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内容は、掲載当時(2006年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
・鹿倉二郎、山本利春、特集/アスレティックトレーナー「アスレティックトレーナーの社会的・経済的・制度的問題について」,月刊トレーニング・ジャーナル, 318:12-18,2006.(ブックハウス・エイチディ、2006年4月号)
鹿倉二郎・(株)アシックスアドバイザー、日本体育協会公認アスレティックトレーナーマスター、NATABOC公認アスレティックトレーナー(ATC)
山本利春・国際武道大学体育学部スポーツトレーナー学科教授、日本体育協会公認アスレティックトレーナーマスター
平成6年(1994年)に日体協公認アスレティックトレーナー制度ができて、それまでの混乱に一応の終止符が打たれた。制度ができて以降もさまざま変化が起こっているが、今回の対談を通して、どんな問題があるのかを整理し、今後の課題について語り合っていただいた。
――アスレティックトレーナーに関しては社会的、経済的、制度的問題があると思っています。まず社会的な問題としては、アスレティックトレーナーの認知については、20年前に比べてはるかに改善されたと思います。スポーツ界では知らない人はいないし、一般でも広がっています。
山本:本学のスポーツトレーナー学科で受験生の面接をするのですが、アスレティックトレーナーについて尋ねると「Jリーグやプロ野球のトレーナーになりたい」あるいは「選手になりたいが実力がない、ケガをしてしまったのでスポーツに関わる仕事がしたい」という返答が多いものの、具体的な仕事について聞いても「テーピングを巻く人、治療をする人」といった答しか返ってこなかったというのが5年前の状況です。しかし最近では「選手の心身の両面で医科学的なサポートをする役割」あるいは「障害予防が重要な役割」と答える受験生がいて、その変化に驚きます。そういう意味では、アスレティックトレーナーとしての役割はだいぶ認知されてきたと思います。
鹿倉:一般ではそれほど浸透していないと思います。専門学校生の中にも、アスレティックトレーナー=コンディショニングコーチだと思っている人はいますし、Jリーグのフィジカルコーチ的なイメージしかないこともあります。テレビでもそういった役割に対して「トレーナー」と呼んでいるという状況です。
――「トレーナー」と言うとき、アスレティックトレーナー以外のストレングスコーチ、コンディショニングコーチ、フィジカルコーチ、またボクシングのトレーナーなども含まれます。そのこと自体は間違っていないと思いますが、スポーツ界でも定義が定まっていない。
山本:「トレーナー」という意味では、コンディショニングコーチがトレーナーであってもいいのですが、アスレティックトレーナーという本来の定義からすると、少しずれているかもしれません。
鹿倉:現実的にはアスレティックトレーナーでありながらコンディショニングコーチの仕事をやっている人もいます。
山本:一方で「接骨院の先生に膝を治してもらって感激したので」という動機もあります。その先生はどんな仕事をしているか聞くと、リハビリテーションやトレーニングの指導はしていない。そういう人をアスレティックトレーナーだと思っていたという状況が5年前には多かった。
――まだ、そういう要素は残っている面もあります。日体協公認ATとNATA公認アスレティックトレーナーの違いはどこにありますか?
鹿倉:微妙に違いますが、根本的には変わりません。アメリカではAllied healthと呼ばれていて、実際には州によって違いますが、医療資格を認める団体が認定していますから、準医療職と訳されている通りです。治療の部分では違いが一番大きいかもしれませんが、それ以外の部分は同じようなことをやっています。
――チームヘの帯同の場合は、ドクターが一緒だから低周波などの治療用異の使用は問題になりにくい。
鹿倉:クリニックで働いているATCが保険請求ができるということで、理学療法士とバッティングしてしまう。活動の場が大学内施設であればよいのですが、とくにスポーツ関係のリハビリテーションクリニックでは問題となっているようです。
――保険請求できないことになったのですか?
