ご注意ください。
内容は、掲載当時(1998年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。

・山本利春:大学内のトレーナー活動, Sportsmedicine Quartarly, 23 p.76-82,1998.

SQ Special
Sportsmedicine Quartarly 特集/トレーナー

大学内のトレーナー活動

 国際武道大学では、学生トレーナー活動が盛んなことで知られている。同大学のみならず、日本体育大学、筑波大学などまとまったトレーナー活動がみられる大学も少なくない。規模の大小を問わなければ、大学内で学生がトレーナー活動を行っているところはかなりの数に達すると思われるが、特に体育系大学の場合、近年は入学目的が「トレーナーになるため」という例もかなり多くなってきたと聞く。ここでは、大学内でトレーナーの指導、また自らもトレーナー活動を実践してきた山本氏の話を掲載する。

陸上界での学生トレーナー草創期

 順天堂大学在籍中は陸上競技の選手兼トレーナーでした。ちょうど白石宏氏(日本体育大学→ゴールドウイン→ナイキジャパン→開業)が日体大の陸上競技部で学生トレーナー的な活動をやり始め(後、陸上競技部トレーナー班となる)、卒業後は企業のトレーナーとして活動し始めた頃です。

 白石氏の後輩に当たるのが岩崎由純氏(現NECバレーボール部トレーナー)、石山修盟氏、竹田康成氏(ともに元ナイキジャパン・トレーナー)らで、陸上界では私も含め、こういった人たちが学生トレーナーとして所属する大学の選手のケアを行い始めました。白石氏や村木良博氏らが企業(ゴールドウイン)のトレーナーとして活躍し始めたとき、我々学生トレーナーは講習会のお手伝いに行ったりしました。ゴールドウインがダッキー・ドレイクというトレーナーをアメリカから呼んでテーピングのデモンストレーションを行ったのもその頃、私が大学1年生か2年生の頃、1979年か1980年です(山本氏は1961年生まれ)。当時ゴールドウインには、白石氏や村木氏(現在、ケア・ステーション)のほか、順天堂大学で私の2つ先輩で西条正史郎氏(現在開業)らがいて、アシックスに蓮沼孝雄氏(現在大和證券)がいました。

 そういった方々が企業でトレーナーをやっていて、例えば陸上の日本選手権その他の大きな大会では、我々も勉強を兼ねて学生トレーナーとしてアシスタントでお手伝いに行っていました。当時は学生でトレーナー活動をしている人が少なかったので、よくお呼びがかかったのです。そういう機会にテーピングを巻いているのを見て、「どうしてそういうふうに巻くんですか」などと質問しながら、まさに実地で学んでいました。当時は選手からスタートしていわゆるトレーナー的なことに興味を持つというケースがほとんどで、競技をやらないでトレーナーだけに専念するということはチームの中ではなかなか許されない時代でした。箱根駅伝前にはチームについて寮に入り、夜遅くまでマッサージしたりして、それで評価されて大学3年のときに初めて、クラブのキャプテン、マネージャーと同列にトレーナーの名前を名簿に入れてもらえました。私が1年生のときはまだ「保健委員」という名称で、救急箱を管理する係くらいの意味だったのです。私自身、高校時代にケガが多く、医学的知識を身につけた指導者になりたいと思い、医学部も体育学部もある大学ということで順天堂大学を選びました。前述の西条氏が4年生のとき私は2年生で、その頃からクラブの中でトレーナーという位置づけをして活動し始めました。もちろん正式に認められていたわけではないのですが、選手間ではトレーナーという認識があったと思います。

当時のトレーナーの仕事

 学生トレーナーとしての主な仕事は、マッサージ、テーピング、アイシングなどです。当時を振り返ると、陸上競技という競技特性もあるでしょうが、マッサージ、テーピング、応急処置、そしてケガをした選手を病院に連れて行き、それを監督に報告するなどはやっていましたが、復帰までのリハビリテーションプログラムを組んだり、予防のためのトレーニングなどはやっていませんでした。そういうことが重要だと主張するトレーナーもいなかったと思います。

