公認アスレティックトレーナー専門科目テキスト1
 アスレティックトレーナーの役割

日本体育協会、2007年発行、3100円

山本担当部分は目次の下にあります。

A.アスレティックトレーナーとは

イントロダクション

1 アスレティックトレーナー制度の歴史

2 わが国のアスレティックトレーナーの歴史

 1.日本体育協会公認スポーツ指導者制度
  a.公認スポーツ指導者制度の制定
  b.文部科学大臣事業認定
  c.公認スポーツ指導者制度の改定
 2.日本体育協会アスレティックトレーナー養成事業
  a.養成事業が始まるまで
  b.養成事業の実施
  c.アスレティックトレーナーマスター
  d.公認アスレティックトレーナー研修会
  e.アスレティックトレーナー連絡会議
  f.養成講習会カリキュラムの改訂

3 諸外国におけるアスレティックトレーナーに相当する制度

 1.米国における制度(NATA・WFATT)
  a.NATA
  b.WFATT
 2.カナダにおける制度(CATA)
  a.カナダのトレーナー制度
  b.CATAの歴史
  c.アスレティックセラピスト(CAT(C))とは
  d.(CAT(C))への道
  e.(CAT(C))認定校
  f.CATA筆記試験と実技試験のガイドライン
  g.資格維持のために
 3.ヨーロッパ、韓国における制度(プロサッカー)
  a.ドイツプロサッカーリーグ(ブンデスリーガ)
  b.フランスプロサッカーリーグ(リーグアン)
  c.イギリスプロサッカーリーグ(プレミアシップ)
  d.韓国プロサッカーリーグ(Kリーグ)

B.アスレティックトレーナーの役割

1 アスレティックトレーナーの任務と役割

 1.競技スポーツにおけるコンディショニングの専門家へのニーズ
 2.日本におけるアスレティックトレーナーの役割の推移
 3.日本体育協会アスレティックトレーナーの役割
 4.アスレティックトレーナーの具体的業務
  a.スポーツ外傷・障害の予防
  b.スポーツ現場での救急処置
  c.アスレティックリハビリテーション
  d.健康管理に関する記録の作成と管理
  e.教育
 5.アスレティックトレーナーの役割を果たすために必要な知識と技術
 6.アスレティックトレーナーの資質

2 アスレティックトレーナーの業務

 イントロダクション
 1.スポーツ外傷・障害の予防
  a.身体的因子
  b.環境的因子
  c.心因的因子
 2.スポーツ現場における救急処置
  a.傷害の評価と適切な救急処置
  b.内科的疾患に対する救急処置
  c.緊急時の救命処置
  d.スポーツ現場における救急体制の確立と緊急時の対応計画の作成
 3.アスレティックリハビリテーション
  a.アスレティックリハビリテーションの目標
  b.関係職種
  c.実施機関、場所
  d.流れと内容
 4.コンディショニング
  a.コンディショニングの概念
  b.コンディショニングの目的
  c.各スタッフとの連携
 5.検査・測定と評価
  a.測定と評価とは
  b.測定と評価のプロセス
  c.測定と評価に必要な能力
 6.健康管理と組織運営
  a.健康管理
  b.組織運営
 7.教育的指導
  a.競技者の自己管理能力の教育
  b.スポーツ現場に精通したスポーツ医科学の専門家として

