ご注意ください。
内容は、掲載当時(2009年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。

・山本利春:なぜ測定と評価をするのか(特集/測定と評価)、月刊トレーニング・ジャーナル 2010年1月号 12-15ページ

特集/測定と評価
なぜ測定と評価をするのか
   山本利春



なぜ測るのか

 本来体力測定を行う理由は、選手やチームから身体資源の客観的な情報を得て、その情報を元にどう改善すればよいか、どのように強化するかを探るうえでの情報収集するためであり、その情報をさまざまな目的に活用していくことです。それがバイオメカニクス的な分析かもしれませんし、筋力測定かもしれません。なぜ測るかというときに、ケガの予防であったり、パフォーマンス向上、リハビリテーション、あるいはタレント発掘なのかもしれませんが、その目的を達するためにどのように戦略を組んでいけばよいかを考え、より効率のよい方法を見つけ出すための情報収集手段、これがおそらく測るということなのだと思います。

客観性と主観性

 測定と評価においては、客観性と主観性という点に強い関心が寄せられます。これについては、とても参考になる文献があります。

 鹿屋体育大学を中心として「スポーツパフォーマンス研究会」が発足し、ウエブ上で研究論文を公開しています。そこに中村好男先生(早稲田大学)が「経験や勘は科学ではないのだろうか」という特別寄稿を書いています。「経験や勘に頼るコーチングは、現在のスポーツ科学が未だ取り入れていない科学的アプローチの実践なのではないかと思えてくる。ある優秀なコーチが教えた選手は必ず上達するというような再現性があるのならば、それも確かに科学であろう。現在のスポーツ科学者がそのような高度な科学を理解できないとしたら、それは私が高度な数学を理解できないことと同じようなことなのではないだろうか。少なくとも、『コーチの勘や経験を非科学的だと排斥するのは、科学者の取るべき態度ではない』と、私は思うのである」とご自身の執筆したエッセイを引き、「『コーチング』が『科学』として発展する道のりは、ただ単に既存科学の方法論に従順に倣うことだけではないと私は信じている。『経験や勘』が『科学』へと昇華するために、本誌の果たす役割は大きいものと期待している」と結んでいます。

 主観的な評価であっても、まとめようによっては科学的であるというふうにとらえました。これには私も深く同感します。現場のコーチや監督が、選手の動きを見ることを考えてみると、客観的な数字で測定するよりもときに正しいことがあるのです。計測機器を用いて数値を取ることそのものが必ずしも「測定と評価」とは限りません。

 広義と狭義というところ、あるいは見方が違うという表現になるかもしれませんが、測定と評価は「客観的なデータを取ること」だけを意味するのではないのです。アンケート調査であっても評価になり得ると思いますし、監督やコーチがどのように感じているかを収集して整理して傾向をつかむことで客観的なデータになり得るのです。

 一方で、主観が大事だということばかりに注目するのも偏ってしまいます。あくまで主観をおざなりにしてはいけないということなのです。かつて間欠的ペダリングテストについて研究的な取り組みをしていたときに、「現場の見る目とどれくらい一致しているか」ということを検証したことがありました。サッカーの指導者に対して、「動きがスピーディーな選手を選んで下さい」あるいは「後半でバテない選手を選んで下さい」と依頼して、それが自転車による間欠的ペダリングテストの数値とどのように一致するかという、現場のコーチの目と数値を照らし合わせることで、より説得力のある測定になっていくと考えたのです。客観的なデータに、主観的な現場の見方を取り込んでいく素地を持たなくてはならないのです。

 それぞれの測定項目が何を意味するものか、身体のどの要素の着目したデータを取っているのか、そこにどのような限界があるのかについても、しっかり把握しておかなくてはなりません。そこをわからずして、数字に頼ってしまうと、本当に見なくてはいけないものを見失ってしまうことになりかねません。そういう意味では、われわれ現場のアスレティックトレーナーやトレーニングコーチは、客観的データが何に左右されるか、またどのような意味を持つかについて、しっかりと理解する必要があります。そのうえで、経験者や普段から見比べていなければ見抜けない、数字で表せないことを併せて見ていかないと真理は追究できないのです。これは、測定で得られたデータをフィードバックする際に必要になる姿勢となります。

客観的に示す

 現場では、常にある方法や手段の効果を確認したかったり、より有効な方法を選択するための根拠を求めたりする場面がたくさんあります。そのためにはどのようなことを明らかにしなければいけないか、という課題が常に浮かんできます。それらを明らかにする手法として、客観的な指標を示すという必要がありました。これが、私の測定と評価の根本にあります。現場での視点や発想というのは、これを比べてみたいとか、確かめてみたいというものであり、「統計処理して研究データを得るために測定する」という方向ではなく、「現場が知りたがっていることを評価する」ということが基本になっています。測定と評価は自分たちがやっていること(コンディショニング手法や選手への教育指導)を、裏づけをもってやるためのヒントになるのです。そのために必要な測定方法について、そこから模索して入っていったのです。

