からだの科学増刊
健康エクササイズ

日本評論社、2007年、山本利春 編 1949円(本体1857円)

<序文> 健康エクササイズを楽しむために

第1部 全身の持久性を高めるために

    ウォーキング
    ジョギング
    水泳
    水中ウォーキング
    アクアビクス
    サイクリング
    チェアエクササイズ
    エアロビクスダンス
    ボクシングエクササイズ

第2部 筋力を強めるために

    ウエイト・トレーニング@ マシン・トレーニング
    ウエイト・トレーニングA フリーウエイト・トレーニング
    リコンディショニングエクササイズ
    ダンベルエクササイズ
    チューブエクササイズ

第3部柔軟性を改善するために

ストレッチング
アクアストレッチング
ストレッチポールエクササイズ

第4部バランス感覚を高めるために

スタビライゼーションエクササイズ
バランスボールエクササイズ

あとがきに代えて


<序文>

健康エクササイズを楽しむために

健康ブームのなかの運動不足病

 さまざまな健康法がブームになり、人びとの健康への関心はますます高まっています。健康は水や空気と異なり、あるのが当然ではなく、手に入れようとする意志や努力が必要です。現代では多くの人がこのことを知っていて、健康情報に耳を傾け、自分なりの健康法を心がけているようです。ところが健康づくりの三大要素ともいわれる運動・食事・睡眠の中で、運動はなおざりにされがちです。その結果、栄養や睡眠は満たされても運動が不足気味となります。どうしてなのでしょうか? いくつかの理由が考えられます。

 一つは、生活様式の電化、自動化、交通機関の発達で、身体を動かす機会がいちじるしく減少したことがあげられます。たとえば、車が普及する前は、人は1日平均1万歩を歩いていたそうですが、現代人の平均歩数は半分の5000歩にすぎません。歩く動作があらゆる運動の基本になることからすれば、歩かなくなった現代人が運動不足になりやすいのも当然といえるでしょう。

 ところが、運動不足は形として現れにくく、自分ではそれと気づかない場合が少なくありません。これが、もう一つの理由です。「毎日身体を動かしており、運動不足だとは思わない」、「とくに運動をしていなくても体力には自信がある」といった声もしばしば耳にします。確かに、私たちは日常生活のなかで、立ったり歩くのはもちろん、荷物を持ったり仕事や家事をこなしています。そのおかげで、日常生活を支障なく送っています。しかし、こうした生活のなかの動作は、身体が覚え込んで苦もなくできるようになっていて、自分が思っているほどには身体を使っていないのが、実態なのです。

 たとえば、主婦であれば洗濯物を干したり、庭を掃除したり、階段を上り下りしたりと忙しく立ち働いています。「主婦はけっこう重労働。だから運動不足ではない」と思っているかもしれません。ところが、実際に運動量を調べてみると、それほどではないのです。トータルの運動量からすると、健康を維持するための必要量を満たしていません。

 また、運動不足は形に現れないだけでなく、人は生理的にそれを感じないつくりになっています。だから、自覚しづらいのです。半日も食べなければ、脳の「空腹中枢」が刺激されて空腹感を感じます。何日も眠らずに生きていくこともできません。ところが、運動は本能と結びついていないので、その不足に気づきにくいのです。自覚しないまますごしているうちに、単なる運動不足に留まらず、肥満、動脈硬化、体力低下などのさまざまな健康障害につながるような身体の状態になってしまいます。

 最後にもう一つ、運動不足の理由を付け加えれば、その大切さがわかっていてもいざとなるとめんどうくささが先立つこともあげられるでしょう。ですが、これまで任述べてきたように、運動不足は目に見えず、自覚しづらいのです。しかも、高じれば病気にもなります。現代社会は人がますます楽をすることができるように生活が便利になっています。意識的に運動を心がけないかぎり、運動不足は解消されないのです。

健康づくりが運動に役立つのはなぜ?