鹿倉:その辺はまだはっきりしていないところです。そういう意味では職場があるかどうかを除いて、アメリカのクリニックで働く場合にPTとATCにそれほど大きな違いはありません。
山本:日本の場合、競技スポーツ現場でのアスレティックトレーナーとしての受け皿がかなり小さいので、就職先として、アスレティックトレーナーに理解のあるスポーツドクターが開業された際に、その病院に採用されるという形態が多くなってきました。アメリカでクリニックに勤めるアスレティックトレーナーが増えているとはいえ、職域のパーセンテージからすると、やはり日本のほうが医療系に就職せざるをえないという現状があると思います。
鹿倉:アメリカでもATC全体の30%を超える比率でクリニックに勤め、そこから高校に行くということがあります。大きな大学では5〜10人ATC、あるいはカリキュラム担当と診療所に勤めている人はPT、ATCを含めて15人いるところもあります。それで全米で何百大学という規模です。ただし高校はまだ入る余地がある。名称としては他の「トレーナー」と非常に混同されます。ボンズにステロイドを渡した人を「トレーナー」と生放送で呼んだテレビ局に抗議したり、キャンペーンで「『トレーナー』ではありません。アスレティックトレーナーと呼んで下さい」というバッジをつけさせたりということがあったのです。その一方で、5年くらい前からHealthcare Professional for Physically Activeということで、「身体的に活発な人に対するヘルスケア、健康管理を行う職業」という表現で、対象はアスリートのみではなくなってきました。ヘルスケア、工場など企業内健康管理にも入っています。
――対象とする層が広がっている。
鹿倉:ただ病人は違います。「身体的に活発な」方が対象です。
――国際武道大学ではスポーツ現場にアスレティックトレーナーとして就職する学生もいる。
山本:ええ、チャンスがあれば、ということですが。フルタイムで雇用することが経済的に難しいチームでも、週に2日だけ来てほしいということもあります。それだけでは生活が成り立ちませんので、複数のチームや施設と契約したり、トレーナー派遣を行っている関連会社に就職して固定給を会社からいただきながら、曜日ごとに違うところに行く形態も最近は非常に増えてきました。あるいは病院に勤務して、半分は病院内でのリハビリテーションアシスタント業務を行い、あとは契約チームでのトレーナー活動に出て行くという形態で雇用されたりします。トレーナーとして関わる時間のパーセンテージは場所によって違うのですが、病院内では患者さんの指導に十分な時間はなかなか取れないので(保険点数などの問題もあり)、主に病院内ではリハビリテーションアシスタントとしての業務を中心に行い、週末や勤務後にアスレティックトレーナーとして活躍するという形態も増えています。
――日体協の資格は医療資格ではないということがあります。まず体協ATをとって、必要や希望に応じてさらに医療資格を積み重ねると、医療の分野でも仕事ができるという考え方であったかと思いますが。
山本:医療資格をとることでアスレティックトレーナーとしての成熟に近づいていくというのではなくて、もし資格が必要になる仕事がメインになるのであれば、必要に応じて資格を取れば、治療が必要な競技では競技団体として帯同してもらいやすいし、病院でも雇用するメリットが出てきます。治療ができないとアスレティックトレーナーの仕事ができないというようにはなっていません。 日体協の資格は、アスレティックトレーナーとして活動するために必要な能力のベースであって、個々の目的に応じて、ストレングス(体力強化)の部分や治療行為などが必要であれば、さらにそれらの資格をとって職域を広げて下さいということではないでしょうか。
鹿倉:今回の新しいカリキュラムでは物理療法についても触れています、実際にやるかどうかは別として、知識として持っておく必要があります。
山本:最初の立ち上げの段階では、カリキュラムを練るときにドクターや理学療法士の先生方が多く関わっていましたので、メディカルリハビリテーションの内容が多かったのです。広い意味でのアスレティックトレーナーのカリキュラムとしては、もう少しトレーニングや予防の部分をふくらませようということで、今回のカリキュラム改訂ではその部分を増やし、バランスがよくなってきたかなと思います。
鹿倉:当初は養成講習というのが基本にあって、もともと現場でやっている人を対象としていたので、基礎的なところはできていたのです。そこで徐々に適応校のコースが増えてきて、それがカリキュラムとしてカバーできていなかったのです。たとえば基礎の基礎である機能解剖学を半期2コマかけて充実させる方向です。あまりメディカルに偏ったり、治療をしたいということであればほかの資格を取ればよいということになります。カリキュラム改訂を通して、10年前までなかった「アスレティックトレーナー」というのは何かを考えるよい機会だったと思います。
山本:日体協ATとしての「アスレティックトレーナーの役割」の要素を挙げる検討作業だけで1年かかりました。ここからテキストや指導要領、講習内容に発展していきますので、最初のこの項目決定が重要です。カリキュラム改訂委員で時間をかけて議論しました。
――制度ができたときには、すでにトレーナー活動をしていた人が多く、ほとんどの人が医療的バックグラウンドを持っていました。当初と比較すると、メディカル色が薄まってきたということですか?
