ご注意ください。
内容は、掲載当時(2006年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。

・WATS UP、国際武道大学取材レポート「大学におけるトレーナーズ・ルーム」,WATS-UP, 第4号:4-11,2006.

国際武道大学取材レポート

「大学におけるトレーナーズ・ルーム」

 学生アスリートをサポートする大学の「トレーナーズ・ルーム」。その運営理念や運営方針はとても興味深いものがある。そこで今回の特集では各大学の「トレーナーズ・ルーム」を紹介する。
 国際武道大学体育学部スポーツトレーナー学科教授の山本利春先生に同大学の医科学サポートシステムについてお話をうかがった。

山本利春(やまもと としはる)
国際武道大学体育学部スポーツトレーナー学科教授
日本体育協会公認アスレティックトレーナーマスター、NSCA-CSCS、医学博士
研究分野:コンディショニング科学、アスレティックトレーニング

国際武道大学医科学サポートの歴史

聞き手――まず、国際武道大学におけるトレーナーシステムの確立、スポーツ医科学サポートシステム設立の経緯をお聞かせ下さい。

山本先生――大学が開設された1984年の段階では、現在リコンディショニングルームがある建物や健康管理室もなく、一般的な医務室がありそこに学内の看護師さんがいて、いわゆる学校保健法で定められた定期健康診断、応急処置を行うといったものでした。開学当時からいらっしゃる黄川昭雄先生が体育大学でのスポーツ選手の健康管理はスポーツ医学的な観点から行っていかなければならないという考えから、スポーツ傷害の相談とかスポーツドクターの紹介、場合によってはテーピングをしたりアイシングをしたりという普通の健康管理室ではできないことをしていました。
 黄川先生は、健康管理室でスポーツ傷害の相談をボランティアでやっておられました。学内でしかも無料で診てもらえるということで、まだ一期生しかいないにもかかわらず凄い数の学生が来ていたようです。でも黄川先生は週に2回しかいらっしゃらないので、その2回に学生が集中してしまうんです。必然的に黄川先生がいらっしゃらない時に応急手当とかテーピングの指導などを行える、マンパワーが必要になってくる。そこで、黄川先生は大学を説得して私をこの大学に招いてくれました。黄川先生は順天堂大学医学部卒で、私は順天堂大学で学生トレーナーをやっていた。当時は学生トレーナーとして活動している人がわずかしかいなくて私は草分け的な存在でした。黄川先生は、いざ体育大学に来てみると、ドクターだけで選手の医学的なサポートを全てできないし、全部やると身がもたない。そこで現場の実働部隊が必要だと感じて、誰かいないかと考えた時にトレーナーだということになった。たまたま思い当たったのが私だったということです。
 大学院を出た年にこの大学に来て、肩書きは助手として入り、授業のお手伝いもするけれど、ほとんど私の役割は学内の医科学サポートということで、全てのクラブに帯同しました。当時は学生トレーナーがいるわけもないので、主要なサッカー、陸上、野球などの試合を見に行って、自分のトレーナーバックとクーラーボックスを持って行き、テーピングを巻いたりしていた。でも、とても身体がもたなくてどうすればいいかを考えた時に、有志を募って同じようなことをできる人間を早く作らないといけないと感じました。そこで学生に一緒にやらないかと声をかけたのがトレーナーチームの始まりでした。当時の学生はトレーナーをやるために入ってきたわけでもなければ、トレーナーを初めて知るという者達で、私がやっていることを見よう見まねでやっているという感じでした。
 黄川先生が健康管理室の室長兼ドクターという形で関わっていらっしゃったので、健康管理室には色々な怪我を抱えた学生が飛び込んでくる。私は、その健康管理室に四六時中いて怪我の対応をしたり、ドクターに週2回状況報告するということをしていました。また、朝から夜中まで学校にいて学生を指導したり、学生とご飯を一緒に食べたりしてトレーナーとしてのスピリッツを植え込んでいました。結局そうやって教え込んだ学生の中にマリノス(Jリーグ)のヘッドトレーナーをやっている日暮くんがいたし、シーガルス(アメフト]リーグ)ヘッドトレーナーの吉永くんがいた。そして段々とシステムを構築していった。
 当時は部費でテープをドカッと買って、腫れていようが、巻き方を知らなかろうが部員達がトレーナーボックスのテープをでたらめに巻いているような状況が、特に武大では多かったんです。これではテープの無駄使いだし管理する人もいない。巻くべきかの判断もできない。それではまずいので私は次のような制度を提案しました。毎年4月にテーピング講習会を開いて、それに参加し、レクチャーを受け、認定をもらい、健康管理室に登録した団体には健康管理室からテープを支給するという制度です。そのかわり、各クラブの学友会のテープ代、医薬品代といったいわゆる怪我に使うグッズに関する費用はいっさい予算からカットしてもらった。つまり、テープをクラブ単位で買うのではなく、全て各クラブのトレーナーから要求されるテープは、健康管理室から無料で支給するということになった。だからテープも一括管理になってまとめて安く買うことができるようになった。また、各クラブは参加させないとテーピングを無料で使えないので、クラブ内で必然的に誰かテープ担当者を選出して、講習会へ参加させないといけないということになる。各クラブにトレーナーを根付かせる方法の1つとしても、テープの乱雑な使用防止としてもこの制度が上手くいったんです。
 この独自のテーピング制度を敷いたら、講習会に全てのクラブが集まってくれた。だから、これをクラブトレーナー登録講習会にしました。「各クラブからトレーナーを派遣して下さい。トレーナーという存在を武大では作りましょう。 そうすればテープはトレーナーを通じて無料で利用できます。でも1年生ではなく責任ある立場の人を送ってください。」と呼びかけたんです。こうして集まれば、後は学生にトレーナースピリッツを宗教みたいに洗脳するだけ(笑)。「俺たちで武大の医科学サポートをやろうじゃないか!君たちはたまたまクラブから派遣されただけかもしれないけど、それじゃ許されない。君たちにはテーピングを正しく利用し、健康管理室を有効に活用して、怪我をした部員をサポートする役割がある。テープの運び屋じゃないんだよ! もし居眠りしていて大切なことを聞き漏らしたら、所属するクラブに迷惑がかかるんだぞ!」ってね。そしたらみんな「そう言われてみるとそうだな」ってなるんです。こうしてこれがその後の武大のトレーナーシステムになったんです。健康管理室登録トレーナーとして名簿に記載されている人は申請手続きをすればテーピングテープを無料でもらうことができます。合宿前にはこれだけ使う予定だというのを申請してまとめてもらうこともでき、余った分は返却してもらいます。また普段の練習の時もなるべくトレーナールームで巻くように指導しています。どうしても練習が夜だった場合は貸し出しという形で1週間分渡します。テーピングシステムを学内の健康管理システムに上手く組み込めた事は成果だと考えています。健康管理室という学内の公的機関があり、そこを拠点として各クラブのトレーナー制度を敷くというのは1つのアイデアとして良かったんだなと思います。あっという間に全てのクラブにトレーナーができたので、各クラブの先生がトレーナーの必要性を議論する余地もなかった。「部費からテープ代の予算はカットします。でも学生トレーナーを窓口にして必要分は全て支給します。そっちの方がいいですよね?」と説明したら、全てのクラブが何の疑問もなく賛成してくれました。