3 アスレティックトレーナーの活動

 1.合宿、遠征、試合
  a.合宿
  b.遠征
  c.試合
 2.海外遠征
  a.出発前の準備
  b.移動・輸送計画
  c.現地での生活
 3.競技別アスレティックトレーナー活動
 (a)陸上競技(スリーステーションサポートシステム)
  a.スリーステーション制とは
  b.トレーナーステーションの運営
  c.準備施設
  d.スタジアム救護班
 (b)テニス(トーナメントトレーナー)
  a.テニストーナメントにおける医事体制
  b.トーナメントドクター
  c.トーナメントトレーナー
  d.トーナメントトレーナーの選出
  e.トーナメントトレーナーの選出基準
  f.トーナメントトレーナーに必要な知識および技術
  g.トーナメントトレーナーの業務
  h.トーナメント前の準備
  i.トーナメントトレーナー・チーム
  j.トレーナー室の設置(設備、備品の確保)
  k.安全対策
  l.トーナメント中の活動
  m.メディカルタイムアウト(MTO)
  n.MTOにおけるトーナメントトレーナーの対応手順
  o.トーナメント終了後の活動
 (c)ラグビーフットボール(メディカルサポーター制度
  a.メディカルサポーターの認定講習会受講資格
  b.メディカルサポーターの役割
  c.メディカルサポーターの服装
  d.メディカルサポーターの持ち物
  e.メディカルサポーターの応急処置
  f.創傷の処置
  g.負傷の程度の判断
  h.給水係による水分補給
  i.トップリーグでの安全対策
 (d)サッカー(日本代表チーム)
  a.日本代表チームの活動
  b.日本代表チームのアスレティックトレーナーについて
  c.日本代表チームのアスレティックトレーナー業務の原則
  d.アスレティックトレーナーの業務
 (e)冬季競技
  a.スピードスケート
  b.フィギュアスケート
  c.ショートトラック
  d.スキー フリースタイル
  e.スキー ジャンプ

C.医科学スタッフとの連携・協力

1 医科学スタッフの構成と役割

 1.アスリートをサポートするスタッフ
 2.医学スタッフの役割
  a.ドクター
  b.アスレティックトレーナー
  c.理学療法士
  d.栄養スタッフ
  e.メンタルコーチ
  f.マッサージ師、鍼灸師、柔道整復師
 3.科学スタッフの役割
  a.スポーツ戦術・技術分析スタッフ
  b.トレーニングスタッフの役割
 4.競技実行のためのスタッフ
  a.マネージャー
  b.競技団体
  c.スポーツ用具スタッフ
  d.通訳
  e.スポンサー
 5.医学スタッフとコーチ、競技者との関係
 6.科学スタッフとコーチ、競技者との関係
 7.医学スタッフと科学スタッフの連携
 8.医科学スタッフとコーチの関係
 9.医科学スタッフと競技者との関係
 10.医科学スタッフと競技実行のためのスタッフとの関係
 11.スポーツ現場におけるアスレティックトレーナーの役割

2 スポーツドクターとの連携・協力

 1.スポーツドクターの役割
 2.チームスポーツ
 3.大会サポート

3 コーチとの連携・協力

 1.コーチの役割
  a.所属するチームでの役割
  b.海外競技会の派遣チームにおいての役割
 2.アスレティックトレーナーとの連携
  a.アスレティックトレーナーとの役割の分担
  b.アスレティックトレーナーに求められる資質

D.組織の運営と管理

イントロダクション

1 アスレティックトレーナーの組織と運営

 1.アスレティックトレーナーチーム
  a.組織
  b.アスレティックトレーナーチーム
  c.職務
  d.アスレティックトレーナーチームの編成
  e.リーダーシップ
  f.人材の育成
 2.活動現場の運営計画(目的と方針)
  a.トレーナー室のレイアウト
  b.設備、備品の選択と管理
  c.予算の計画と管理
 3.運営計画と安全対策
  a.サポート体制
  b.安全管理体制
  c.安全対策

2 競技者のコンディショニングに対するデータの管理

 1.データ管理の必要性とその方法
  a.データ管理の必要性
  b.データ管理の方法
 2.データの収集と管理
  a.データの収集
  b.データの管理
 3.各種記録フォーマット

E.アスレティックトレーナーと倫理

1 アスレティックトレーナーの目的と社会的立場

  a.アスレティックトレーナーの目的
  b.アスレティックトレーナーの定義
  c.アスレティックトレーナーの社会的立場
  d.アスレティックトレーナーを取り巻く環境

