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・山本利春、村永信吾:下肢筋力が簡便に推定可能な立ち上がり能力の評価,Sportsmedicine, NO.41:38−40, 2002

連載 現場に役立つコンディショニングの科学 5

下肢筋力が簡便に推定可能な立ち上がり能力の評価

山本利春, Ph.D, CSCS 村永信吾, RPT

下肢筋力評価の必要性

 筋力の評価は、スポーツ選手の体力測定を始め、傷害後の機能回復の評価、健康づくりのための体力チェックに至るまで、多くの場面で活用されている。筋力トレーニングやリハビリテーションにおいて、より効果的な運動プログラムを処方するためには、的確な筋力評価に基づいた指導が必要である。特に多くの身体活動における主働筋である下肢筋力は、体重の支持、重心の移動、膝関節の固定などに重要な役割を果たすため、機能評価をする必要性が高い。

 近年、健康づくり、あるいは高齢者の介護予防のための運動実践が重要視されているが、特に歩行、階段昇降、立ち上がりなどの日常生活動作に必要な荷重運動に関連の深い大腿四頭筋の維持、強化が奨励されている。従って、専門的な機関だけでなく、地域の健康増進施設や病院、スポーツセンターなど、より多くの現場で下肢筋力評価の必要性は高まっている。いまや体力評価としてだけでなく、メディカルチェック、あるいは生活遂行能力の評価としてなど、多くの場面で筋機能を評価する機会が増えてきたと言える。

体重支持指数と下肢筋力評価

 著者らは、スポーツ活動時の体重支持における大腿四頭筋機能の重要性から、体重当たりの膝関節伸展筋力を体重支持指数(weight bearing index:以下WBI,黄川と山本,1986)として表し、下肢傷害の予防やトレーニング処方をするための客観的な筋力評価の方法として応用してきた。 健常なスポーツ選手の等尺性膝関節伸展力は、体重1kg当たり1kg(体重支持指数平均1.00=脚伸展力/体重)であり、片脚で発揮される大腿四頸筋の筋力がほぼ自分の体重値と同じとなる。この事実が偶然でないことは、著者らの過去12年間の約1万3000脚の測定においても同様な結果であったことが物語っている。体重支持と関連深い大腿四頭筋筋力が、いみじくも体重値に近似するという事実は、従来の客軟性に乏しかった筋力評価に1つの基準をもたらし、特に膝関節傷害の運動療法や予防対策の指標として多くの示唆を与えた。

 リハビリテーションなどの機能回復訓練における筋力強化を実施する場合、筋力に基づいて運動処方を行うにしても、現状の筋力ならばどの程度の運動レベルまで可能かの目安が必要となる。図1は下肢に傷害を有する者の機能回復過程におけるWBIを縦断的に追跡測定し、その結果を測定時点での運動機能との関連で示したものである。運動機能の回復に伴い、WBIは並行して増加していき、体重支持・移動を伴う歩行、ジョギング、ジャンプ等の下肢の基本的な荷重負荷運動が可能であった時点でのWBIは、各運動レベルでほほ一定範囲の値を示した。正常歩行を行うには0.4以上(膝関節伸展力が体重の40%以上)、ジョギング程度の運動では0.6以上、ジャンプやダッシュ、ターンなどの激しい運動を不安なく行うためには0.9以上のWBIを必要としている。

図1 体重支持指数と運動機能の関係(黄川ら,1988)

手軽な測定の必要性

 このように、WBIは個々の下肢運動機能を的確に捉える指標ではあるが、その測定には専用の測定機器が必要となり、大学や研究機関、医療機関などの特定な場所での評価に限られてしまうという問題点があった。WBIによる筋力評価の方法を行ってみたいが、専門の測定機器がないために実施できないという現場からの声も多かった。確かに高価な筋力測定専用機器を購入して行うとすれば、機器を購入するための経済的な問題もあるし、測定機器の操作も煩雑である。加えて、測定専用機器の多くは重くて固定式であり、その使用場所の制約を受けるため、あらゆる現場で広く利用されるには至っていない。また、多くの集団の測定をする際には測定にかかる時間的な問題も生じる。

 今回紹介する立ち上がり動作を用いた下肢の筋機能評価法は、これらの問題に対処するために考案された、現場でより簡便にWBIを推定することのできる方法である。

立ち上がりテストの方法

 台に座った状態から立ち上がることができるか否か(動作の遂行能力:パフォーマンス)を調べるという簡便なテストである。能力のグレード分け(段階評価)は、「台の高さ」と「両脚か片脚か」の条件の組み合わせでランクづけする。すなわち、40cm、30cm、20cm、10cmの高さの各台への腰かけ座位から、両脚立ち上がり(以下BLS:both leg standing)または片脚立ち上がり(SLS:single leg standing)を用いて判定する(図2)。各台に腰かける際、足部をブロック端に接触させ、下腿を床面と70°程度になるように腰かけ座面位置を調整し、両手を胸の前で組んで国定し、体幹はあらかじめ軽度前屈位に保持する(開始肢位)。立ち上がりの際には、可能な限り反動を使わないようにし、立脚側腹が内外側へ偏位しないように指示する。また、SLSでは、非測定脚の膝を伸展させ、床に接触しないように指示する。各高さの台での試行は2回までとし、立ち上がりの終了肢位にて、バランスを崩さず3秒程度保持できた場合を「可能」と判定する。初めに40cm台でのBLSを行わせ、次に左右のSLSを実施し、SLSの動作不可能の場合には、BLSの動作可能な高さまで下げていく。各高さの台の間は約1分間の休息を取るようにする。

