ご注意ください。
内容は、掲載当時(2002年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。なお、高橋健一氏は、IBMラグビー部トレーナー(2006年現在)です。
・山本利春、高橋健一:体脂肪の蓄積がパフォーマンスに与える影響――模擬脂肪装着実験による結果から,Sportsmedicine, NO.37:44−46, 2002
連載 現場に役立つコンディショニングの科学 4体脂肪は、筋肉のように収縮して自ら力を発揮するものではないので、スポーツ活動時の特に体重移動を伴う多くの競技種目にとっては、無用な「重り」ともなり、できるだけ少ないほうがよいと考えられている。したがって、体重の増加には、筋量の増加を伴うものであることが望まれている。ラグビー、アメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツの場合、相手とのコンタクト場面においては、激しく身体をぶつけ合うため身体が大きく体重が重いほうが有利に働くと考えられる。しかし、その重さの増量が、脂肪の過剰蓄積であった場合、身体を素早く移動させる場面(スプリント、ダッシュ、ステップ・ターン、ゲーム中数十分間ダッシュを繰り返すなど)ではその脂肪が余分な負荷となり、パフォーマンスを低下させる可能性が考えられる。多くの競技スポーツにおいて、これらの体重移動を伴うパフォーマンスは必要不可欠であるだけに、体脂肪の蓄積がパフォーマンスにどの程度悪影響を及ぼすかは大変興味深いことであるといえる。
本稿では、素早いフットワークと走パフォーマンスが重要とされるラグビー選手を対象に、模擬脂肪(重量負荷)を身体に装着し、体脂肪を過剰蓄積させた条件下にして、パフォーマンスの変化を実験的に調べ、体脂肪の蓄積がパフォーマンスに与える影響を検討した研究を紹介したい。
被験者の体脂肪を変化させて(一定量を増加あるいは減少させて)その前後のパフォーマンスを比較することは困難であるし、体脂肪量を変化させる過程でなんらかの運動機能(筋力や持久力などの特に体力面)の変化が生じてしまう可能性もある。そこで、被験者自身の体脂肪ではなく、体脂肪分の重りを身体に装着して、無負荷状態と模擬脂肪装着状態でのパフォーマンスを比較し、模擬脂肪がパフォーマンスに与える影響を調べてみた。
被験者は体育大学ラグビー部員8名(フォワード選手4名、バックス選手4名)で、各被験者の体脂肪率に合わせて、3種類の負荷重量を設定した。重量負荷の設定は、体脂肪の増加パターンを便宜的に+3%、+6%、+9%の3つのレベルに設定した(表1)。重りは重量を調節できるチョッキを使用して、各想定時の重量分の重りをチョッキに装着し、この状態を模擬脂肪とした(図1)。
被験者 | 身長(cm) | 体重(kg) | 体脂肪率(%) | 体脂肪量(kg) | 3%想定負荷重量(kg) | 6%想定負荷重量(kg) | 9%想定負荷重量(kg) |
A | 168.3 | 58.3 | 8.7 | 5.0 | 1.8 | 3.5 | 5.2 |
B | 171.9 | 54.6 | 8.4 | 4.6 | 1.8 | 3.2 | 4.9 |
C | 166.9 | 57.5 | 9.5 | 5.5 | 1.8 | 3.5 | 5.2 |
D | 177.7 | 73.2 | 13.2 | 9.7 | 2.1 | 4.2 | 6.6 |
E | 163.8 | 66.8 | 12.0 | 8.0 | 2.1 | 4.2 | 5.9 |
F | 176.8 | 76.2 | 18.3 | 13.9 | 2.1 | 5.2 | 7.2 |
G | 174.2 | 107.0 | 25.1 | 27.0 | 3.2 | 6.6 | 9.4 |
H | 175.5 | 90.2 | 20.2 | 18.2 | 3.2 | 5.9 | 7.8 |
図1 重りの装着で重量を調節できるチョッキを使用した
体脂肪率は、ピンチキャリパー(栄研式皮脂厚計)を用いて上腕背部、肩甲骨下部、腹部の3カ所の皮下脂肪厚を測定し、これらの合計と、身長、体重から求めた体表面積を長嶺の式に代入して身体密度を求め、それをbrozekの式に代入して算出した。また、重量負荷の増加によるパフォーマンスへの影響に関与すると思われる脚筋力についても考慮し、あらかじめ各被験者の体重支持指数(WBI:体重当たり膝関節伸展筋力;体重を支える下肢筋力の評価として有効)の測定も行った。