 人の身体の土台となるのは、筋肉と骨です。どんなに外見が健康そうに見えても、土台が弱くては健康とはいえません。では、その健康に運動がどんな影響を与えるのでしょう? それを知るには、逆に運動をしなかったらどうなるかを明らかにすればよいはずです。有名な実験があります。5人の健康な青年を21日間、ベッドに安静にさせ続け、身体に何がおきるのかを調べたのです。寝たきりの状態だと筋肉が収縮せず、筋肉を要らないものだと身体が判断して、筋肉の原料となる窒素を尿中にどんどん排出してしまいます。それだけではありません。寝たきりのままだと重力の刺激が加わらないので、カルシウムが尿に溶け出して骨がもろくなってしまいます。その結果、筋肉が萎縮して筋肉量が減り、それにともなって骨量も減少します。

 さらに実験では、身体の柔軟性が失われたことも報告されています。使わなくなった筋肉は弾力性が失われ、スムーズに伸び縮みしなくなって、身体の柔軟性が低下します。同時に心臓や肺機能も低下するので、ちょっとした階段の上り下りでもすぐに呼吸が乱れるようになります。

 このようなさまざまな障害が3週間の実験中に現れ、もとの状態に戻すのに2〜4週間のトレーニングが必要だったそうです。「使わない部分は衰える」のが身体の大原則であることから、おわかりいただけるでしょう。

 ですから、普段の生活で歩く機会が少ない人、運動をほとんどしない人は、年齢を問わず筋肉が衰えていきます。筋肉は1本1本の繊維も細くなり、収縮効率が悪くなります。そうなると力が出なくなり、身体を支えるのがつらくなります。普段より少し長めに歩いたらあちこちが痛くなったという場合は、第一に筋力の低下が疑われます。この歩くことを含め、日常生活のほとんどの運動は体重や物体を支えることから成り立っています。そこで、骨を太くし、丈夫にすることが大事になってきます。

 骨量は30歳をピークに老化の一途をたどります。でも、運動をすれば、老化のスピードを緩めてくれます。運動して骨に刺激を加えると、カルシウムが骨に吸収されやすくなるからです。少しでも老化を遅らせるには、運動を習慣化して行くことが大事であり、それが健康づくりの基本といえます。たとえば、閉経後の女性で運動の効果を調べた研究では、運動によって骨量が増加したケース、骨からカルシウムが溶け出すのを少なくする効果が見られたケースの両方が報告されています。

 また、運動は病気の予防にも効果があることが証明されています。現代は、運動不足、栄養過多、精神的なストレスなどにより、肥満、心臓病、高血圧、糖尿病や痛風などをおこしやすい状況にあります。適度な運動は、血圧を下げて動脈硬化の予防につながります。さらに、身体がもつ免疫機能も高まります。かぜをひきにくくなり、ひいても軽く、早く治ります。ストレスでおこる肩こり、頭痛なども運動のリフレッシュ効果で解消されるなど、運動の効果は数えきれません。

 運動による健康づくりに対する関心は、アメリカのジョギングブームが発端になっています。アメリカでは世界に先立ち、車の社会や生活のオートメ化が進み、人びとが運動しやすくなりました。自然から遠い都会生活では、散歩やレクリエーションの機会も多くありません。その一方、飽食がすすんで栄養過多に陥りました。摂取カロリーは増えたのに、消費カロリーが減っている、こんな皮肉な矛盾を抱えだしたのです。

 この矛盾が進むと、肥満が非常に増えます。肥満は動脈硬化、高血圧といった生活習慣病の引き金となります。こうして健康に悪影響が出てきたので、ジョギングやウォーキングで運動不足を補おうとしだした、という経緯があるのです。しかし、運動が身体によいのは間違いないとしても、やみくもにすればいいというものではありません。太っている人、筋力が不足している人がいきなりジョギングを始めれば膝や足を痛めてしまいます。最悪のケースでは突然死だって考えられます。そこでこうした運動にともなう傷害を未然に防ぐために「運動処方」という考え方が出てきました。

 その基本は、各人にあった適切な運動を選び、適切な方法で実践することに尽きます。あくまで無理をしてはいけないのです。ふだん運動をしていない人、自分の体重を支えるだけの筋肉のない人、走る・跳ぶ・などの動作にともなう着地衝撃に耐える体力のない人たちは、まずは運動に必要な体力を養わなければなりません。

 たとえば、脂肪を燃やす運動として、ジョギング・ウォーキング、サイクリング、スイミングという三大エアロビクス運動があります。最初のジョギング・ウォーキングは全体重がフルに下肢にかかる全荷重運動、次のサイクリングの自転車ペダリングは部分荷重運動です。サドルに乗ってお尻が乗って体重が免荷されるので、足に全体重がかからないのです。そして最後のスイミングはまったく体重がかからない非荷重運動です。

 このちがいを意識し、うまく利用するのです。自分の体重を支える十分な筋力がない人はスイミングから始め、次に自転車に進み、体重をしっかり支えられる筋力が養われたら、ジョギング・ウォーキングに移ります。このような体力に応じた運動の選択が、本来、望ましいものです。「みんなが走っているから、私も」とジョギングからはじめようとすると、人によっては健康を害するおそれがあります。どうしても行いたいという運動がある場合には、そのための基礎体力を養ってからチャレンジすることが重要です。