 当時の企業トレーナーの多くは、鍼灸・マッサージなどの資格を取得しなさいと言われていました。つまり我々が学生の頃から企業トレーナー活動が盛んになり、そこにスポーツ選手がよく行くようになってきていましたから、企業としても法律上の問題(業務内容と資格の問題)もあり配慮したのでしょう。それまでは、「トレーナーに行く」というと、鍼灸・マッサージの治療院に行くというイメージでした。「ちょっとトレーナーに行ってきます」と監督に言うのは、東京の著名な小守、三村、三宅などのスポーツマッサージに行くことを意味していました。

 ところがアメリカナイズされた考え方で白石氏がやり始めて、それが我々の学生トレーナーにも伝わり、治療院に行くだけではなく、現場にいるトレーナーが選手と密接に関わりながらコンディショニングを進めていくという方向の人がだんだん増えてきました。しかし、どちらかと言うと予防のためのトレーニングやリハビリテーションは病院でするもので、現場では応急処置やテーピングといわゆるコンディショニングのためのマッサージやストレッチが基本的には主流だったことに変わりはありません。今でも特に陸上競技のトレーナーではその傾向がかなり強いところもあります。

黄川医師との出会い

 私がその欠けている部分を再認識させられたのは、国際武道大学に赴任した黄川昭雄先生(現在Dr.Kクリニック)と出会ってからです。黄川先生にこてんぱんにやられました(笑)。おそらく先生には意図があってだと思うのですが、テーピングするにも、私は選手の症状をみて巻いていたつもりなのに、「なぜ、トレーナーがテーピングを巻いてよいかどうかを判断できるのか」と言われました。つまり巻いてよい場合と悪い場合がある、それで悪化してしまうケースもある、その判断は医学的な部分を含んでいる。テーピングを巻くべきかどうか、あるいはどういう方法で巻くべきかも含め、ドクターの判断がなければダメだと強く言われました。当初は自分の勉強してきたことを学生に伝えたいと、学生トレーナーたちにテーピングを教えていたら、やがて多くの選手がテーピングをするようになってきました。ガツンと言われたのはその頃です。体育人は鍼や物理療法ができるわけではなく、最初に入るのはテーピングなのです。それでテーピングという武器を持つと使いたくなる。すると、どこどこが痛いと言うと、その解決法がまずテーピングになってしまうのです。こうして何でもテーピングで解決しようとすると、当然いろいろな弊害が出てきます。先生が懸念されたのはおそらくそこだと思います。テーピングをするには、例えばトレーニングと併用するとか、まずは安静が必要だから休ませる勇気を持たせるとか、リハビリの期間を設けるなど、種々検討した上でテーピングを適切に用いるべきだと教えたかったのだと、今はその意味がよく理解できます。

 しかし、当時は、今までやってきたことは間違いだったのかと非常に悩みました。その後、黄川先生とはケガをしてからでは遅いので、予防に取り組もうということになりました。それでWBI(Weight Bearing Index:体重支持指数)もそうですが、予防的な観点で筋力を調べようということになりました。スポーツ活動に必要な筋力を調べ、それに見合った筋力があるかどうかチェックして、不足していれば補強する、リハビリでもどれくらい筋力が回復しているかを見ながら、回復程度に合わせてトレーニングを組まなければいけない、そのような考え方も非常に立ち遅れていたのです。それでサイベックスマシンを使って筋力の評価をしたり、筋力トレーニングを指導し始め、それまで自分がそういう分野にいかに疎かったかがわかりました。体育大学に6年間もいて、まがりなりにも6年間トレーナー活動をやっていたはずなのに、自分がやってきたことはマッサージとテーピングと応急処置と医者の真似事で「アキレス腱炎だね」「これは医者に行ったほうがいい」「休んだほうがいい」など、診断まではできないにしても医者の代わりのような評価とか診断じみたことを中心にやっていた。そのとき黄川先生に「お前たちはどんなに頑張ったって医者じゃない。医者と同じような仕事を真似るのではなく、医者にできないこと、PTにできないことをスペシャリストとしてやれ」とガツンと言われたのです。それは、予防的なトレーニングであり、競技特性を踏まえた筋力トレーニングであり、現場に近いところで選手にアドバイスするとか、自己管理を促したり、あるいはコンディショニング全般に及ぶことです。そう言われて確かにそうだなと思いました。大学卒業後の大学院の2年間はアライメントなど整形外科的メディカルチェックのようなことをテーマにしてより医学的な考え方、機能解剖学的な考え方を勉強していたので、それなりに力がついたと思っていたのですが、また別の観点でのアプローチを教わったのです。