山本:薄まるというより、今までの内容に足りないところを増やしました。
鹿倉:今までのカリキュラムと比べると充実してきています。
――適応校が増えてきたこととのマッチングもあるのでしょうね。
山本:これは社会的・経済的問題にもつながってくると思いますが、日体協ATの取得がトレーナーになる近道になると思う若者たちが増えているのは確かなことです。日体協AT取得のための講習を受講するために競技団体や都道府県に推薦されることは難しいので、適応校にまず入ろうということがあります。そのような流れを利用して、適応校となって入学希望者を集めようという専門学校や大学が増えつつあることは否めない状況です。それは仕方がないとしても、資格取得のためだけの勉強(とくに基礎筆記試験用の勉強)が中心のカリキュラムとなっていて、アスレティックトレーナーとして活動するのに必要十分な教育を実施していない学校もあるように思います。 資格取得そのものが学習の中心となってしまい、選手のためによりよい活動をするために知識や技能を身に付けるということを意識したものになっていません。受験勉強だけで現実が見えていない。
鹿倉:まさにおっしゃる通りです。たとえば柔道整復師であれば開業できますので資格取得が大事かもしれませんが、アスレティックトレーナーであれば何を勉強したかが重要になります。
――それでも、職は少ないという現実があります。それだけアスレティックトレーナーを養成しても職がないというのは問題になりませんか?
山本:需要がないのに養成がブームになっているのは問題なのではないかという指摘はあります。その指摘はごもっともなのですが、これから目指そうという高校生に「仕事もないからやめろ」と言うわけにはいきません。同時進行でスポーツ界のトレーナーに対する認識を高めるべく普及活動をしたり、サポートをしていく。なおかつ資格を取ろうという勢いが止まらないのであれば、課程を修めていく結果として現場にメリットとして落ちていくようになるためには、フィルター役となるカリキュラムやシステムが不十分では困ります。
――ヘルスケアがビジネス化してきている今がチャンスかもしれませんが、「トレーナーとは何か」という視点ではかえってあいまいになるかもしれませんね。
鹿倉:ただ、アスレティックトレーナーが輩出されることでそういう場が広がってきます。人というのは新しい可能性を求めて動きますから。アメリカでも、1950年にNATAができたときには220人しかいませんでした。アメリカでは収入源としてのカレッジスポーツがあったので広がったとも言えますが、日本では20年前でもいわゆるトレーナーという人はほとんどいなかった。AT制度ができて「さらに増えていくので行き場がない」という方向にはならないのではないかと思います。
山本:厳しいということがわかっていても目指そうという人がいるのであれば、それに対してアシストするのが教育機関の役割なので、そこを充実させる必要があります。一方で、鹿合さんのおっしやるように、優秀な人材がどんどん輩出されてきて、高校のスポーツ現場で、あるいは専属でなくても、週に2回だったらサポートできるから来てくれという要請もあるのです。高校のサッカーや野球の強豪チームでは、選手個人(親)から徴収したトレーナー費やOB会からの援助などで予算をつくり、トレーナーを何らかの形で依頼していることが多くなっています。きちんとした形でのフルタイムで働けなくても、そういったところで結果を出していくことでトレーナーの役割がクローズアップされていくのではないかと思います。ですから、「需要がないところに人材育成するのは無責任ではないか」という指摘に対しては、受け皿がないからといって消極的な姿勢となっては発展につながらないと思っています。
――実際に人数が増えていけば、そういう問題も生じてくる。
山本:また、アメリカのようにヘルスケアのサポーターとしても有用な人材として職域が広がっていった経緯もありますから、日本でも健康づくりや介護予防、教育の分野にATの職域が拡がっていけば、勉強したことはプラスになると思います。
――最近は総合型地域スポーツクラブも増えてきていますし、そこでの需要は確かにありますね。待っていたらいつまでたっても需要はないかもしれませんが、自分で出て行くことで掘り起こすことができるかもしれません。
