ご注意ください。
内容は、掲載当時(2003年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。

・山本利春:教育機関におけるMedical Check,WATS Up,第2号:8‐10,2003.

教育機関におけるMedical Check

1.メディカルチェックの意義

メディカルチェックを行うきっかけ

 国際武道大学では、約10年ほど前から、健康診断と整形外科的メディカルチェック(以下MC)の2本立てで新入生の身体機能の評価を行っています。開学3年目(1991年)までは全国で行われている文部省のスポーツテストを採用していました。ところがスポーツテストは身体の発育発達の度合いや一般的体力レベルを把握できる点では意味があるものの、スポーツ選手が競技生活をより上のレベルで行う上で身体が十分な機能を果たせるかどうかを評価できるかというと難しいのでは、というところから独自のスクリーニングテストを導入しました。また、本学における傷害発生率をみると4〜5月に新入生の怪我の発生率が多くなっています。

 このことから新入生を怪我予備軍と捉え、4月のできるだけ早い段階でふるいにかけ(スクリーニング)、より問題になるものを見つけ出して怪我をする(あるいは悪化する)前にリコンディショニングできないかと思ったのがMCを行おうと思った発端です。メディカルチェックという名称も、本来のねらいからいえば「スポーツ傷害予防のための運動機能評価」の方がわかりやすいと思います。

メディカルチェックの果たす役割 

 これはMC導入後分かったことなのですが、新入生は受験勉強によって極度の運動不足に陥っています。競技生活からの開放感か、受験の反動か入学前後になると現役の頃に比べ運動量は激減して体力レベルの低下を引き起こし、体脂肪が増加していたり、筋力が落ちています。本来ならフィジカルトレーニングを加えた、いわゆるアメリカのようなコンディショニングプログラムが必要なのですが、部としては新入生を即戦力として使いたいので、つい一緒に練習をしたり、コーチや先輩を意識してオーバーワークになりがちで、なかなかコンディションを自己管理することができません。

 そこでMCは、問題のある新入生をそのまま練習に参加させたり、怪我を発生させないようにという関所的役割を担っています。本学には毎年約500人もの新入生が入ってきますが、体脂肪、筋力、柔軟性など様々な項目に一つも問題がないという人はいません。つまり全ての新入生を対象としたスクリーニングと、そのフィードバックとしてのアドバイスが必要なのです。

 またメディカルチェックを行うことで
1.傷害予防に対する選手の啓蒙
2.学生トレーナーの教育
3.コーチへのデータ配布(他の部との比較など)
4.大学側の安全管理体制のアピール(父兄に対する)
など一石が二鳥にも三鳥にもなると考えています。

2.準備とフィードバック

トレーナーキャンプ

 現在、トレーナーチームや各部所属のトレーナー、私のゼミの学生を含めると100人以上の学生がMCに関わっており、準備は前年の冬から始めます。2月頃にMC合宿を行い、自分が担当する項目だけではなく全ての項目を理解し、新入生に説明できるように徹底的に勉強します。自分の担当しかできないのでは単なる測定屋であって、あくまでも私たちはトレーナーなのだから、全ての測定項目がスポーツ傷害との関わりでどんな意味を持つのか理解しておく必要があります。

 この合宿、またMCは知識を身に付け、さらにトレーナー魂を養成する意味でも大きな意義をもっています。カウンセリング後の追跡調査を行うまでがMCだと捉えていますから、全てが終わるのは5〜6月になります。MCはまさにトレーナーチームの一大プロジェクトなのです。

フィードバック

 MCはフィードバックをして怪我の予防につなげることが目的ですから、フィードバックをできるだけ速やかに返すことを心がけています。実施当初は問題が見つかった者に対し、日を改めて再度詳しい機能検査を行っていたのですが、新入生が重要性を感じていなかったり、部を休みづらいなどの理由から、来ない選手もたくさんいました。現在はMCについて入学前のオリエンテーションで重要性を訴えたり、予約票を作って渡すなど工夫し、それにつれて怪我を治そう、予防しようという理解を示してくれるコーチも増えており、着実に浸透しています。

 測定の当日最後には必ず、コンディショニングで済みそうなのか、精密検査が必要なのかといったことを測定結果をもとに検討します。具体的にはスクリーニングテストにより学生トレーナーが問題点を洗い出し、その結果をもとに我々や大学院生、トレーナーの仕事についている卒業生などが個々の身体的問題点などを理解させるためのカウンセリングを実施者全員に行い、自覚症状のある者はその後の処置を決定するという二重、三重の段階を設けています。

 病院での検査(X-PやMRなど)が必要となった場合には、提携しているスポーツドクターのいる近くの病院に協力して頂いて、あらかじめ診察時間を空けていただいており、そこにどんどん予約をいれていきます。受診時には担当学生トレーナーを帯同させ、持参するカルテにはMCのデータとともに、既に問題点が記録されており、スムーズな検査や診察が可能となっています。