ATCも体育大学もカリキュラムは同じ

 昨年は順大、今年は中京大学で、「どうすればトレーナーになれるか」とか「トレーナーになるには」というタイトルで講演を頼まれました。体育大学にトレーナー志望で入学してくる学生でどのように勉強していいかもわからない人が相当いました。その学生たちに言うのは、最終的に医療関係で働くのか、アスレティックトレーナーとして働くのか、フィットネストレーナーとして働くのか、トレーナーと言っても様々だが、いずれも共通しているのは、身体の仕組みや解剖学、機能解剖を知らなければいけない。また、体育大学の学生であれば、その特色を出してそれをトレーナーに活かすのだったらトレーニングや運動生理学、栄養学など、大学在学中にトレーナーとしての教養をまず養うべきだということです。

 NATAのアスレティックトレーナーのカリキュラムと国際武道大学のカリキュラムを照らし合わせると、国際武道大学にないのはアスレティックトレーナー概論やアスレティックトレーナー特論といった、現場でのケガの処置、ケアの実際という実地訓練につながる部分だけなのです。そう考えるとベースを養うには体育大学は非常に恵まれた環境なのです。ただそれに気づいていないだけです。大学を卒業してからアメリカに行くとか鍼灸やPTの学校に行くという学生は大勢います。体育大学に入ったものの幻滅して、どうしたらよいかわからない、指導者はいないし、見様見真似で選手をみているけれどもどうすればトレーナーになれるかと悩んでいる。しかし、学生時代に目の前のカリキュラムをきちんと勉強しないと将来につながらない。こう言うとある意味でカルチャーショックを受けるようです。

 講演後の感想を書いたアンケートを読んだら、「もっともっと今勉強しなければいけないことがあったのに、結局夢ばかり追って将来のことばかり見ていて、今のことが全然見えていなかったと気づいた」という学生が多いのです。アメリカに行きたいという学生がいたら、「じゃあ、こんなに厚い運動生理学の英語の本を何ヵ月で読める?」と聞きます。どんなに英語ができても内容を理解するのにはかなり時間がかかります。しかし、日本では運動生理学でも解剖学でもリハビリテーションでも、訳本も含め書籍は多数あります。日本で勉強できることはいくらでもあるのです。アメリカヘ行って寝ないで勉強する人はいるかもしれないけれど、日本の体育大学に在学中の4年間でそういうつもりで勉強すれば、相当な知識を身につけることができる。日本にいる間にできる限り勉強して、日本にないものを探し求めてアメリカに行くのだったらわかりますが、周りが全然見えていなくて、自分で努力できることは沢山あるのに努力もしないで、とにかく「まずアメリカに行かなくっちゃ」と思っている。それは間違いだと思いますよと言っています。もう1つ、PTの学校のほうが体育大学より自分の求めているものに合っているのではないかと言う学生。こういう人も多いのですが、実際にPTになるための学問とトレーナーに必要な学問とは、オーバーラップする部分はあっても、決してイコールではない。それなのに単純にスポーツ整形外科のリハビリテーションについて勉強できると思っているのです。確かに機能解剖もわかるし、リハビリテーションもわかるし、ある程度選手のケアに関する能力を持てるようになるかもしれませんが、PTとしてスポーツに活かせる部分は限定されたところであって、それ以外はまた勉強しなければいけない。それは鍼灸・マッサージ、柔整の学校でも同じだと思います。その辺を誤解している学生は少なくありません。

では、何のプロになるのか

 例えば、ギプスをはめてしばらく休んでいたので長距離選手の心肺能力が低下した。では、競技復帰のためにリコンディショニングとして、自転車ペダリングでは何回転で何分こげばよいのか、そうすると何カロリー消費するのか、あるいはウェイトトレーニングでもスピードを養成したい場合と、いわゆるパワーを養成したいときには負荷は違うだろうし回数も違うだろう。それをしっかりプログラムできる人間が体育大学の卒業生で何人いるか。体育の専門家として、体育大学出のトレーナーになるのなら、せっかく4年間勉強したわけだから、まずは体育のプロでなくてはいけない。トレーニングや身体運動のプロでなければいけないということです。それに加えてケガや治療的なこともわかればなおよい。体育大学出として、運動の見本をやって見せられる、いろいろな競技のルールがわかる、監督との心理的な関係もよくわかっている、あるいはトレーニングの指導もわかっている、この競技だったらどこの筋力が大切で、その筋力を鍛えるためのトレーニングメニューはこうなるなど、様々な知識を経験も踏まえて適切に選択できる。そういうことが体育大学出のプロのよさだと思うのです。そのよさを学生時代にしっかりと構築しないで、心はアメリカ、心はPTや鍼灸師という人があまりにも多い。