聞き手――早稲田大学において、各クラブとクリニックの連携が上手くいっているとは言えないし、まだトレーナーがいないクラブもあるのでとても参考になりますね。

山本先生――ただ、これが他の学校でうまくいくかはわからない。新設校だからできたという部分もありますね。当時はプロのトレーナーを雇っているクラブは0だった。 学内に私しかいなかった。私が色々なクラブをまわって、サポートしていたので、当然指導者の方々にはクラブ内にトレーナーがいれば良いなと思い始めた時期だったと思う。
 テーピングの効用も浸透してなかった頃だったから、そういった意味では専門家から提案すれば受け入れやすかった。もちろん指導者の方々に理解していただくための努力はしました。当時のクラブの先生方はみな若手の先生で、偉い人がいたりOBが顧問をやっていたりする形ではなかったから、私は1番年下ではあったけれども、1つ2つ上の若手のコーチ陣が多かったので飲みに行く機会も多かった。「飲みニュケーション」と言われるように、お酒飲みながらコミュニケーションをとって、怪我した選手がいたら頼むよって。何かあったら健康管理室に気軽に来られる形を作るために色々な先生のところにいった。もちろんお酒飲むだけじゃなくて授業を手伝いにいったりとか、誠意をつくして信頼関係を作っていった。だからテーピングシステムにしても、あいつ何をやり始めるんだと思われたかもしれないけど、山本が言うなら協力してやろうという風潮が少なからずあったと思います。そんなことから全てのクラブにトレーナーがはりつくというのは比較的早い時期にできました。
 1987年にこの研究所ができたのですが、その中でもここのリコンディショニングルームは、リハビリ用プール、レントゲン室、物理療法スペース、トレーニングスペース、サイベックスマシーンなど、当時では画期的な設備が全て揃っていた。当時はここが学内の健康管理センター的役割として、一般的な健康管理の業務を超えてスポーツ医科学的健康管理という観点でやっていたんです。単なる健康管理じゃなくてスポーツ医科学的健康管理。それはアメリカでいうとアスレティック・トレーニングで、スポーツ医科学サポートシステム的健康管理といえる。どの大学にも健康管理室や医務室は存在すると思いますが、それをどう発展させていくかというところに関しては、やはりマンパワーが必要。具体的にはスポーツドクターと比較的エネルギッシュに動けるATが教員か専任としていて、そこに学生トレーナーがはりついて献身的に動いてくれれば武大と同じようなシステムはできるだろうと思います。