山本:たとえば文部科学省や厚生労働省というところで、スポーツ活動や健康づくりに理解のある方が大なたをふるって、各地方の保健所に身体づくりに長けた人を採用することを義務づけるとか、あるいは各学校に保健体育の教員免許に加えて日体協アスレティックトレーナーを持っていれば積極に採用するといった制度に進めて下さればと思います。
――神奈川県でもアスレティックトレーナーを公立高校に派遣するという制度ができつつあります。
鹿倉:巡回指導のように、週に何度か回ることでなにがしかのお金が支払われるそうです。
――何年かすれば広がっていくこともありえる。相当な進歩ですね。
山本:秋田県では、国体強化のために競技力向上の名目でストレングス&コンディショニングの指導者を県職員として数人採用して、強化選手を抱えるチームや個人に対してトレーニングを指導するといったことをすでに行っています。
――現実にはアスレティックトレーナーは職業としてではなく、役割と考えたほうがいいかと思っていました。職業は別にあるけれど、役割としてアスレティックトレーナーとして参画している。しかし、徐々に職業化しつつあると捉えてよいのでしょうか。
山本:現実には、普段は理学療法士や鍼灸師として働いていて、その方のトレーナーとしての専門能力を活かして日本代表チームにつくというスタイルが今もありますし、以前はそれがかなり強かったというのがあります。その場合は役割として、そういった能力を持った人が、業務を埋めていくという形です。しかしだんだんと、それを専門職としている人が、それで飯を食っているという状況に少しずつなってきているという気がしています。
鹿倉:経済的な問題でしょうね。
――1つにはヘルスケア部門の進展というのがあるでしょうし、あとはスポーツがビジネスとして広がってくれば当然プロフエツショナルなアスレティックトレーナーが必要となってきます。 この両方の発展がアスレティックトレーナーを支えるという形になってくるのではないかと思います。
山本:ある人が面白いことを言っていました。「アスレティックトレーナーの仕事はすき間産業だ」というのです。ずっと四六時中必要であるというわけではなくて、コーチや監督が指導する時間が割合としては長くて、ウォーミングアップやクーリングダウンだけ、アスレティックリハビリテーションあるいはテーピングのときだけいてくれたら助かるというのです。場合によってフルで雇うよりはパートタイムのほうが雇いやすいということがあります。最近では政治家や漫画家がパーソナルトレーナーとして採用したりというケースもあります。たとえば俳優がロケ先でいきなりダッシュしろと言われたら肉離れを起こしてしまうかもしれません。その直前にトレーナー的な能力を持った人がパートナーストレッチングをしてあげたり、短い時間のウォームアップをすることができればというように、ある場面だけに必要性が発生するような、すき間の部分に存在価値が発生する。そうなると、何かの役割を副次的に持っていないと、その人を雇用することが難しいということになる。 スポーツ選手に対する身体のケアだけしかできません、ということではなく、アスレティックトレーナーとしての専門領域以外のところでも十分通用する幅広い知識を持っていると、近年では健康づくりのニーズが高くなっているだけに、仕事がない時間帯に、健康指導やストレッチ指導などで埋められると何とか経済的に成り立つということがあると思います。
鹿倉:現実的にはプロ野球やJリーグのトレーナーは朝から晩まで働いているということがあります。アメリカとの比較になってしまいますが、日本の場合には、どの競技と限定してしまうところが非常に強いのです。野球部やサッカー部という感じで、高校や大学でトレーナーだけやっているという人はほとんどいません。 立命館大学の東伸介君は稀有な存在で、ほとんどの場合、山本先生のように授業を持ちつつ、それ以外の時間に指導するという形です。アメリカでは、選手は授業の合間にトレーニングルームに来るということがあって、実際にはすごく混んではいないのですが、実際には業務があるのです。
――いま、NATA−ATCを持っている人はどれくらいいるのでしょうか。
鹿倉:150人は超えているでしょう。
――鹿倉さんの立場として、日体協のATか、NATA−ATCのどちらの資格を取ったらよいのか聞かれたら?