 最近はNSCAなどの団体もあり、トレーニングに関する情報も豊富で、学習環境は以前よりはるかによくなっているのです。その環境をどう活用するかだけなのです。

「トレーナー」でよいか

 私のゼミの名称は「コンディショニング科学」です。当初、トレーナー活動を中心とした活動をするゼミに何という名称をつけたらよいか悩みました。トレーナーという言葉は、何となく市民権を得ているし、何のこだわりもなく自然に使われていますが、トレーナーに関連した学問分野を指し示す名称となると、NATAでは「アスレティックトレーニング」と耳慣れないものです(NATAの機関誌名は"Journal of Athletic Training")。数年前海外で出された論文のなかに、「アスレティックトレーニング、今、名称を変えるべきか?」というタイトルの論文がありました。現在、アメリカのNATAのATCの仕事として治療的部分は非常に大きくなってきています。だからアスレティックトレーニングという名称だと、アスレティックトレーナーの役割や仕事を想像させないのではないか、その論文ではそう述べていました。これは私も同感です。ゼミで学生トレーナーを指導して、ゼミ=学生トレーナー活動のようなことをやっていますが、ではそのゼミは「アスレティックトレーニング」と呼べばいいかというとそれには少し違和感があります。どちらかというと「コンディショニング」のほうがイメージとして合致する。それを科学的な視点で見られるようにということで「コンディショニング科学」と名づけたのです。

 トレーナーの名称としては「アスレティックトレーナー」でも「メディカルトレーナー」でも「フィットネストレーナー」でも、私はそんなにこだわっていません。その人の役職を的確に表現するのであれば、その辺は自由だと思うのです。しかし、それぞれの団体の人たちが、独自の解釈でこれは「アスレティックトレーナー」である、これは違うと言い切るのは混乱のもとではないかと思います。私としては、鍼灸や柔整の人の場合、「スポーツ鍼灸師」や「スポーツ柔整師」と呼ぶほうが「トレーナー」より立場がはっきりしていてよいと思います。一方、鍼灸師でスポーツのこともできる人たちはスポーツ鍼灸師でいいと思うのですが、トレーナーとして活動していて鍼灸も持っているという人たちはどう呼べばよいかという問題もまた出てきますが。

 その論文にも書いてあったのですが、「トレーナー、trainer」は元々、「trainする人」からきています。つまりトレーニング (training)とは鍛える、教育する、練習するなど、どちらかと言うと教える、教育する、訓練するという意味合いが強い。それはとても納得できる部分で、元々NATAというアスレティックトレーナーの団体も、そういうイメージでathletictrainerという名称を用いたようですし、その役割としても予防を非常に強調しています。歴史をたどると、ケガをしないような身体づくりをするために強化するというのが最初のコンセプトであったように書いてありました。

 この考えには私も同感で、私が育てたい「トレーナー」は選手を教育できる人です。治す人ではない。治す人なら「セラピスト」の名称のほうが合っている。トレーナーは選手を教育できる。自己管理を促し、どのようなコンディショニングをしたらよいかをアドバイスする。至れり尽くせりで面倒をみるのではない。例えば1週間に1回治療院に通うとすると、あとの5日は自分でやらなければいけない。風呂上がりのストレッチでも、階段を昇るときに力発揮を強調することも何だってコンディショニングにつながるわけで、そういったことを指導する。

 もちろんテーピングやマッサージもサポートとしては含まれるとは思いますが、基本的にはやはり教育する人と捉えたいのです。NATAの人たちが、アスレティックトレーナーとはNATAのトレーナーのことを言うと言われればそれまでですが、アメリカのNATAのトレーナー活動もセラピストの領域に入ってきていますし、行っている仕事を最も的確に表現する言葉が「アスレティックトレーナー」かと言うと、最近必ずしもそうではないと思います。まだ「スポーツフィジカルセラピスト」のほうが近い感じがします。アスレティックトレーナーあるいはアスレティックトレーニングという名称が時代とともにその仕事の内容とズレが生じてきているのは事実だと思います。