 しかし、スポーツ選手の測定と評価に携わる研究者や学生たちの中には、「この測定機器で何が測れるか」「いかに客観的な指標を得ることができるか」という方法論から入っているかのように感じることが多くあります。そうではなくて、「テーピングの効果について知りたいけど、どうすればいい?」というときに、関節可動域の制限はどうなのか、固定力はどう測ればいいか、といった発想を原点にしてその評価方法を吟味したり、「そもそもテーピングの緩みだけに着目するのではなく、巻いてもパフォーマンスが落ちないかどうかが現場では求められているのではないか」と考えて「パフォーマンステストで評価してみようか?」と考えることもできます。このような発想で測定方法自体を吟味したり、探すことが必要です。

 チームの監督は何を求めているでしょうか。最近では体幹の重要性が認識されています。「体幹のトレーニングを、うちのチームでも始めて1年経ったけれど、本当に効果があるのだろうか?」という疑問が提示され、トレーニングコーチも知りたいと思っているとします。では、体幹のトレーニングの効果をどのようにして測定し、評価すればよいかというと、「体幹筋力を測るためにBiodexやCybexなどの測定機器で見ようか、いや、測定の姿勢は実際のスポーツでの動きとは違うし、そもそも測定機器がない」と思ったら、スタビライゼーションのポーズが何秒間維持できるかという方法で見たり、ディジョックボードでバランス能力を見る、さらには体幹筋力そのものではなくボールの飛距離やスイング速度、勝敗の推移をみるということも効果判定の戦略の1つとして提案は可能になります。

測定の中身(内容の意味)を知っておく

 測定項目の選択肢が多くあるということは、逆にその測定項目が何をみているのかわからなくなることも考えられます。とりあえず測定する、というのではなく、その測定項目が何を評価して何によって左右されるかについて限界をみておかなくてはなりません。

 身体組成を例に考えるならば、水中体重法とインピーダンス法の違いを知っておくということです。インピーダンス法は微弱な電流を身体に流すことで得られたデータによって評価されます。筋温や体内の水分量に左右されるので、練習前後では電流の流れやすさも変わってきますので、測定条件を考慮しないと出てきた数値の違いは誤差の範囲内ということにもなりかねません。簡便法を利用することはよいことですが、各測定方法のメカニズムを知っておく必要がありますし、厳密な測定方法との互換性や相関性についてはきちんと勉強しておくことです。何でも現場発想でよいわけではなく、両面を知っておかなくてはいけません。

測定・評価の活用できる分野はさまざま

 最近、陸上競技選手のスポーツ傷害の実態について改めて調査することになりました。オールウェザーのトラックが普及してきたり、さまざまな種目での競技性の変化があり、ケガの傾向を調べる必要が出てきました。他の競技種目についても言えることですが、各競技でみられるケガの傾向や原因、受傷後の処置などの実態を調査することも、各種目にはどのようなケガが多いか、原因としてどのようなことが考えられるか、救急処置の対応計画、予防対策などについて検討してアドバイスするための資料を得る意味で有用です。何が問題になっているかを把握するための、コンディショニング実態調査という発想になります。これまでにもその客観的資料を得るための大掛かりな実態調査を多くの競技種目で行ってきました。現在、警察官や消防士、ライフセーバーなどの激しい身体運動が求められる分野においても調査を進めています。

評価に必要な基本能力

 日本体育協会のテキスト第5巻「検査・測定と評価」において、片寄正樹先生(札幌医科大学)が『アスレティックトレーナーに必要な評価』という項で、評価に必要な基本能力として4つの項目を挙げています。「測定評価の企画・実践能力」「測定評価の実技能力」「測定評価データの解釈・活用能力」「プレゼンテーションスキルおよびコミュニケーション能力」の4つです。1つずつみていきましょう。

 まず、企画・実践能力は、正確な状況を把握するために「どのような情報が必要でどのような測定評価が必要であるのかを判断し、測定と評価に続くケアやプログラムなどを検討するうえで正確な情報を得ることができるような一連の測定評価を企画・実践」する能力です。たとえば栄養調査をして、どのような食事をしているかを調べるのも、ある意味では測定と評価なのかもしれません。何のための測定か、どういうニーズがあるのか、何を明らかにしなければならないかというのが企画・実践能力です。いわば立案のための能力です。

 次に、測定評価の実技能力です。実際に目的に応じた手法や技法を習得し、「正確で再現性のある結果を導くことができる技能」が求められます。また、知識を整理し、各測定の目的と意義を説明できるようにしておかなくてはなりません。具体的に情報を得るためのアイデア、手法をやりこなす能力です。場合によっては調査票をつくることかもしれないし、測定機器を使ってデータを得ることかもしれない。あるいはフィールドテストやパフォーマンステストなどで、トレーニングの挙上重量でみるかもしれないし、グラウンドに線を引いてスピードや反復回数を見ることかもしれない。そのデータを得るための能力です。