鹿倉:日体協はNATA−ATCと互換性を持ちたいと言っています。去年からCATA(Canadian Athletic Therapists Association)とNATAで資格互換ができるようになり、片方の資格を持っていれば、もう片方の試験に受かれば資格取得できます。
山本:僕はすでにATCの方は受講免除の単位互換でもよいのではないかと思っていますが。
鹿倉:ただ、日体協とNATAの制度は、現状では無理です。NATAは大学卒業が必要になります。実習の時間数については、実習の規定については撤廃されて、量より質ということになっていますが、日本ではやっと180時間ということで義務付けられています。それを進めていくと、僕の立場は非常に微妙になってきますね。
山本:ATCは日体協ATを受験できるようになればよいのでしょうね。ATCを持っていて、日体協ATを持っている人が指導者になっていただければ日本のアスレティックトレーナーの発展につながると思います。
鹿倉:JATO会長という立場から離れると、ATCが日本で増えてくることを待っていては、日本のアスレティックトレーナーの発展が見込めないのです。この5年で社会的認知が進んだというのは、日体協が年間100人を超える数を養成しています。 アメリカから帰ってくる人を待っていたら年間5〜10人くらいしかいない。広めるためには日本国内での養成も当然必要だし、カリキュラム改訂にあたっては先生方にご協力いただいて、内容的には充実してきています。普及だけ進めても中味がね、と言われるのではダメで、今回のカリキュラムは日体協ATだけでつくったというのが大きな特色です。何が必要なのかをわかっている人がメインですから。
――カリキュラム改訂はどのあたりが主眼となっているのですか?
鹿倉:今回は教員の基準も高くなっています。専任教員が最低1回資格更新をしている必要があったり、科目によって教えられる条件ができたりして、基本的にはアスレティックトレーナーもしくはスポーツドクターでなければならないという形になっています。やはり一定以上の教育を受けていただきたい。そこで最低限、公認アスレティックトレーナー資格は持っていてという形になります。
山本:受け皿がないにもかかわらず、条件を厳しくするのはなぜだと聞く人もいます。普及が大事だといっても、合格率を高くして十分な知識を持たない人がアスレティックトレーナーと名乗り、それらの人がたくさん増えたところで本当に発展につながるかと言えば…。
鹿倉:それこそ就職がない。
――そうですね。質が低いと社会の目も厳しくなりますから。
山本:ですから現時点では質の高い教育をしている教育機関が生き残るようにしないといけません。
――専門学校としては厳しいですね。受ける人が多くなると合格率が下がる。
鹿倉:実際には全員が受験するわけではありません。1年、2年と経つうちに「自分は受けません」あるいは「イメージと違っていました」と言う学生がいます。学生数が少ない学校では目減りは少なく、学生が多いほど、受験者数は減ってくるというのがあります。ある大学では1年のときにクラス制度があって、担任の先生が面接すると、ほとんどがアスレティックトレーナー志望と言うそうです。しかし現実には全員が受験するわけではありません。
山本:国際武道大学では毎年受験するのは10人くらいです。受けろとも受けるなとも言いませんが、自然にこのくらいの数、多くても20人弱になります。職域が広がってきたといっても食べていくのは厳しいとか、資格を取ったとしてもずっと努力することが必要になると話すと、「やはり自分は他の分野で」ということで自然淘汰されていくのです。本来は大学や専門学校を受験する際に、実情を理解して進路を決意できるように指導するのが望ましいのですが、高校の進路指導の先生方にアスレティックトレーナーについて、そこまで指導していただくことまでは期待できないと思います。大学は4年という時間がありますから、さまざまな観点から冷静に考えて進路を決めていくので、淘汰される率が高くなってきます。とくに、国際武道大学では3年生になって専門科目になってくると関連基礎科目の単位取得が履修の条件となっているので、必然的に少人数になり、人数が多いときは上位の点数を取らないと専門科目の授業が選択できない制度になっています。
鹿倉:アメリカ並みですね。大学1年生ではオブザベーション(見学)で、2年に上がるときに試験と成績を評価されて、同様に3年に上がるときも選別を受けます。