 では、今の自分にどんな運動があっているかを、どうやって調べたらよいでしょう。それには、次に述べる体力テストやメディカルチェックを利用することです。専門の指導者のもと、科学的なデータやその分析を交え、自分の体力を客観的に把握し、その体力と目的に見合った運動をさがしましょう。

エクササイズをはじめるまえに

●メディカルチェック

 運動をはじめるに際し、考えなくてはいけない重要なことが二つあります。

 第一に大前提として考えるべきは、その人がはたして運動そのものを行っていいのかどうか、ということです。運動をすれば当然、身体中に酸素が必要になります。運動時には、その酸素を運ぶために血液中の循環は日常生活よりもはるかに多くなり、心臓にも大きな負担がかかります。身体がそのような負担に耐えられるかを調べるのがメディカルチェックです。運動中の最悪の事態に突然死があります。運動中の突然死の死因の大部分は、心臓に血液を供給する冠動脈の疾患や急性心不全などの心疾患です。とくに、この突然死などをきたす可能性のある心疾患の危険性チェックは、運動を開始する前に最低限受けておくことが必要です。

 仮に先天的に潜在性の疾患をもっていたり、加齢や運動不足によって生じた身体の変化などの危険因子をもっていたとしても、日常生活では活動度が低いために症状が現れないことが多いといえます。運動することによって身体に負担がかかったときに身体の異変が生じる危険性がないかどうか、運動まえに自分自身の身体の特徴を知っておく心構えが必要です。

 メディカルチェックの内容は、年齢や参加する運動の種類や強度によっても異なりますが、前に述べたような突然死の予防としては心疾患に関係する心臓や血管系の機能をチェックする項目は最低限行っておきたいものです。過去の疾患の既往やスポーツ時の自覚症状のチェックを目的とした問診、心疾患や脳血管疾患に対する危険因子(高血圧、高脂血症、糖尿病など)の有無を調べる血圧・血液検査、心疾患の発見には重要な検査である安静時の心電図、それと胸部X線検査が一次チェックとして行っておきたい内容です(図1)。中高齢者の方はこれらの検査を毎年受けることが望まれます。
メディカルチェックの項目と目的
メディカルチェックの項目と目的

 前に述べたように、運動時の負荷が増大した際に異常が生じないかを調べることが理想的には必要です。安静時の一次チェックを受けたうえで、必要に応じて二次チェックとして、運動負荷心電図のような専門的メディカルチェックを行います。運動負荷心電図は運動中の心電図を記録し、安静時に見られなかった心電図の異常をチェックする検査です。この検査はスポーツ中の突然死を防ぐにはたいへん重要な検査ではありますが、費用と人手を必要とする検査ですので、運動をするすべての方が行うことはむずかしいといえるでしょう。

 メディカルチェックの結果から、運動中の突然死を起こす可能性の高い疾患があると判定された場合には、医師と相談しながら運動を中止して治療に専念するか、運動強度を制限すべきです。メディカルチェックの結果をふまえ、日常の体調のチェックや自覚症状のチェックに注意を払い、運動指導の専門家にアドバイスをもらいながら健康づくりをすすめて行くことが大切です。

 また突然死のような重大な問題の予防以外にも、運動による膝や腰などの整形外科的な傷害の発生についても予防する必要があります。筋肉や関節などが運動時の負担に耐えられるだけの十分な状態でなければ、運動時に日常生活以上の負担がかかることで痛みを生じたり、過度な疲労状態になることもあります。とくに、筋力、柔軟性が安全に運動をするのに十分な状態か、また過度な体脂肪を蓄積していないかなどの運動機能チェックを行っておくことも大切です。

●体力診断

 運動をはじめる前にもう一つ、関門があります。自分にあった種目を選ぶということです。選定にあたっては、二つの基準があります。その運動が「自分の目的と合致しているか」「自分の体力に合っているか」という二つです。

 たとえば体脂肪を減らしたいのならば、体脂肪を有効に燃やす運動が最適です。そういう目的の人がウエイトトレーニングを行っても、脂肪は燃えませんから、ほとんど意味がありません。自分の体力との関連では、有酸素運動が自分に必要だとしても、自分の体重を支える筋力の弱い人は、全荷重運動のジョギングよりも非荷重運動のスイミングからはじめたほうがよいことは、先ほど述べたとおりです。