学内スポーツ医科学サポート体制の運営理念

聞き手――次にトレーナールームの運営理念をお聞かせください。

山本先生――理念といえるほど立派なものはないので、これから作っていかなければならないと思うんですけど、当時の健康管理室は大学から頼まれてそうしたのではなくて、私と黄川先生で現場のニーズに合わせて発展してきたというのがあって、当初は大学側もまさかこんなことをやるとは思ってなかったみたいですし、本来ならしっかりとした理念を持ってスタートし、大学側も予算的サポートもしていかなければならないのですが…予算の捻出では、健康管理室の予算を活用し、自分たちの研究費も投入して、マンパワーもほとんど学生トレーナーのエネルギーを使った形でやってきた。 そう考えると本当の意味で理念を持ってこのフロアや健康管理システムをどうやって運営していくのかという事はしっかり考えなくてはいけません。現時点で強いていうならば、「現場重視のトレーナーチームの仕事=学内の医科学サポート」ということなので、やはり一番の理念は、「学生トレーナーによる学内医科学サポート」というものです。我々は、あまり手出ししないで学生達が円滑にアスレティック・リハビリテーションを進められるよう軌道修正するディレクター的存在です。あくまで主役は学生です。だから武大は一人も学外のトレーナーはいません。学生トレーナーによる学内医科学サポートシステムの構築、それをどうこれから前進させていくかというところですね。

聞き手――では選手を診ているのは全て学生ということですか?

山本先生――そうです。もちろん我々のようにライセンスを持った者が関与するけれど私が担当という選手はいなくて、学生トレーナーが持っている担当者がいて、そのメニュー設定に関して我々がアシストする。
 現在行っている学内の学生に対する応急処置、テーピング、健康診断・相談以外にメディカルチェック、アスレティック・リハビリテーション、各クラブの体力測定、コンディショニングセミナーなどの学内のスポーツ医科学サポート活動や、選手の競技力向上のためのトレーニングの部分は健康管理室の範ちゅうを超えているので、新たに一昨年から「トレーニング室」という部署が学内に正式に設置され、その室長に私がついています。そこに所属する形でアスレティックトレーナーが専任職員として採用され、リコンディショニングルームでの活動や学生トレーナーの指導を中心に働いています。ですので、学生トレーナーチームは健康管理室の傘下にもあるけれどトレーニング室の傘下にもあって、両方の管理下で各クラブのトレーナー活動もやっていくという形です。

聞き手――各クラブのトレーナーの集まりがトレーナーチームということですか?

山本先生――学生トレーナーチームという大きな組織があって、この中にはクラブに所属しているトレーナーもいる。トレーナーチームは大学公認の文化部的な位置づけになっているんです。だから運動部と両方を兼部できる。各クラブに所属するほとんどの学生トレーナーが兼部しています。トレーナーチームだけに所属する人もいて、リコンディショニングルーム(以下RCR)でのトレーナー活動を中心に行っています。
 この学生はRCR専属トレーナーと呼ばれています。トレーナーチームではどこかに必ずトレーナー活動の軸足を持つことがルールなんです。RCRに軸足を持つことも可能です。RCRはいわゆるアスレティック・トレーニングをする所です。

学生の教育

聞き手――学生の教育に関してお聞かせ下さい。選手の立場で考えると学生よりも先生にみてもらいたいと思うのですが。

山本先生――本学の場合、学内医科学サポートスタッフの一員として学生トレーナーのマンパワーをいかに有効に使うかというところがキーになってきます。アメリカだと一通りの教育を修了しないと選手を触らせないということもあるけれど、それを待っていたら2、3年間なにもできないで終わってしまう。これだとモチベーションが下がってしまう。せっかく選手のサポートをしたいという気持ちを持って入ってくるのだから少しでもその意欲をいかすということを考えればいい。
 本学の場合は1年生には登録講習会をうけてもらい、1年生からある程度現場に出られるレベルまで、講習会ではテーピングのみならず、現場にでるために必要な応急処置ができるようにすることが重要なので、授業前の朝の時間を使って心肺蘇生法や頭頚部外傷の扱い方、熱中症や創傷の処置、RICE処置といった最低限これだけは知っていないと現場で役にたたないだろうということについての講習を行っています。

聞き手――全てやるにはかなり時間がかかりますね。

山本先生――そうですね。部活によって時間が合わなかったりするので同じ講習の内容を3セットくらいする。全部の項目を終了して登録トレーナーになれる。だから1年生はとにかくアイシングだけでもできるようになる。足関節のテーピングだけでもいい。この講習は2年おきに受けることになっています。また、授業で救急処置法を教えていきます。授業で間に合わない部分は課外活動として、トレーナーチームの勉強会などで補足します。