図2 立ち上がりテストにおける開始肢位(左)と終了肢位(右)
立ち上がりの際にはできるだけ体幹の反動を用いないよう、腕を組み、あらかじめ体幹を軽度前傾させた位置を開始肢位とする。終了肢位にてバランスを崩さず3秒程度保持できた場合を(可)と判定する。台の高さを徐々に下げていき、立ち上がることが可能であった最も低い台の高さを測定値とした。

立ち上がりテストとWBlとの関係

 上記の立ち上がりテストの結果とWBIとの関係を明らかにするために、同一の対象者に両テストを実施した。対象は筋力低下を主症状としたリハビリ実施中の患者で男性74名、女性68名、計142名(年齢58.9±17.0歳)であり、股関節、膝関節、足関節等に著明な可動域制限なく、痴呆等の精神障害もないものとした。  WBIの算出のための下肢筋力値の測定には、Cybex6000(Lumex社製,USA)を用い、膝関節90°の椅座位姿勢での等尺性最大膝伸展力を求めた。

 図3にこれらの結果を示した。立ち上がりテスト成績とWBIの値は、有意な相関関係(BLS:r=0.67,p<0.01,SLS:r=0.75,p<0.01)を認めた。つまり、台の高さが低くなるにつれて、台からの立ち上がりに必要なWBIの値は高くなり、立ち上がり動作の可能であった台の高さからWBIを推定することができると考えられる。各台の高さにおけるSLS実施可能者のWBIは、BLS実施可能者のWBIのおよそ2倍の値であった。

 今回の結果を基に、各台からの立ち上がり動作が可能であった場合のWBI推定値の目安を作成したのが表1である。すなわち、立ち上がりテストの成績から推測するWBIの目安は、BLS40cm=WBI0.30、BLS30cm=WBI0.35、BLS20cm=WBI0.45、BLS10cm=WBI0.50、SLS40cm=WBI0.60、SLS30cm=WBI0.70、SLS20cm=WBI0.90、SLS10cm=WBI1.00である。これにより、現場で特別な測定機器がなくても簡便に下肢筋力の評価を行うことが可能となる。


図3 立ち上がりテストとWBIの関係(村永,2001)

表1 立ち上がりテスト成績と体重支持指数(WBl)の関係
台の高さ(cm)片脚の立ち上がり(SLS)両脚の立ち上がり(BLS)
400.600.30
300.700.35
200.900.45
101.000.50

立ち上がりテストの利点と課題

 立ち上がりテストによる下肢筋力評価には従来の専門的な測定機器に比べて次のような利点がある。価格:高額な測定機器は必要なく安価。利便性:機器の操作もなく、台を持ち運ぶだけでどこでもできる。測定結果の提示:数値的な表現でなく、台の高さの可否で表現。結果の説明は数字での説明では実感しにくいが、できたかできないかがその時点でわかるので言わずとも納得できる。リスク:従来の最大筋力測定に比べ最大努力に伴う血圧上昇の心配が少ない。しいて言えば、立ち上がり時の転倒に注意が必要。

 また、著者らは膝前十字靭帯損傷患者における下肢筋力評価に立ち上がりテストを用いている。椅座位での膝関節伸展力測定(W別の測定も同様)のようなオープンキネティックチェーンでの評価が不適切な際には、クローズドキネティックチェーンでの評価が可能な立ち上がりテストを用いれば早期に安全な下肢筋力評価が可能となる(図4参照)。

 今回の立ち上がりテストの問題点として、@身長(特に下腿長)の違いによるテスト成績への影響、A台が低くなるにつれて下肢の各関節角度は大きくなるため、筋力発揮が関節角度の条件に左右される可能性がある、B今回のWBI推定を試みた測定対象者が高齢者であること、などが挙げられる。著者らの調査では、@下腿長の違いによる影響は少ないこと、A10cmの台での評価を極力避ける、B現在、幅広い年齢層でのデータ集積中である、といった課題を検討中である。

図4 立ち上がり能力による下肢筋力評価からみたリハブログラムのためのガイドライン


やまもと としはる・国際武道大学体育学部スポーツトレーナー学科
むらなが しんご・亀田クリニックリハビリテーションセンター


[紹介された研究]

村永信吾(2001):立ち上がり動作を用いた下肢筋力評価とその臨床応用.昭和医会誌,61(3):362−367.

[参考文献]

黄川昭雄,山本利春(1986):体重支持力と下肢のスポーツ障害.Jpn.J.SpoltSSci.,5:837−841.
黄川昭雄,山本利春ら(1988):アスレティック・リハビリテーションにおける下肢の機能および筋力評価.臨スポーツ医会誌,5:213−215.
黄川昭雄,山本利春ら(1991):機能的筋力測定.評価法−体重支持指数(WBI)の有効性と評価の実際.日整外スポーツ医会誌,10:463.468.
山本利春(1994):筋力評価とスポーツ復帰−WBIを中心として−.スポーツ外傷.障害とリハビリテーション,福林徹編,文光堂,東京,p108−115.
山本利春(1998):筋力とリハビリテーションメニューの組み方.アスレチックリハビリテーション,福林徹,米田稔編,南江堂,東京,p122−130.
山本利春(2001):測定と評価,15.体重支持力の評価.BookHouseHD,東京,p92.95.

[類似した関連研究報告]

山本利春(2001):測定と評価,18.トレーニングマシーンを用いた脚筋力測定法の提案,19.腹筋力評価法としての上体起こしテストの安当性.BookHouseHD,東京,p92−95,p111−114.