 参考までに、特別な道具を使わずに、健康に必要な体力を自分でチェックするための方法を表1に紹介しておきますので活用してください。
生活体力の測定とその評価
生活体力の測定とその評価

エクササイズ実施上の留意点

●ウォーミングアップ・クーリングダウン

 さて、いよいよ実践です。ここからは、実践上のさまざまな留意点について説明を加えていきます。まずは、ウォーミングアップとクーリングダウンからです。ウォーミングアップは身体を運動ができる準備状態にし、運動への導入をより円滑にするものです。クーリングダウンは逆に、運動で高揚した身体の状態を平常レベルへと徐々に緩めるとともに、疲労した筋肉をほぐしたり、疲労物質の除去を早めて運動後の疲労を蓄積を最小にするものです。

 ウォーミングアップで温めて血液循環を良くしておくと、筋肉が伸びやすくなり、収縮の効率もよくなります。陸上のランニング型の運動で、かなりはげしく走るサッカーやテニスの場合には、ウォーミングアップであらかじめ軽く走っておきます。水泳でしたら、ゆっくり泳いで身体が少し温まった状態でストレッチングを行い、それから本格的に泳ぎます。このように、メインの運動に関連する軽い運動をあらかじめ行っておくとよいのです。

 ウォーミングアップ、クーリングダウンの具体的な方法は、実に多様です。メインの種目によるちがいもあるのですが、その基本的な体操やストレッチングは共通していますので、本増刊号の「ストレッチング」の項を参考に、自分の種目や環境に合った方法を見つけてください。

●水分摂取と栄養補給

 次に、運動時の水分摂取と栄養補給も重要です。特に水分摂取が大事です。

 一昔前は、運動中は水を飲むなと言われていました。実は、これは戦争中の行軍事にやかましく言われたことが影響しているようです。ボウフラが浮いているような溜まり水を飲んで伝染病になり、その隊が全滅するといったことを恐れて、訓練中に水を飲むと疲れるぞ、飲むなということが、あえて教育としてなされたようです。これまで日本では、なかなか運動中にウォーターブレイクとして水飲みタイムをとることはありませんでした。時にアスリートの場合、「水など飲むな」「甘えているんじゃない」と言われてしまうことが多かったのです。

 しかし、ほんとうは運動中には水を飲まないといけないのです。飲まないといけないということがすでに科学的には実証されており、運動中に水の摂取を制限することには何の根拠もありません。昔ながらの軍隊教育がそのままスポーツに引き継がれてしまったようです。

 水分摂取の基本は失った量だけ摂るということです。発汗量が多いほどしっかり摂らなければならないし、発汗しているように見えなくても、皮膚からの気化熱でかなりの水分が失われているので、その点にも注意が必要です。

 水分が不足して熱中症になると、熱けいれんといって、単なる脱水症状だけでなく、けいれんがおきるケースがあります。それには水分の摂り方も関係しています。発汗すると、塩分(NaCl)もいっしょに失われます。ナトリウム(Na)は筋肉を調節するのに非常に役立っています。そのため、塩分の流出で筋肉の調整が効かなくなり、けいれんに結びつくのです。ですから、水分補給は真水よりも、多少なりとも体液に近い、ミネラル濃度の高いものを飲むとよいのです。

 水の温度は、特に気にせずのみ安いものを飲めばよいのですが、暑い日の運動時では、やや冷たいほうがよいでしょう。とにかく失われた水分を的確に補うのが大事で、一度に大量の水を飲むよりも、少量を複数回に分けて飲むことをお勧めします。

 次は栄養についてです。ダイエットしたい人は、栄養を全然摂らずに運動してしまうことがあります。運動の源は食事(栄養)であって、筋肉中にグリコーゲン(炭水化物)が貯蔵されなければ、筋はエネルギーを生み出せません。脂肪もミネラルもカルシウムも全て人の身体に不可欠なものです。運動するにあたっては、その運動を遂行するための栄養は最低限摂らなければいけません。栄養を摂らずに運動だけしていると、逆に健康を害してしまうことがあるし、効率も上がりません。

●運動の強度

 エクササイズには強度、量(時間的長さ)、頻度という要素があります。弱くよりは強く、短くよりは長く、少しよりはより多く行ったほうがいいと思われるかもしれませんが、そうではありません。ひとことでいえば、強すぎても弱すぎてもいけないのです。たとえば、ジョギングなどの有酸素運動の場合、強すぎれば筋肉には疲労物質(乳酸)が蓄積して硬くなり、運動が遂行できなくなります。逆に弱すぎても効果が現れる十分な強度にはなりません。