聞き手――かなり充実した教育システムですね。

山本先生――コンセプトは現場重視なので、いかに学生トレーナーを一日も早く学内のスポーツ医科学サポートの実働部隊にしていくかです。どんな立派なシステムがあって、先生がいて、部屋があって、理念を掲げてても、現実に現場で使えるように育てないと、始まらない。そう考えると、1年生でもアイシングや足関節テーピングだけでもやらせよう、と講習会を行う。
 学年によって授業の進行状況が違うので、授業で教わっていないことは特別に講習会を用いて教える。例えば、体力測定ならサイベックスの使い方や機能評価の仕方は定期的な勉強会でやる。メディカルチェックを4月に行うとしたら3カ月前から定期勉強会をやって最後には全員がマスターしているようにしてから取り組む。イベントごとに必要な知識と技術を準備していくと、知らず知らずの内に実働部隊として使えるようになってくる。

聞き手――勉強会がたくさんあるようですが、そのことで学生がやらされているという状態にはならないのですか?

山本先生――最近、色々な大学でトレーナー養成のためのコースやカリキュラムを導入しようという動きがあり、教員として専任のトレーナーを呼んだりしてトレーナー教育が進んできている。しかし、トレーナーの教育はそう簡単にできるものじゃない。カリキュラムと有資格者のトレーナーがいればできるとは限らない。それは何故かというと、そこにはスピリッツが絡んでこないとうまくいかない。勉強会をやるだけなら、それ自体はできるんです。でも終わってみた時どれだけその学生達がいかに俺たちがやるんだと意気を感じたり、あるいはそれを現場に伝えていくにはスピリッツがないと学生達の主体性は生まれない。だから私自身は本学で学生トレーナーを育てようと考えた当初は、一期生にトレーナースピリッツを洗脳したり、各クラブの学生トレーナーが集まったチャンスでどれだけ学生たちを感動させ、そして人に尽くすということの大切さや、トレーナーってどんなに素晴らしいかっていうのをいかに学生達の心に深く残すかというのが勝負だと思って、毎日気合入れてやってきました。そして自分の時間を犠牲にしてでも誠意を持って勉強会の準備をしたり学生のフォローをしたりだとかを繰り返していくと自然に以心伝心になっていくんですよ。だからやらされているんじゃなくて逆に積極的になる。 そういった学生達は後輩にそれを伝えようとする。その流れができると何もしなくても上級生達が後輩達にスピリッツを伝えてくれる。ほとんど意欲的に活動に参加する者達ばかりで、自分たちの力で学内の怪我を0にしようとか、みんなそういう気持ちだけは持っている。だから、テーピング講習会で選手に使うことを目的とせずカルチャー的にただ巻き方が知りたいという人はお断りしますと厳しく言っても、勉強会や講習会の出席率は高いんです。人に尽くす気がないやつは帰ってくれくらいのことは言います。「なんだこいつ」と思われるぎりぎりのところまで追い詰めて洗脳するくらいやってきました。学生トレーナーに求めるものは、トレーナースピリッツがある意味メインで、それさえあれば自分から進んで勉強すると考えています。20年くらい前からやってきてスピリッツを伝えることが最も大切だという思いは、今でも全く変わりありませんね。

今後の展望

聞き手――では最後に今後の展望をお聞かせ下さい。

山本先生――そうですね、今来年の4月に大学に新しくトレーニングルームや多目的の実習の出来る部屋を備えた建物を建てていますから、来年あるいは再来年にもう一度聞いてもらえるとかなり変わってそうですが、現時点では医科学サポートシステムとしてバランスのいいものを作っていきたいと思っています。栄養、心理、身体をバランス良く、そして同じ身体面のサポートでも評価を充実させる。体力測定にしてもバイオメカニクスの石毛先生に今、体力測定部門を構築してもらっています。例えば、怪我をした選手の画像を分析して、アライメントに問題がないかをみたり、動作解析をしてフォーム修正したり、足底板やテーピングをしたらそれらがどう変わるのかを見るようなシステムを作りたいです。新しい建物にマシンルーム、フリーウェイトルームができますからそちらにストレングス系の専任を1人入れて、トレーニングに関してはそこを活用して発展させていく。また、現在アスレティックリハビリテーションを中心に放課後、傷害を有する多くの学生と学生トレーナーが利用しているリコンディショニングルームももう1部屋スペースを拡充して、機能アップする。そうするとバランス的には医科学センター的な意味あいで競技力と傷害予防のサポートをバランス良くできるようになり、学内の医科学サポートシステムはさらに進んでくると思います。
(編集:和光努)