 今は治療する人、筋力トレーニングを担当する人、またドクターがいてという、いわゆるチームアプローチの形になり、それぞれは専門化しているのかもしれません。自分のできないことを抱えこまず、選手のために一番いい方法を取るという意味ではそれは非常によい方法です。しかし、なかなかそういうチームアプローチはできないのが現状で、もし単独でチームにつくとか、学校体育で我々のように教員として高校や中学に指導者として赴任しトレーナー的な仕事もするとすれば、コーチの仕事もストレングスコーチの部分もケアの部分もある程度オールマイティに対応できなければいけないということになります。

 すると、trainする人という意味での「トレーナー」という名称は理想的だということにもなります。

就職としての「トレーナー」を大学でどう指導するか

 体育大学では、基礎として解剖や機能解剖、運動生理学など、体育の専門としてのトレーニング、また、スポーツ現場の臨床面としてのケアやリハビリの部分もある程度勉強することができます。では、最終的にその人がどういうトレーナーになりたいか。トレーナーという仕事はこれだという明確な定義が現在あるわけではないし、職としても十分確立されてはいません。プロチームで求められるトレーナー像もあるし、病院を中心に活動している人は、日常は高齢者のリハビリもやり、スポーツ選手が来ればそのリハビリの指導もする。そして週末はチームにつくかもしれない。自分で開業して、その合間にチームについたり、あるいはスポーツ選手が放課後にその治療院に来るというセラピスト的な関わり方もあります。学校の教員になり、保健室の養護教諭と連携して学内での事故などを予防したり、あるいは病院をアドバイスしたりコーディネーター的な仕事をすることもあるでしょう。

 トレーナー的な仕事はこのように多種多様で、トレーナーとはどういう仕事か、これは一言では言えない。実際、君はどういう就職先を考えるかと聞くと、福祉関係あるいは医療関係に行きたいと言う学生もいれば、教員になりたい、フィットネス関連に就職したい、あるいはタラソテラピーのような疲労回復やリラクゼーションのほうに進みたいなど様々です。だから、自分に一番合ったものを探しなさいということになります。その際に、競争率や資格、試験など、それぞれの仕事に関する要素とそのハードルを提示します。あとは、各自学生が選んでいく、そういうようにしています。でも必要なベースはある程度共通なんです。この方向を目指すのなら、プラスαとして、こういう勉強も必要になる。大学4年間の教育課程でベースはある程度学べるのですが、そこから先は自分で貧欲に、特にスペシャリストのための勉強をしなければいけないのはわかりきったことです。そういう指導の仕方をしています。

卒業生では5名がプロのトレーナー

 本学の卒業生としては、社会人のアメリカンフットボールチームに1人、Jリーグで4人がプロのトレーナーとして活躍しています。うち卒業後NATAのATCを取得した者が2名(リクルートシーガルス吉永孝徳氏、横浜マリノス日暮清氏)、あとは特に資格はありません。それでも幸いに採用していただきました。先に資格云々というよりも、ここでやっているような選手への自己管理教育、コンディショニング、リハビリもできるし、体力測定やメディカルチェックなどの測定評価のフィードバックもできるし、筋力トレーニングやボールを使ってのフィジカル的なこともできるというオールマイティさが買われた人たちです。最近はそういうケースが多いですね。現実に、この不況下では、チーム内で各分野の専門家を複数雇用することは難しくなっていくでしょう。むしろ、栄養の指導もできるし、ウェイトトレーニングの指導もでき、テーピングもでき、ドクターとも会話でき、コーチとサッカーなどその競技の話もできるというオールマイティな人材が求められるのではないかと思います。

 また、私自身が現在行っている仕事もそうですが、学生たちにそういう能力を身につけさせたいなと思っているのは、"スポーツメディスン・コーディネーター"としての能力です。アメリカの大リーグにはトレーナーは2〜3人しかいないというのも、外部に専門家がいるからであって、その専門家と連絡を取りつつ、自分でできることはきちんと自己管理させるということをうまくコーディネートできる人間がいたほうが効率がいいし、逆にセラピストとして至れり尽くせりで面倒をみると、選手のためにならないこともありうるわけです。