3.MCをとおした教育

学生(競技者)の教育

 このスクリーニングテストは新入生に自分の身体を知ってもらおうという取り組みです。私はどんなに素晴らしいアスレティックリハビリテーションや治療も一人一人が自分の身体を管理する力には勝てないと思っています。ましてや大人数なら、コーチやトレーナーの気配りにも限界があり尚更のことです。そのためにも測定を実施する前に学内で行っている全体のオリエンテーションの時期を利用してMCを何故行っているのか、傷害予防のための自己管理能力の必要性について説明しています。何の為にMCを行っているのか、やはり生徒にはこの重要性を認識してもらうのが重要だと思っています。

 またMCのデータは健康管理室に4年間ずっと保管され、傷害相談などの際には参考にされます。入学時にこのような取り組みを行うことで、上級生になっていくにつれて自己管理能力が養われていくものと考えています。

学生トレーナーの教育

 MCは選手だけではなく測定を行う側の学生トレーナーの教育にも大きな効果を生んでいます。人の身体の仕組みがわかっていないと測定はできませんから、機能解剖などの勉強が必要になってきますし、傷害発生の原因やメカニズムを知っていないとフィードバックできません。全ての項目をこなせるよう勉強しますから、MC後に選手と接した時、気づいたら、いつのまにか人の身体機能を評価できる力がついている自分に気づくということも少なくありません。

 ですから、測定からフィードバックまで行うことはトレーナーの教養そのものを養うことだと考えていますし、MCをシステムに組み込むことでトレーナー教育に大きな効果をもたらすのではないかと考えています。

4.これからの展望

傷害予防から競技力向上へ

 今後の課題は、MCで得られたデータを使いこなしてくれるストレングス&コンディショニング(以下S&C)コーチを育てるということです。トレーナーというと病院やリコンディショニングルームとの関係が深いというイメージを持たれがちですが、もしトレーニングメニューの相談ができるS&Cコーチがいれば、競技力向上のためのアプローチがスムーズになります。今後は傷害予防に関してもトレーニング内容から変えていく必要があると思っています。しかしそこまでするにはコーチとの関係を密にしなくてはならない。今はそういう人材が不足しています。

 来年にはスポーツトレーナー学科の学生が3年になるので、今後はそういった指導ができる学生リーダーを育てていきたいと思っています。

 本学では開学20周年に向けてトレーニングセンターが建設される予定ですが、そこに専属のS&Cコーチがいれば望ましいと思います。その方がリーダーシップをとって学生を指導してくれたらもっとMCが活きてくるし、春先のリコンディショニングプログラムを全クラブが実行できるようになったら凄いことだと。欲をいえば一人でも多くの学生トレーナーが通常のトレーニングプログラムにも関与できるようになって、そのメニューの改変や運動処方にこのMCの結果を反映させることができるくらいになるとより良くなるかなと思います。

他の教育機関への普及

 今後はこのシステムを他大学、そして高校・中学にも広めていきたいと思っています。東海大学はMCを導入して4年目になります。当初は本学のトレーナーチームが遠征してアドバイス等を行っていましたが、今年からは東海大学の学生のみで行うようになりました。

 また高校に関しては神奈川県の公立高校のスポーツ科の1年生に対して総合学習の一環として同様のMCを行いました。2年生になったら本学に招いて再測定を行い、自分の身体がどう変化したのかを知ってもらったり、学内の施設見学やコンディショニングセミナーを企画しました。3年生になったら自分たちでMCを企画し、下級生の測定を行おうという3年計画で教育しようという話になっています。そういった自己管理ができる子供達が増えてきて大学に進学すれば、MCの持つ教育的意義は非常に大きいと思います。

アスレティックトレーナーの果たす役割とは

 これまでMCをやってきて、傷害予防に対するアプローチとしてのMCが大きな意義を持つということがはっきりしてきたといえます。

 トレーナーの職務としては予防が大事ということはよく言われますが、現実としては怪我のケアや物理療法などに割く時間のほうが多くなってしまって、予防にはあまり時間をかけない、やりづらいという面があります。ストレッチングやアイシング、テーピングはできていても、もっと根本的な身体作りの点から傷害予防にアプローチするのは、本来トレーナーが一番やるべき仕事であるはずなのに、いまだ十分になされているとはいえません。アスレティックトレーナーが持ち味を発揮できるのは怪我の予防であり、鍼灸師や理学療法士、医師など他の職種も一番やりづらいのが予防ですから、だったら大学で体育に携わる我々がやらないでどうするんだよ、と思うわけです。そういう意味でも傷害予防が大事だよ、と選手だけでなくトレーナーにも徹底して教え込める、そのきっかけ作りとしてMCは非常に良い材料だと思います。

 もしみなさんが自分達の部で行おうと思えば、こんな大規模じゃなくても、選手の教育という考え方、一人一人にフィードバックして身体のことを理解してもらおうというコンセプトがしっかりしていれば小規模であろうとMCの導入で大きく変わってくるでしょう。器具がなければ簡便法で十分です。項目にしても一番わかりやすくて変化しやすいもの(筋力・柔軟性・体脂肪)で十分だと思います。大規模で大掛かりなことをやっているからといって「ああ、すごいなぁ」と思うだけで終わってほしくないですね。皆さんにもできるということを是非伝えられたらと思います。