山本:たとえばテーピングであれば、ただ巻けばよいというのではなくて、機能解剖学を知っておかないといけないし、外傷発生のメカニズムや特徴もわかっている必要があります。ですからテーピングの授業には履修条件というものをつけて、「機能解剖学」「スポーツ外傷・障害論」「救急処置法」の授業の単位を持っていなければ履修申告できないようになっています。なおかつ、教室での実習の実施許容人数が50人であれば、それを超える希望者が出れば成績順にしなければならないという面があります。
鹿倉:日体協のカリキュラムでは、上から順番に番号がついていて、この順番で授業をしてほしいという要望のようなものを出しています。機能解剖も外傷も知らないのにいきなりアスレティックリハビリテーションをやったり、測定・評価をやることはできないということです。養成コースでも、順番に履修していく必要があります。
山本:今の制度では、単位数さえ満たしていれば受験できますので、適応校の中には時間割の関係や期間の問題で、適切な順番に授業を受けられないという現実もあります。
鹿倉:将来的にはそのあたりもチェックできればという方向ですが、現状ではチェックが難しい。
――いずれにしても、やはり10年経ったという積み重ねはありますね。今依然のトレーナーと同じような状況にあるのが、スポーツビジネスやスポーツマネジメントの分野で、専門学校や大学でもコースの新設が非常に多い。しかし、教員はそれほど多くない。
鹿倉:教えることができるという意味では、山本先生が指導された卒業生がいろいろなところに散っています。それは時間でしか解決できないことになると思います。
――そういう意味では人材のストックがかなり増えてきた。
山本:適応コースの新設校が増えてきて「大学院を出ていて日体協アスレティックトレーナーを持っている人材はいませんか」(大学院修了は大学の場合)というリクエストが少なからずあります。本来なら優秀な人材を国際武道大学に残しておきたいのですが、なかなかそうもいきませんし、チャンスがあれば就職してもらいたいので、大学や専門学校に仕事を得ている卒業生がいます。
鹿倉:これから10年経てば、指導やテキスト執筆ができる人材が育ってくるということになるでしょうね。
――大学の教育機関にいらっしゃる山本先生から、アスレティックトレーナーになりたいという若者に対して全般的なアドバイスを。
山本:まず資格を持っていればアスレティックトレーナーとして通用したり、選手に対する十分なサポートができるわけではありません。
とくに日体協ATは、必要な知識や技能について最低限バランスよく教育を受け、ある程度のレベルに到達したという証明であって、そこから先は自分が進みたい競技特性や社会的な間題をクリアしつつ、現場で臨床経験を積んでいかないと、アスレティックトレーナーとしての活動は期待できないと思います。資格取得はあくまで1つの通過点です。資格取得だけが目標であるかのように、受験勉強に明け暮れて一切現場活動をしていない学生には、いったい何をやりたくて勉強しているのかと言いたくなります。逆に国際武道大学の学生は、基礎筆記の直前で知識を詰め込まなくてはならない時期に、現場活動を夜遅くまでやっているのを見て「勉強しろ」と言うこともありますが、本当はそれでよいと思います。
目の前に選手がいて、サポートする現場があって、今しかできない学生トレーナーとしての経験を積むということであれば、それも大切だと思います。結果的に、将来アスレティックトレーナーとしての仕事を得ることができなかったとしても、現場活動で養われる能力やコーディネート力、スポーツ医科学の知識をもっていれば、健康づくりや介護予防の職場、教員、あるいはお母さん、お父さんになっても何らかの形で生きてくると思います。アスレティックトレーナーを目指している若い人たちには、どのように社会貢献していくかとか、自分のやりたいことを、より目的にあった仕事にしていくかということを考えていただきたいと思っています。
(司会/清家輝文)
講習科目 | 時間数 (h) | 科目の内容 |
1・アスレティックトレーナーの役割 | 30 | 1)アスレティックトレーナーとは |
2)アスレティックトレーナーの業務 | ||
3)医科学スタッフとの連携協力 | ||
4)組織の運営と管理 | ||
5)アスレティックトレーナーと倫理 | ||
2.スポーツ科学 | 120 | 1)トレーニング科学 |
2)バイオメカニクス | ||
3)運動生理学 | ||
4)スポーツ心理学 | ||
3.運動器の解剖と機能 | 60 | 1)運動器の解剖と機能概論 |
2)上肢の基礎解剖と運動 | ||
3)体幹の基礎解剖と運動 | ||
4)下肢の基礎解剖と運動 | ||