 トレーナーはまず教育者であるべきだと私は考えていますが、実際にはスポーツ医学的な広いネットワークを持ち、現場で選手に接する上では、コンディショニングやフィジカルフィットネス、あるいはリハビリテーションなど幅広く指導していかなければいけないので、ある程度オールマイティ的である必要はありますが、必要なときにはその専門家と連携できるコーディネーターであるのが、選手にとってもよい結果につながると思います。トレーナーはポジションとしてもよいパイプ役になれるところに位置しています。コーチ、ドクター、選手、さらにはもっと外部の人と、みんなに接しなければいけないので、ある意味スポーツ医学全般に携わるわけです。私はこの大学に来て、それはつくづく感じるところで、どんなに有能なドクターに診てもらったとしても、どんなに素晴らしいリハビリのメニューを用意したとしても、例えば監督・コーチが「休む必要はない」と言われれば、それ以上は何もできない。逆に、監督さんと話してうまくコーディネートすると、スムーズに問題が解決してしまうことも沢山あります。チームの内情をうまく理解しキャプテンに一言いっておくと、部分練習ですんだりとか、それは治療以上に効果が大きい場合もあります。その辺りは体育人の特技というか、よく事情がわかっているところでもあるわけです。

トレーナー活動は人間形成

 大学内でボランティア的なトレーナー活動をやり、ゼミでもトレーナー活動をテーマにすると、アメリカのようにNATAの公認トレーナー(トレーナーの専門家)を養成するための教育とは多少異なってきます。将来トレーナーになれない学生も沢山いるし、資格を取れるわけでもありませんから(注/ただし、国際武道大学では日体協アスレティックトレーナー制度のカリキュラム校として認定される方向にある)。ボランティア精神が旺盛で、何か人の役に立ちたい、選手の役に立ちたいという人間がここに集まってくるのです。全員がトレーナーになりたいわけではないけれども、「でも、トレーナー活動をやりたい」という学生は多い。それはあまり理解されていないようです。トレーナー活動している学生はみんな将来トレーナーになりたいと思われるでしょうが、そんなことはないのです。

 私はそういう中で13年間やってきて、最終的に培ったものというか、今これだなと思っているのは、トレーナー活動を通じた人間形成ということです。いろいろな監督とのやりとりや、悩んでいる選手を慰めたり、9時にテーピングと言ったら遅れないように来るとか、あらかじめ準備しているとか、あるいは手術したのに再受傷したときにどうやって慰めるかとか、いろいろなことが経験できるわけです。ケガをした直後の応急処置から最終的に競技に復帰するまでの全過程をみることができるのは、現場にいる人間にしかできないし、トレーナーならではのものです。その過程でいろいろなことが学べるのです。ただ、体育大学で競技をしていた、あるいは体育の先生を目指して勉強したという以上に、トレーナー活動をやっていくと社会的にも身体学的にも非常にいい勉強になります。だから、4年間トレーナー活動をして育っていった学生は、社会に出てからも役立つことを沢山身につけていると思うのです。トレーナーの仕事につかなくても、本当にいい経験だったと誇りに思える。そういう捉え方もあってよいと思います。

■国際武道大学のトレーナー

 国際武道大学では、まず4月に各クラブからトレーナーを全員派遣(約100人)してもらい、数日間、アイシングやテーピング、テープの貸出しの手続き方法、近隣の医療機関の電話番号、その他の講習・説明を行う。救急備品の取り扱い担当者は即ちトレーナーとされているので、どのクラブもメンバーからトレーナー役を選び、この講習会に出すことになる。この説明会を受け登録された学生でないと各クラブ担当トレーナーとして認められない。(本誌第15号「特集テーピング4.大学内でのテーピング」より、1994)

 なお、学生トレーナーについては、本誌の以下の号の記事も参照していただきたい。「学生トレーナーグループを中心としたスポーツリハビリテーションの紹介」下條仁士ほか、第3号(1990)筑波大学の例「医師とトレーナー、そのよき未来のために:勤務医とトレーナー―東大アメリカンフットボール部の場合、学生トレーナーのみの活動―日本体育大学学友会陸上競技部トレーナー班」第9号(1992)