側(拮抗筋)に力を入れて伸ばすのがコントラクト・リラックス(ホールド・リラックス)、アゴニスト・コントラクトになります。

 PNFに関しては、セルフでもできるとおっしゃる方もいるかと思いますが、基本的には、パートナーが必要であるということと、そのパートナーがPNFに関する理論や手法をしっかりと習得していなければ、正確な効果が得られないということが考えられます。私たちが見よう見真似で行っても柔軟性を改善させることができますが、機能改善が果たして起きているかというと、そうではないと思います。やはりしっかりとした理学療法士の先生や、熟練したトレーナーの先生方が行う手法だと思います。

 最後に、ダイナミックストレッチングについて説明します。これに関しては、「バリスティックストレッチングとどう違うのか」「ダイナミックストレッチングを本当にストレッチングのひとつの方法としていいのか」などの議論があるかと思いますが、私は、バリスティックストレッチングとは線引きをし、ダイナミックストレッチングを1つの方法として扱っています。その理由として、バリスティックストレッチングは先ほども申し上げた通り、身体の一部の重みを利用し、重力を利用して筋を伸ばす方法ですが、一方で、ダイナミックストレッチングは、「重力に反して動かしながら筋を伸ばす方法である」と思っているからです。具体的には、太ももの裏を伸ばすときは、ももの前や、脚の付け根に力を入れて、足を振り上げる動作によって、その結果ももの裏側が伸びることになります。このときには、反動をつけず、動作中に主働筋となる筋群の収縮を意識することで相反性神経抑制により拮抗筋が弛緩することが予想されます。また、ダイナミックストレッチングはスポーツや日常の動きなどをシミュレートした形で行うことができるので、スポーツや日常生活の動きのパターンに合わせた柔軟性、いわゆる動的柔軟性を改善するという利点があると考えられます。

 以上のように、ストレッチングの種類について、バリスティックストレッチング、スタティックストレッチング、PNFストレッチング、ダイナミックストレッチングという4つの方法を基本に、本日はお話をさせていただきます。

本日のテーマ

運動前のストレッチングは、柔軟性の改善に加えて、筋の緊張緩和、血液循環の促進、神経-筋の促通というような効果があるとされ、それらによって、傷害予防やパフォーマンスを向上させる効果が発揮されると考えられます。

 私はアンケート調査を用いて「ウォームアップにおいて、どんなストレッチングを行っていますか」という質問をしました。すると、スタティックストレッチングが多く用いられていることがわかりました。続いて、ダイナミックストレッチング、バリスティックストレッチングの利用が多く、PNFストレッチングは、用いられることが少ないということがわかりました。この結果に関しては、2009年に雑誌、ジャーナルオブストレングス&コンディショニングリサーチにも同様のストレッチングの実施状況に関する報告が出されていますが、その中でも、スタティックストレッチング、ダイナミックストレッチングが一般的な方法であるという結果が出されております。

 以前より、「ウォームアップにおけるパフォーマンスの向上にストレッチングが貢献している」と考えられてきました。そして、ウォームアップにおいては、多くの方々がスタティックストレッチングを用いています。そこで本日は、はじめに「運動前の各種ストレッチングの効果」として、「スタティックストレッチングの効果」について調べた研究結果をご紹介していきたいと思います。 スタティックストレッチングが筋力に及ぼす影響

 パフォーマンスの指標で一番測定しやすいのは筋力です。そこで、まずスタティックストレッチングが筋力に及ぼす効果について調査した研究結果についてお話をしたいと思います。

 こちらは、上半身の筋群を対象とした研究(2003年)です(図1)。上腕二頭筋群のスタティックストレッチング後に、等速性肘関節屈曲筋力を測定すると、スタティックストレッチングを行った場合で、ストレッチングをしない場合よりも、有意に筋力が低くなっています。

 次に、下半身の筋群を対象とした研究(1998年)を紹介します(図2)。先ほどの上半身の研究と同様に、ストレッチングをしなかった場合よりも、スタティックストレッチングをした場合で筋力が低くなる、といった研究結果となっています。この研究では、膝関節の屈筋群(ハムストリングス)と伸筋群、ふくらはぎの3筋群に対してスタティックストレッチングを行い、その後に膝関節の屈曲・伸展の筋力について1RM(最大挙上重量)を指標に測定しています。ウォームアップにおいて、ストレッチングを行うことは常識だと考えられていました。また、以前よりストレッチングがパフォーマンスの向上に貢献するということが、教科書やトレーニングの指導書にも書いてあったのですが、実際のところ、筋力に対するストレッチングの効果は、この1998年の研究まで確かめられていませんでした。

 筋力に関するストレッチングの研究は、1998年から始まり、現在まで多くの研究が行われてきましたが、スタティックストレッチングによって、筋力が低下した結果が多く出されています。一方、低下しなかったという研究もありますが、筋力が向上したことを示した研究は1つもありません(図3〜6)。


スタティックストレッチングがパワーに及ぼす影響

 スタティックストレッチングがパワーに及ぼす影響についても、数は少ないですが研究結果が報告されていますので紹介します。パワーと筋力とは違うもので、筋力に速度をかけた答えがパワーになります。多くのスポーツや運動に関しては、ボールを投げる、バットを振る、ボールを蹴る…といった場合や、走る、跳ぶといった自分の身体を操作する場合など、速度の要因が関わってきます。ですから、パワーは、より専門的な能力に近い基礎体力であると考えられます。

 しかし、パワーを測定するのはなかなか難しいものです。私は等速性のマシンで測定されるパワーは、運動の能力に直接関わるものではないと考えます。なぜなら、ボールを投げる、あるいはバットを振るといったような動作では、用具の重さが一定で、速度が変化するような負荷形態におけるパワー発揮になるからです。したがって、このことを考慮した等負荷性のパワー測定器というのが、より現実的なパワー測定器ではないかと考えています。

 そこで、このことを考慮したパワープロセッサというパワー測定器を使って、MVC(等尺性最大筋力)の5%、30%、60%の負荷におけるパワーを指標に、スタティックストレッチングをした場合と、しなかった場合でパワーへの影響を比較しました。その結果、全ての負荷において、ストレッチングをしなかった場合よりもスタティックストレッチングをした場合でパワーが低くなることが明らかになりました(図7)。また、パワーの値と%MVC(力)の値をプロットして近似曲線を引くと、ストレッチングをしなかった場合の曲線よりも、スタティックストレッチングをした場合の曲線が内側に描かれることになり、様々な負荷においてパワーを低下させる可能性があるといった結果を示唆します(図8)。


 パワーに関しては測定が難しいということもあり、研究の数はそれほど多くありませんが、このような中でもパワーの低下が認められています。