 また、普段運動をしていないような体力レベルの低い人の場合、いきなり強い運動に取り組めば、疲労が蓄積して体調を乱したり、筋肉や関節に痛みが生じてしまうことにつながるので、段階をつけて徐々に強度を上げていく必要があります。もちろん、これは運動の種類が全身運動なのか、筋力や柔軟性に重点を置いたものなのかによってもちがいがあります。それぞれの運動の強度(運動トレーニング強度:METs)を具体的に知るには、さまざまな指標があります。有酸素運動であれば、心拍数(HR)に留意します。心拍数であれば1分間あたりの心臓の心拍数です。

 後述するように、強度の低い有酸素運動では、呼吸で体内に取り込んだ酸素を用いて筋肉を動かすエネルギーをつくりだします。しかし、体力レベルの低い人だと、酸素の取り込みが十分できず、呼吸回数を増やし心拍数を増やしてなんとか酸素を取り込もうとします。息が上がり、心臓がバクバクした状態です。それでも足りない場合には、酸素を使わないでエネルギーを得る無酸素的な運動に切り替えてエネルギーを調達することになります。しかし、この無酸素運動は乳酸という疲労物質を産み、乳酸が溜まると、運動を中止せざるをえません。

 こうなっては、脂肪を燃やし、全身の持久力を高めるという有酸素運動の目的が意味を失ってしまいます。ですから、無理なく運動を継続できるよう、強度をその人の最高心拍数(HRmax)の何%くらいのレベルに設定するか(アメリカ医学会ガイドラインでは、55/60〜90%)が、大事になってきます。

 この心拍数と密接な相関関係にあるのが、最大酸素摂取量(VO2max)です。これは、その人が1分間に体内に取り込める酸素の最大量のことです。これも心拍数と同様、最大量の何%くらいのレベルに設定したら、最適か考えます(アメリカ医学会ガイドラインでは、40/50〜85%)。これはドレットミルや自転車エルゴメーターなどの最大運動負荷テストによって、調べることができます。

 それと、もう一つ簡便な方法として、主観的運動強度(RPE)があります。これは自覚的運動強度ともいわれ、よく用いられるボルグの指標では「非常にきつい」(19)から「非常に楽である」(7)まで15段階(6〜20)に分けていきます(表2)。RPEは同じ人でもそのときの体調や気分、環境条件、運動の種類によってかなり変動があります。運動をしている最中の主観を把握する指標であり、「きつい」(15)状態が続けば運動を長く続けられません。中間レベルの「楽である」(11)、「ややきつい」(13)くらいを目安にするとよいといわれます。
表2 RPE
PRE

 強度に関して有酸素運動の話が中心となりましたが、筋力強化運動(無酸素運動)も強度への配慮が必要です。負荷が大きすぎれば整形外科系の障害を生じさせるおそれが高まりますし、「いきむ」ことで血圧が上昇するなど心臓血管系への負担も増します。とくに中高齢者の健康づくりを目的とした運動の場合、筋力と筋持久力を高め、心臓などへの悪影響もないレベル、具体的には10回前後の反復が可能な重量負荷(最大筋力の75%程度)がよいでしょう。

●運動を続けるコツ

 もう一つ大切なことは、運動を継続することです。つまり三日坊主になるのをどう防ぐかです。エクササイズにはいろいろなバリエーションがあります。ある目的を達成する方法は一つに限りません。さまざまな運動を試して気持ちに変化をつけるのも、運動の継続には効果があります。

 それから、長続きさせるには、楽しんで行うことも大事です。ジャージを着てスポーツシューズを履かなければできないと思う必要はありません。まずは10分間だけでもやってみる、ときには5分でもいいやという感じで、ともかく続けてみましょう。仲間をつくることも効果的です。友達と話したり、家族といっしょにしてもいいでしょう。

 はげみや目標をもつこともやる気をおこさせてくれます。そこで、定期的に体力測定をすることをお勧めします。こんなに効果があった、体力がこんなについてきたということが数値で出てくれば、もっと続けてみようという気持ちになるはずですよ。

 けがについてもふれておきましょう。健康のために運動をしていてけがをしてしまったら、元も子もありません。けがの予防、つまり、リスク管理は非常に大切です。といっても、数えきれないほどのエクササイズがあり、それぞれの運動におけるけがの予防法も異なってきます。その一つひとつを詳述することはできませんが、いずれにも共通する基本的なことは、自分の体力に応じた強度を知り、やりすぎに気をつけることです。また、十分なウォーミングアップとクーリングダウンをきちんと行うことです。