パフォーマンスの測定は、主に体重移動を伴う走運動のパフォーマンスとして、折り返し走(5mを4往復した際の所要時間)、シャトルラン(10mを2往復した際の所要時間)、反復横跳(1m間隔の3本の平行線を横に跳んでまたぐ動作を20秒間に反復できた回数)、30m走(30mを走る所要時間)、マルチステージフィットネステスト(以下マルチテスト;20m間のシャトルランによる持久力測定法。テープの信号に合わせてシャトルランを繰り返す。信号は約1分毎に間隔が短くなり、そのスピードについていけなくなった時点で終了。走ったシャトルランの本数を計測)を行った。これらの測定を各条件下で全ての被験者に対して行った。
図2 無負荷条件と各体脂肪増加パターン想定条件における各種パフォーマンステスト結果の比較
各体脂肪増加パターン想定時の実験結果を図2に示した。最も顕著な影響を受けていた測定項目は反復横跳で、無負荷時と比べて、+3%、+6%、+9%の各想定条件時すべてにおいて、有意にパフォーマンスが劣っていた。次いで折り返し走、シャトルランにおいても軽負荷時と比べ+6%および+9%想定条件時において有意にパフォーマンスが劣っていた。また、30m走、マルチテストでは軽負荷時と比べ+9%想定条件時においてのみ有意に劣っていた。
これらの結果から、模擬脂肪の影響で体重移動を伴うパフォーマンスは、運動様式による差はあるものの低下することが明らかとなった。よって、体脂肪の過剰蓄積はパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性があるといえよう。今回の結果で興味深いのは、重量負荷装着による影響をより大きく受けたのは、反復横跳、折り返し走、シャトルラン、マルチテスト、30m走の順であり、急激なストップ・ターンの要素(強度・頻度)が大きいほど、その影響を強く受けていたことである。つまり、ストップ・ターンのような運動の切り返しや減速動作の際には、重力加速度も増幅され、特に体重支持の役割をする脚筋力にエキセントリック(伸張性)な収縮を余儀なくされることから、これらの負荷を受けやすい運動様式においてより多くの影響を及ぼしたと推測できる。
被験者の体重あたりの脚筋力(体重支持力と表現する)と体脂肪増加の3つの想定条件時のパフォーマンスの低下率との相関関係を検討してみると、反復横跳(図3)と折り返し走において有意な相関関係がみられた(p<0.01、p<0.05)。つまり、脚筋力(体重支持力)が高い者ほどパフォーマンスの低下率が低く、逆に、脚筋力(体重支持力)の低い者は低下率が大きくなっていた。身体の移動速度が早いほど減速時、着地時の負荷は大きく、伸張性収縮での筋活動も高くなる。反復横跳の動作は、横へのステップ動作と急激な切り返し動作がスピーディーに反復されるため、ストップ動作のない単純なランニング動作やスピードが比較的遅く頻度も少ない他の測定項目の動作に比べてより強い負荷が脚にかかるため、脚筋力(体重支持力)の低い者にとっては負荷が増大して、顕著なパフォーマンスの低下として現れたものと考えられる。
これらのことから考えると、体脂肪増量(体重増加)によるパフォーマンスの低下は、特に急激なストップ.ターンの要素が大きくなる運動において、脚筋力(体重支持力)の低い者ほどよりマイナスな影響を受ける可能性があるといえる。逆に脚筋力(体重支持力)の高い者は、ある程度の体脂肪の増加があっても、パフォーマンスの低下を少なく抑えられる可能性があると考えられる。
図3 模擬脂肪装着によるパフォーマンス低下と体重支持力との関係
本稿では、体脂肪の蓄積を想定した模擬脂肪(重量負荷)が体重移動を伴うパフォーマンスを低下させることを示し、体脂肪の蓄積がある特定の動作のパフォーマンスに悪影響を及ぼすということを裏付けるための実験的データを示した。このことから、激しいコンタクトプレーがあり身体の重さが有利に働く競技種目においても、同時にスピーディーな体重移動やストップ・ターンの能力も必要とされる場合、体脂肪による身体の重さの獲得は不利であるといえる。また、脚筋力(体重支持力)が高ければパフォーマンス低下を少なく抑えられる可能性も示唆されたので、体重を増やすのであれば脂肪を少なくして筋量を増加させるような努力がよりよいコンディション作りには賢明であるといえるだろう。
高橋健一、山本利春、成沢三雄(2001):体脂肪の蓄積を想定した重量負荷がラグビー選手のパフォーマンスに与える影響.第56回目本体力医学会(仙台)にてポスター発表.
山本利春(1996):傷害予防の観点からみた柔道選手の階級別脚筋力と身体組成の評価.臨床スポーツ医学13(4):262−266.
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