ご注意ください。
※ 所属・役職などは掲載時のもの。なお、連載当時(2004年)とは、現在の状況と一部異なることもありますので、あらかじめご了承おきください。

出典:山本利春 トレーナーを目指す人へ 連載「ボディケア&コンディショニング」
陸上競技マガジン 2004年4月号  54(4):172-173,2004.

トレーナーを目指す人へ

連載 「ボディケア&コンディショニング」最終回

よくある質問

 私は体育大学のトレーナー学科で教員をしている関係で、トレーナー志望の高校生や、先生方、父母の方々からよく相談を受けます。

 典型的な質問は、「将来トレーナーになりたいのですが、どんな大学(あるいは専門学校)に行けばいいのでしょうか?」というものですが、この質問に対する回答は、それほど単純ではありません。それは、質問者側がトレーナーという職業の現状について、ほんの一部しか理解していないケースが多く、誤解もよくあるからです。

 しかし、これは仕方のないことです。トレーナーは比較的新しい職業で、まだ社会的な認知度が低いので、医師や弁護士、あるいは学校の先生のように職業名を聞けば誰もがどんな仕事かイメージできる、という性格のものではないのですから。

 細かく解説していくだけのスペースはありませんので、ここでは、重要な項目にポイントを絞って、トレーナー志望者へのガイダンスをしていきましょう。

トレーナーの仕事とは

 そもそもトレーナーって、どんな仕事なのでしょう? ごく単純化していえば次のようになります。
「スポーツ選手が、100%の力で、かつ安全に競技に集中できるように手助けする仕事」

 ここで重要なのは、「手助けする」という表現。この連載で強調してきたように、アスリートのコンディショニングとは、基本的にアスリート本人が行うべきものです。トレーナーに任せきりで、自己管理ができないアスリートは強くなれません。選手たちが自己管理能力を高められるように手助けする、さらには「教育」するのが、トレーナーの大きな仕事なのです。

 加えて、選手がケガをした場合には応急処置をして病院へ連れて行き、意思と連絡を取りながら、リハビリテーションから競技復帰までを手助けします。そして復帰後は、再発予防のためのトレーニングや日常のケアなどについて、いろいろな指導をします。

 世の中には他にもトレーナーと呼ばれる仕事がありますので、このように競技現場で活躍するトレーナーのことを一般的に、「アスレティックトレーナー」と呼んで区別しています。

 アスレティックトレーナーは狭き門


 トレーナーになりたいという人の大半は、このアスレティックトレーナーをイメージしていると思います。けれどもまず理解しておいていただきたいのは、この仕事は「なりたい」と願う人の数に比べ、実際に「なれる」人の数が極端に少ない超難関の職業であるということです。

 トレーナー志望者の中には、「トレーナー養成課程のある大学や専門学校に行けば、誰でもトレーナーになれる」と考えている人もいるようですが、現実はそんなに甘くありません。

 専門職のトレーナーを必要としているのは、スポーツ界でもプロや実業団といったごく限られたチームのみ。しかも、各チームが毎年新人を採用するほどの需要はありません。いくら実力があっても、また、資格(例:日本体育協会のアスレティックトレーナー資格)を持っていたとしても、それを生かせない人が大勢います。トレーナーという職業は、とてつもなく狭き門と言えるでしょう。
トレーナーを専業として生計を立てていくことは、とても難しいのです。

 「どうしても」という場合は下積み覚悟で


 こうした現実をわかった上で、「それでも私は、トレーナーになりたい」という人は、下積み覚悟でひたすらチャンスを待つという姿勢が必要です。進路としては、体育系の大学や専門学校に進むというのがオーソドックスな路線でしょう。その場合は、トレーナー経験を持った専任の先生がいる学校を選び、トレーナーとしての実習体験を積むことが大切です。その後、資格を取るなどして現場でのアシスタント経験をさらに積む中で、仕事を得るチャンスを待つことになります。

 トレーナーの仕事はほかの職場でもできる


 上記の選択は、「どうしてもアスリート専門のトレーナーになりたい!」という人向け。そこまで強い希望がなく、選択肢を少し広げてもいいという考えの人には、次のような道もあります。

 もしあなたがケガを治すという治療方面に興味があるならば、先月号の本連載で紹介した柔道整復師や、はり師・きゅう師などの資格を取り、治療院を開業してケガに悩むスポーツ選手や、いろいろな人たちの力になる。そのかたわら、ボランティア的に高校チームや地域のスポーツクラブでトレーナー活動を行う。実際にこのようなスタイルで活動している先輩たちはたくさんいます。

 また、トップアスリート対象ではないけれど、学校体育の中でトレーナーの仕事をするという選択もあります。中学や高校の先生になって部活動の顧問として生徒を指導する立場になれば、コーチとして、トレーナーとして、日々、スポーツ現場で選手たちと触れ合うことができるわけです。トレーナーが持つ、教育という重要な役割を果たすのにも、これほどいいポジションはありません。

 ほかにもあるトレーナー的な仕事


 このほかにも、世の中にはトレーナー的な要素を持った仕事がたくさんあります。
たとえばスポーツ界の比較的新しい職種として、ストレングスコーチやフィジカルコーチ(コンディショニングコーチと呼ばれることもある)というものがあります。これは、主にアスリートの体力面の向上を担当する指導者を指し、プロチームなど、競技スポーツの最前線で活躍しています。もしあなたがウエイトトレーニングなど「鍛える」分野への関心が高ければ、トレーニングの知識と実技を徹底的に学んで、こうした指導者になるという選択肢もあります。

 フィットネスクラブなどの健康づくりの施設でインストラクターとして働くのも、トレーナー的な要素が多分にある仕事です。施設にやってくるお客さんはスポーツ選手もいれば一般の人もいますが、それぞれ、体力をつけたいとか、減量したいとか、病気のリハビリのためとか、具体的な目標を持っています。そうした目標を達成すべく、専門知識をもとに手助けしてあげる仕事は、とてもやりがいがあります。

 また、アスリートから一般の人まで、さまざまな人を対象に、個人契約してマンツーマンでトレーニングや食生活の指導するパーソナルトレーナーという職種もあります。これも最近注目されている仕事です。

 本当にやりたいことは何か?


 あなたがやりたいことは、いったいなんなのでしょうか? 本当にアスリート専門のトレーナーでなければいけないのでしょうか? それをよく考えてみましょう。人に尽くすこと、ケガや病気で困っている人の手助けをしたいという気持ちが根底にあるなら、それをかなえられる仕事はほかにもたくさんあります。

 今回紹介したいろいろな職業も含め、幅広い選択肢の中から、自分の将来をイメージしてみてください。そして、夢に向かって精一杯努力してください。


 トレーナーに関して私が過去に書いた雑誌記事や、マスコミ取材に応えた内容を、「トレーナーに関する資料集」としてインターネット上で公開しています。よろしければこちらも参考にしてください。
http://trainer1985.kir.jp