目的に応じて種類と方法を選ぶ

 健康づくりの運動を、どのような機能を高めるかという目的別に分ければ、主に全身持久力(有酸素運動)、筋力(無酸素運動)、柔軟性の3つになります。ひとことで「健康づくり」といっても、人によって求める内容や必要とされる内容がちがうはずです。自分が目指す健康の要素と、その運動で得られる効果が合致しなくては、健康を手に入れることはできません。この運動の目的と効果という両者の適切なマッチングを非常に意識する必要があります。

 それには、身体運動の基本的な成り立ちを知っておくと、役立つでしょう。全ての運動は筋肉のはたらきで可能になっています。ということは、運動するには筋肉を動かすエネルギーが必要ということになります。そのエネルギーの調達を呼吸で得られる酸素を利用するか否かが、有酸素運動と無酸素運動を分ける基本になります。

 筋肉を動かすエネルギーは、筋肉にあるATP(アデノシン三リン酸)をADP(アデノシン二リン酸)と無機リン酸(Pi)に加水分解することで得られます。しかし、このATPは筋肉中にはわずかしか存在しないため、運動中にATPの分解と再合成を同時に行わなければなりません。この再合成の方法として私たちの体内では、有酸素系(酸化系)、ATP-CP系(非乳酸系)、乳酸系(解糖系)の三つがあり、主に運動の強度によってそのルートの使い分けをしています。運動強度の低いものは有酸素系であり、運動強度が高まればより効率の良いシステムのATP-CP系と乳酸系を活用するのです。

●有酸素運動のしくみ

 ここからは、冒頭にあげた三つの目的で分けた運動それぞれの説明に移ります。呼吸によって酸素を十分に取り込んでATPの分解と再合成を行う有酸素運動は、強度が低くてゆっくりエネルギーを供給すればよい運動です。取り込まれた酸素は血液中のヘモグロビンと結合して筋肉組織に運ばれます。そうして行われるATPの分解と再合成には筋肉細胞の基質中の糖質と脂質を用います。

 この特徴が有酸素運動を行う目的と関係してきます。エネルギー源として脂質を使うため、体内の余分な脂肪を消化し取り除くことになるので、肥満の予防と解消に適しているのです。また、血液循環が良くなるので、肺や心臓が強化され、持久力がついて、全身的体力も向上します。スタミナがあるといわれるような、疲れにくい身体、疲れていても回復が早い身体をつくるのです。

 種目としては、私たちの日常生活でもなじみのウォーキング、ジョギング、スイミングなどです。この運動は筋肉細胞基質の脂質と糖質、それに十分な酸素がある限り、エネルギーは供給しつづけられ、乳酸などの疲労物質も溜まりません。この呼吸循環器系が一定の「定常状態」に保たれていれば、疲れを感じずに楽しめるので、初心者の取り組みやすい運動といえます。

 しかし、だからといって甘くみると、問題がないわけではありません。ふだん運動不足で筋力が低下している人、余分な脂肪がついている肥満気味の人は、比較的軽いと思われがちな有酸素運動でも、運動時に筋肉に大きな負担をかけることになります。たとえばジョギングは、自分の身体(体重)を支えて着地するという動作をくりかえします。この着地衝撃に耐える筋力がないと、膝や足を痛めてしまうことになります。

 有酸素運動は適切な方法で続ければ、酸素の取り込み能力が高まり、運動を長い時間続けることができるようになります。そして、全身の持久力が高まるのです。ウォーキングなどのほか、この分野の運動にはさまざまな種類があります。まずは自分の体力に合った運動からはじめましょう。

●無酸素運動のしくみ

 次は、筋力を強化する無酸素運動についてです。この運動のためのエネルギー供給は、ATP-CP系(非乳酸系)、解糖系(乳酸系)ルートで行われます。前者はもっとも効率の良い供給ルートで、筋肉中に蓄えられているクレアチン・リン酸(CP)をクレアチン(Cr)とリン酸(Pi)に分解して得られるエネルギーを使ってADPからATPを再合成します。効率は良いのですが、筋肉中のCP量はごくわずかしか存在しませんので、このルートは7〜8秒間しかエネルギーを供給できません。全力ダッシュなど最大限の力を発揮する際の運動でしか用いられません。

