ご注意ください。
内容は、掲載当時(2008年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。

・山本利春:緊急時の対応を事前に計画する(特集/トレーニングルーム、トレーナーズルームの運営)、 月刊トレーニング・ジャーナル 第340号 2008年2月号 16-17ページ

特集/トレーニングルーム、トレーナーズルームの運営
緊急時の対応を事前に計画する
   山本利春



緊急時のフローチャート

 救急救命処置に関しては、どこで倒れてもAEDを3 分以内に取りにいけるような場所12箇所に設置しています(写真1)。AEDを設置しただけでは意味がないので、それが使えるように、学生は1年生のうちに全員がCPR技術をマスターできるようなカリキュラムにしています。毎年約200人がCPRの資格を取得しています。また、そのうちのトレーナーチームの学生やライフセーバーたちはその後も定期的に繰り返し練習しています。

 また学生だけに留まらず、学内の教員、職員も講習を受けていただいています。したがって、国際武道大学では、学内で誰かが倒れたときにバイスタンダーとして誰もが救命処置ができる状況になっています。日本一救命率の高い安全な大学を目指しています。
AED
写真1 AEDは12箇所に設置されている

 ガイドライン2000から2005へ移行するための「伝達講習会」も学内で何度か行っているほか、定期的にCPRセミナーを行っています。さらに各教室、食堂などに緊急時の対応についてのフローチャートをパネルにして掲示しています(写真2 )。また、学生証として使っている「キャンパスノート」は差し替えリーフ式になっているのですが、ここにはRICE処置、医療機関リスト、緊急時のフローチャートのページがあり、学生全員が持っています。緊急時の事故対応マニュアルもあり、これは各部活動の先生方とトレーナーに渡されています。事故対応には、救急車のほか使用可能であれば大学の公用車を使って病院に搬送できるようにしています。

緊急時フローチャート
写真2 緊急時の対応を定めたフローチャート

 大会時のフローチャートを作成する際に落としてはならないのは、ドクターがいらっしゃるかどうかにもよりますが、緊急で急ぐべきか、そうでないのかを誰が判断するのか、明確にしておく必要があります。また、フローチャートをつくったら、役員や審判、あるいは大会運営の方々とすりあわせておく必要があります。

部活動単位でも講習が必要

 各クラブのトレーナーと、リコンディショニングルームのトレーナーは、春先に行われる講習会を修了した各クラブの「健康管理室登録トレーナー」は健康管理室のテーピングを無償で使うことができます。この講習会では、利用方法、物品の貸し出し手続き、足関節テーピングなどについて学んでもらいますが、ここにCPR、頭頸部外傷、創傷および内科系疾患の処置などについての講習も義務づけています。

 大学1 、2 年生では、大学の授業も教養科目が中心で、トレーナー関係の授業をまだ十分に受講していません。米国の大学では一定のカリキュラムを終えないと学生はトレーナー活動に参加できないと思います。しかし日本では現実には、一年生でも現場に出てしまっています。せっかく選手のために尽くしたいと思ってくれているし、現場では救命処置だけでも施してくれる者がいると助かります。RICE処置だけでもできるならば、その範囲内で活動できればよいと思っています。

シミュレーションを重ねる

 学生たちは、大学外の活動として「トレーナーステーション活動」を積極的にやっています。日本陸連のスリーステーション制をアレンジしたもので、マッサージやストレッチングよりも応急救護と予防教育を中心とした形で、中学、高校の陸上、柔道、ライフセービング競技などの大会救護サポートを行います。いざ事故が起こったときにどうするかについて十分対応しなくてはなりませんので、大会前のシミュレーションで、負傷者役、審判役、トレーナー役をつくって、事故を想定した判断、搬送を行い、その様子をスーパーバイザーが批評します。念入りに練習しておかないと本番で慌ててしまいます。

 事前に念入りな準備をしているので、当日に実際に事故が起こらなくても、想定される事故に関しては救護ができるようになり、現場を想定した経験を積むことになります。

 たとえば、将来その学生が中学の教員になって運動会を担当するとしたら、運動会ではどのようなケガが多く、救急車が入るルートはここにくる、ということが計画できる人材が育つはずです。規模としては大小さまざまな大会があると思いますが、そこで運営に関わるとしたらどのような準備をすればいいか、あるいはどのようにリーダーシップを取ればよいかについて理解できるはずです。

どのように導入するか

 トレーナーチームにはコーチングスタッフという組織があるので、そこでディスカッションして、その後学生トレーナーのリーダー格によるスタッフミーティングでも話し合います。そこで了承を経て、学生内の全体ミーティングで公表し、意見も得ながら全員に浸透させていくというスタイルです。

 救急関係に関しては、危機管理の問題があるので、何かあったときに責任が問われます。したがって教育機関において救急救命体制を導入するにあたってはわれわれのような立場の人間が話を進めていかないとうまくいかないと思います。チーム単位であれば、トレーナーが監督さん、部長さんに依頼するのが筋道となります。一番必要なのは、救急救命であり、救護です。チームによっては、トレーナーはテーピングしてマッサージするものと思われているかもしれませんが、それは絶対に外せません。そこをメインにプレゼンテーションする必要があります。

スポーツに関わる全ての人に必須

 スポーツ現場における救急体制については、今まであまり重視されてこなかった気がします。最近新しくなった日体協ATのテキストでは、スポーツ現場における緊急時の対応計画について詳しく記載されました。一般的な救急法では、「いつ何が起こるかわからないので、できるだけのことに対応する、近くにあるものを利用して悪化しないよう最低限のことをするための心得」といったものです。スポーツ現場における救急法は、これと異なり、「予測可能であり、それに対して緊急対応計画を立てられる」という違いがあります。予測しうるケガを最悪のものから全てリストアップし、それに対応した必要な物品や人の配置、搬送経路の確認などをしていきます。

 実はこの部門に関しては、トレーナーの立場だけではうまくいきません。大会役員をされる体育関係者の方が鍵を握っていて、たとえば駐車場の一番便利な1マス分は、救急車のために空けておくといったことを考えておかなくてはなりません。「ケガが出たら考えよう」では駄目なのです。

 アスレティックトレーナーの大きな役割は、第一に緊急時の救命処置だと思っています。もちろん、テーピングやストレッチング、アスレティックリハビリテーションも大切ですが、資格取得のためのCPR&AED習得になってしまって、その更新がおろそかになってしまっている現状も残念ながらあります。これはトレーナーだけでなく、スポーツに関わるスタッフすべてが行えるようにしなくてはなりません。

 2010年には千葉県で国体が行われるのですが、そこで大会運営における救急体制づくりを確立するために、トレーナー養成講習会を行い、修了者に実技研修、さらに県民大会で現場実習を行い、本番につなげる試みをしています。今後の国体運営のモデルケースとして残していけるようにスタッフ一同、努力しています。

 救急搬送を経験した学生トレーナーが「準備していたから慌てなかった」と後ほど語っていたのが印象に残っています。