 測定したデータは、どのように活用するかが大切です。データをどう解釈し、どのようにフィードバックしていくかを考えなければなりません。文献を読み込んでデータを吟味する必要も出てくるでしょう。相対値に整理しなおしたり、一流選手との比較をする、5段階評価に直すこともあります。それが測定データの解釈・活用能力です。

 最後に、その結果を対象者に合わせて伝える能力が必要です。測定そのものに対する理解を得るときにも、結果のフィードバックにもプレゼンテーションスキルやコミュニケーション能力が求められます。紙にどう表現するか、あるいはプレゼンテーション用のスライドにすることもあるでしょう。どのように伝えるかです。データそのものを数値で渡しても実質的なフィードバックにならないのです。

1 .測定評価の企画・実践能力
2 .測定評価の実技能力
3 .測定評価データの解釈・活用能力
4 .プレゼンテーションスキルおよびコミュニケーション能力

図1 アスレティックトレーナーに必要な評価(文献2 より)

測定と評価を誰が担当するか

 測定と評価は、アスレティックトレーナーやトレーニング指導者の存在価値を再確認する意味を持つこともあります。チームスタッフの実績について、勝敗だけでは判断できないことはよく知っているはずです。目的がケガの予防やパフォーマンス向上であるならば、それが何かしら形になったうえで、たとえ勝利に結びつかないにしても強くなるための素地が十分に得られていて、何かきっかけがあれば成果が出るはずという手ごたえがほしいのです。

 アスレティックトレーナーにしても、トレーニングメニューを考えたストレングスコーチにしても、このままその方針を続けていってよいのかどうか目安がほしいのです。身体資源の情報を測るわけですから、アスレティックトレーナーやストレングス&コンディショニングコーチのような身体の専門家が適任なのではないかと思います。

 もちろん、研究者でもかまいませんが、できれば現場に精通した研究者であってほしい。そうでないと本質を見失ったり的確なフィードバックができなかったりすることが考えられます。コンディショニングの専門家が測定するのが理想ではないかと思います。現場に精通していて、身体のことを知っていて、測定と評価ができる、そういう役割が必要です。

 なお、アスレティックトレーナーたちは、専門機器を用いた測定項目や方法に関しては測定の専門家と相談するとよいと思います。測定を委ねるというより、一緒に行うことです。お互いの専門性を活かして協力し、分業化することで段取りよく測定することも可能になりますし、それが選手への負担軽減にもなります。

違う視点でものごとを見るために

 まとめると、測定と評価にあたっては目的が大切です。測定の能力を持っていることとともにそれをどう活かすかも大事になります。高価な測定機器を使えるだけでなく、それがなくてもできることを知っておくことが大切です。それは創意工夫の可能なところです。

 すなわち、「測定を使いこなすこと」が重要です。

 その持ち味があれば、トレーナーとしての能力にプラスアルファとして加わることになります。それが科学に精通したトレーナーではないかと思います。このような測定と評価を使いこなす意味が理解でき、ノウハウを持っているトレーナーが、科学的な視点を持ったトレーナーだと思います。「この指導者が言っていることはこういうことだろうな」と理解したうえで、それを客観的指標にするために測ったり、かみ砕いて伝えたり、別の測定方法と組み合わせたりできることが科学といえるのではないでしょうか。大学院に行って研究することが科学することではないのです。科学的な視点を持てることは、一歩違う視点でものごとを見ることができ、目の前の業務に忙殺されることになりがちなスタッフにとって、常に新たな視点で現場の現象を分析しながら業務を続けていくためにも有用です。また、年齢を重ねるにつれてコーディネーター的な役割やアドバイザー的な役割でチームに貢献することが多くなってきますので、この能力は不可欠な要素になります。

 今から8年前(2001年)に書籍にまとめましたが、その前書きでこのように書きました。

「スポーツ選手のコンディショニングに測定と評価をどのように用いるかは、現実的ではあるが、意外に取り上げられていないと感じます。以前は、たとえばスポーツ選手の体力測定について一般的なスポーツテストが行われていましたし、競技力向上のためのトレーニング処方や能力判定を目的とするならば、各スポーツ種目の競技特性を踏まえた体力測定の項目を選択する必要があります。また各スポーツ傷害の予防を目的とするならば発生要因との関連で評価できる内容を検討することが大切になります。このように、しっかりとした科学的根拠を持った方法をスポーツの現場に普及させることが重要です。そのためには科学的観点からコンディショニングを追求し、より実践的で現場に役立つ研究の成果をスポーツ現場にフィードバックしていくことが急務と思われます」。これは現在においても原点として通じるものがあるのではないかと思っています。

[参考文献]

1)中村好男、「経験や勘は科学ではないのだろうか」スポーツパフォーマンス研究(1)146-150、2009(http://sports-performance.jp/paper/920/920.pdf)

2)片寄正樹、アスレティックトレーナー専門科目テキスト、第5巻「検査・測定と評価」2-3ページ