 次の乳酸系は、筋肉中の糖質(筋グリコーゲン)をピルビン酸に変換しながらATPを再合成します。この過程で代謝物質として乳酸が産生されます。この乳酸が筋肉中にたくさん溜まってくると、筋肉の活動が邪魔され、筋肉は硬く張った、あるいはだるく疲労した状態になります。運動の強度が高まるにつれてこのような感覚を覚えることは、みなさん経験ずみのことと思います。

 さて、筋力強化を目的とした運動に話を戻します。重いものを持ち上げるときのように、息を止めて一気に力を込める筋力トレーニングなどがこれです。筋肉が力を発揮する能力を大きくし、活発に運動するための土台をつくります。健康づくりの運動といえば有酸素運動を中心に考え、この筋力強化運動は二の次にされがちですが、筋力が足りないと日常生活の中のさまざまな動作でさえも過負荷となることもあります。

 立つ・座る・歩く・走る、物を持ち上げる・下ろすといった動作。あるいは、もっと基本的な自分の体重を支える、姿勢を維持する、関節を固定するといったこと―すなわち外力に対抗して動きをコントロールすること―のすべてに、筋力が関与しているのです。生活上の動作は筋肉の収縮による関節運動の組み合わせであり、日常生活を支障なく送るには筋力を適切に保つことが必要不可欠です。1990年に改定されたアメリカスポーツ医学会の運動処方に関する指針でも、筋肉量・筋力の維持・増大を目的とする筋力トレーニングの必要性が示されています。

 この筋力が弱まるとどうなるでしょう? 腹筋力が不足すると腰痛がおきやすくなる、脚力が弱まると膝の痛みが出やすくなります。つまり、筋力は整形外科的疾患と密接な関係があります。老化で膝や腰が痛み出したと思っているケースでも、その原因を考えれば、そうした痛みは自分の体重を地球の重力に抗って支えている筋力が衰えてきた、さらに細かく言えば、その部位の関節を固定する筋力が衰えてきたということなのです。そうであれば、筋力アップのエクササイズで痛みを軽減することも可能だといえます。

 筋力アップのためのエクササイズ(無酸素運動)が有酸素運動に優るとも劣らず重要であることを、もう少し説明しましょう。確かに、有酸素運動は肥満や高血圧といった生活習慣病などの内科的疾患に有効です。しかし、病院の内科にかかる人の数倍から数十倍もの人が、実は整形外科にかかっています。そうした整形外科的疾患の予防や軽減の意味もありますし、単にシェイプアップや肩こり・腰の痛みをとりたいという目的で運動をする人もいます。この人たちは、全身的な持久力・体力を向上させようとして運動する人よりも多いはずです。需要数だけからみても、その重要性を理解していただけることでしょう。

●柔軟性とバランスの重要性

 最後は柔軟性です。柔軟性を高める目的で行われる代表的な運動はストレッチングです。ストレッチをたくさんしたからといって、カロリーをたくさん消費したり、筋力トレーニングのように筋肉を収縮させて筋力を強化するということにはなりません。ストレッチングを「運動」としてとらえるには異論もあるようですが、ストレッチングを中心とした柔軟性の向上は、やはり健康エクササイズに欠かせないものとなります。また、有酸素運動や筋力トレーニングの実施する際のウォーミングアップやクーリングダウンとして、あるいは疲労回復を目的としたエクササイズとしても有益な運動として位置づけられるでしょう。

 柔軟性に関連して、バランスの大切さにもふれておきます。これまでにみてきた三つの全身持久力、筋力、柔軟性のそれぞれはとても重要なのですが、そうした運動を正しいフォームで行ったり、運動効率を高めるためには、姿勢の維持や関節の固定も大切です。高齢者の場合には転倒しない身体づくりという面で身体のバランスを高めることが大事になってくるのです。


<あとがきにかえて>

 運動をしなくなると、人間の身体はどんどん退化していきます。そして、健康にも支障をきたすおそれが出てきます。そうした流れに歯止めをかける意味で、健康に関係する体力とはどういうものなのかをしっかり把握し、適切な運動を選択することが大切になってきます。そこで本増刊では、だれでも気軽に長く取り組める、さまざまなエクササイズを紹介しました。

 健康に支障をきたしたり健康を脅かすものは、内科的疾患と整形外科的疾患に大別できます。前者は生活習慣病が代表的であり、極端な例としては突然死があげられます。肥満であったり、血液中の脂肪分が多いと動脈硬化につながり、心疾患の発症につながります。後者は主に筋力と柔軟性が関係します。筋力が弱かったり柔軟性に問題があると、腰や膝などに痛みが出る原因となります。