4.スポーツ外傷・障害の基礎知識 | 60 | 1)スポーツ外傷・障害総論 |
2)上肢のスポーツ外傷・障害 | ||
3)体幹のスポーツ外傷・障害 | ||
4)下肢のスポーツ外傷・障害 | ||
5)重篤な外傷(頭部、脊髄損傷、大出血、等) | ||
6)その他の外傷 | ||
7)年齢・性別による特徴(女性、高齢者、発育期、等) | ||
8)整形外科的メディカルチェック | ||
5.健康管理とスポーツ医学 | 30 | 1)アスリートにみられる内臓器官などの疾患 |
2)感染症に対する対応策(呼吸器感染症、血液感染症、皮膚感染症など) | ||
3)アスリー卜にみられる病的現象など(オーバートレーニング症候群、 | ||
突然死、過換気症候群など) | ||
4)特殊環境のスポーツ医学(高山病、低圧、高圧、低温、高温など) | ||
5)年齢.性別による特徴(女性、高齢者、発育期など) | ||
6)内科的メディカルチェック | ||
7)ドーピングコントロール | ||
6.検査・測定と評価 | 60 | 1)アスレティックトレーナーに必要な評価 |
2)アスレティックトレーナーに必要な検査と測定の手法 | ||
3)スポーツ動作の観察.分析 | ||
7.予防とコンデイショニング | 90 | 1)コンディションの把握と管理 |
2)コンディショニングの方法 | ||
3)コンディショニングの実際 | ||
4)競技(種目)特性とコンディショニング | ||
5)外傷予防に必要な環境整備 | ||
8.アスレテイツクリハビリテーション | 90 | 1)アスレティックリハビリテーションの考え方 |
2)運動療法(アスレティックリハビリテーションにおけるエクササイズ | ||
の基礎知識) | ||
3)物理療法と補装具の使用に関する基礎知識 | ||
4)外傷ごとのリスク管理に基づいたアスレティックリハビリテ一ションのプログラミングと実践(上肢) | ||
5)外傷ごとのリスク管理に基づいたアスレティックリハビリテーションのプログラミングと実践(体幹) | ||
6)外傷ごとのリスク管理に基づいたアスレティックリハビリテーションのプログラミングと実践(下肢) | ||
7)競技(種目)特性に基づいたアスレティックリハビリテーションのプログラム | ||
9.救急処置 | 30 | 1)救急処置の基本的知識 |
2)緊急時の対応計画と外傷の評価 | ||
3)外傷時の救急処置 | ||
4)緊急時の救命処置 | ||
5)内科的疾患の救急処置 | ||
6)現場における救急体制 | ||
10.スポーツと食事 | 30 | 1)アスリートの身体組成、からだ作りとウェイトコントロール |
2)トレーニングスケジュール、競技特性と食事、コンディショニングと | ||
栄養摂取、水分補給 | ||
3)栄養欠陥に基づく疾病と対策 | ||
4)特殊環境下における栄養ケア | ||
5)サプリメントの利用時の留意点 | ||
6)アスリートの栄養教育 | ||
計 | 600 | |
講習科目 | 時間数 (h) | 実習内容 |
現場実習 | 30 | 1)見学実習 |
30 | 2)検査・測定と評価実習、アスレティックリハビリテーションプログラム作成実習 | |
30 | 3)スポーツ現場実習(ストレッチング、テーピング、応急処置等) | |
30 | 4)アスレティックリハビリテーション実習(プログラム作成、実施等) | |
60 | 5)総合実習 | |
計 | 180 |
やまもと・としはる氏
順天堂大学大学院修了。医学博士(整形外科学)。国際武道大学体育学部スポーツトレーナー学科教授、副学科長。早稲田大学や久留米大学大学院にて非常勤講師を務める。
日本体育協会公認アスレティックトレーナーマスター、同協会指導者育成専門委員会アスレティックトレーナー部会委員。NSCA公認ストレンクス&コンディショニングスペシャリスト、日本ライフセービング協会公認インストラクター。
しかくら・じろう氏
早稲田大学卒後、ミシガン大学卒。 ソニー企業(株)を経て、現在(株)アシックスアドバイザー。順天堂大学、東京学芸大学、早稲田大学非常勤講師。1977年から現在にいたるまで早稲田大学米式蹴球部(アメリカンフットボール部)アスレティックトレーナー。
ジャパン・アスレティックトレーナーズ機構(JATO)会長、World Federation of Athleic Training and Therapy(WFATT)副会長を務める。
日本体育協会公認アスレティックトレーナーマスター、NATABOC-ATCの資格を持つ。