 こうした健康を阻害する因子を把握して、それらを除去して行く作業が、健康エクササイズのプログラミング=運動処方になってきます。特定の部位の筋力が弱ければ、その不足分を補います。筋肉の柔軟性が欠けているならば、その改善に最善の処方をするのです。

 本増刊で述べてきた、「その人に合った運動」「その目的に合った運動」を選ぶには、まず、その人に何が不足しているのか、健康を阻害するどんな素因を持っているのかチェックすることからはじめなくてはなりません。最適の運動が決まったら、次はその強度、頻度、期間などを考えます。

 肥満を解消したいのであれば、脂肪を効率よく減らせる有酸素運動を選びます。さらにその人の体力レベルに合った有酸素運動の種類や強度を選択します。膝の変形性関節症になった人やその素因をもっている人であれば、大腿部の筋力の強化がカギとなるでしょう。その痛みの緩和や予防には十分な筋力や柔軟性が必要なので、その人の筋力や痛みの度合いに合わせた筋力トレーニングを行うことになります。

 その人にとって健康阻害因子が何なのかを知るのが体力テストでありメディカルチェックです。米国で提唱された、この健康に関連する体力テストの要素としては、全身持久力、筋力、柔軟性、身体組成の四つがあげられています。本増刊では、全身持久性、筋力、柔軟性にバランスを加えたものを健康増進に必要な要素として、それらを高めたり、改善したりする方法を紹介しました。健康づくりのための自分に合った運動を選ぶ際には、これらの健康に関連した体力要素のどれが足りないのかをテストし、その結果に応じて運動を選択すればよいでしょう。

 体力テストは、いずれも、現場で簡単に行えるものがよいでしょう。具体的には、全身持久性は踏み台昇降など、すでにウォーキングやジョギングをしている人ならば12分間走や競歩など、さらに自転車エルゴメーターによるテストなどもあります。それらは運動を段階的な強度で行った際に心拍数がどれくらい上がるかをみることで、最大酸素摂取量を推定して、全身持久性のレベルを評価します。

 筋力は健康とのかかわりでいえば足腰が大事なので、脚筋力と体幹筋力が主な測定項目です。脚筋力は立ち上がりテストで大腿脚筋力の推定が可能です。体幹筋力は、腰痛とのかかわりをみることも含めて上体起こしテストが簡便な方法としてよく用いられます。

 これらのテスト結果をもとに、能力不足を強化します。評価表のこの項目が低い人は腰痛になりやすいから改善しなさいとか、高脂血症、高血圧といった疾患ごとに、いわば、バッテリーテストを変えます。まずは時間をつくって、このようなテストを試してみてください。

 問題が明らかになったとして、次に大事なのは正しいプログラミングをするということです。ただ単に楽しいからとか、たまたま近くにスイミングクラブがあるので、マシンがかっこいいから、ちょっとウエイトトレーニングをやってみたくなったので―という理由ではじめるのも、きっかけとしては悪くありません。しかし、これでは自分に本当に必要な運動をいつまでも行わずにいるおそれがあります。早い時期に一度、テストをして、それをもとにプログラムを組み直すべきでしょう。

 ただし、現実には正しいプログラミングの指針となるような情報が不足しています。各体力要素ごとに、それを改善するための具体的な運動が整理紹介された書物も少ないように思います。本増刊はそのような情報の一つになるように願って編集されたものです。本増刊を活用して楽しくかつ有効な運動を選んでいただきたいものです。

 もう一つの難点は、何が必要なのかが基本的に頭でわかったとしても、いざ健康に関係する体力の改善に向けて体力テスト、運動処方を行おうとしたとき、はたしてその全てが一人でできるかということです。ましてや運動の初心者であれば、なおさらです。それは、事実上不可能です。理想的には、指導してくれる専門家が存在し、指導システムにもとづいて運動を実践できることが望ましいといえます。

 確かに、いろいろな運動施設にはフィットネスインストラクターやトレーナーがいて、アドバイスしています。しかし、運動施設のフィットネスインストラクターは、その施設の利用者に施設内に設置されたマシンや器具などを用いてできる運動の範囲で指導することが多いといえます。施設から離れて屋外のサイクリングやジョギングなどを指導するようなケースはきわめて少ないでしょう。さらに、さらに健康に関連する体力を評価して、プログラミングする能力を持った指導者も、現状では残念ながらあまりいません。今後開拓が待ち望まれる分野といえるでしょう。

赤字は山本担当分。