2 社会と秩序

  a.インフォームド・コンセント
  b.ハラスメント

3 アスレティックトレーナーの倫理

  a.秘密保持義務・個人情報の保護
  b.現場実習でのアスレティックトレーナー実習生の注意事項

4 医療関係法規

  a.医療関係法規
  b.薬事法規
【参考資料編】
 NATAの倫理要領
 個人情報の保護に関する法律(抄)
 医師の倫理
 日本看護協会が定める看護者の倫理綱領
 社団法人日本理学療法士協会倫理規程
 国際コーチ連盟の定めるコーチの倫理規定
 ヒヤリ・ハット事例収集事業の実施について

5 アスレティックトレーナーと法的諸問題

 1.アスレティックトレーナーの役割を確認する重要性
 2.アスレティックトレーナーの仕事と資格
 3.アスレティックトレーナーの身分(契約形態)
 4.責任
 5.安全配慮義務・注意義務の内容
 6.リスク管理
 7.アスレティックトレーナーの倫理
 8.参考判例

索引

赤字は山本担当分。


(山本担当分)

アスレティックトレーナーの役割

1 アスレティックトレーナーの任務と役割

1.競技スポーツにおけるコンディショニングの専門家へのニーズ

 競技スポーツの最も大きな目的は、競技成績の獲得すなわち究極は競技に勝つことである。その目的を果たすために、競技成績を向上させるための体力の強化や競技技術の習得など、勝つための方策を常に模索しながら多大な努力を惜しみなく続けていく。その目標達成に対するモチベーションが高くなればなるほど、競技者や指導者には、どうすれば強くなれるか、勝てるかという究極の方法を求める度合いも高くなる。

 これまで競技者やコーチが工夫を重ねてきた競技力向上の方法は、主に競技力に直結する体力や競技動作の向上のような、ポジティブな面のコンディションの向上を目的としたものが中心であった。しかし、単純に練習の量を増やし、トレーニングの質を高めれば、それに伴って競技者の身体の疲労は蓄積しやすくなり、練習中の傷害発生の危険性も増してくることになる。また、競技レベルが上がるに伴い試合数も多くなり、遠征も増え、技術が高度化し、相手のフィットネスレベルが高くなるにつれて、それに対応するための運動負荷強度は当然高くなるなど、競技環境はますます厳しくなるため、疾病やスポーツ外傷・障害のようなスポーツ医学的な問題によるコンディションの低下、すなわちネガティブな面による影響が増えてくる。すると、ポジティブな面のコンディショニングを積極的に行うことが困難となり、高めた競技能力を実際の競技の場面で思うように発揮できない場面も生じてくるため、いかに競技者のネガティブな面のコンディショニングを管理していくかが、競技力向上を目的とした競技者の強化には重要な鍵になってくる。より疲労しにくい身体づくりをし、傷害をいかに早く回復させるか、目標とする試合に向けていかに良好なコンディションにするかを競うことが求められてきたのである。

 競技者のコンディションを最良な状態に保つためには、競技者自身やコーチが最大の努力をすることはいうまでもない。しかし、近年の競技レベルの高度化、競技環境の変化、スポーツ医科学の発展が進む中、競技者自身やコーチがトータルなコンディショニングの管理を片手間に行える範疇ではなくなってきている。

 このような背景から、競技者の競技能力(体力・技術・才能・素質など)をよりいっそう高めるためのポジティブな面のコンディショニングに併せて、特に競技者の外傷・障害・疾病・疲労などのような、競技成績に対するネガティブな影響をできる限り少なくするためのコンディショニングを実施する専門家として、アスレティックトレーナーへのニーズが高まってきたといえる。

2.日本におけるアスレティックトレーナーの役割の推移

表I-B-1
(表I-B-1)

 競技者のコンディションをより良好な状態にする役割は、わが国においてもかなり古い時代から行われていた(1930年前後)。それは主に競技者へのマッサージであり、1964年の東京オリンピックにおいて約100名のトレーナーが参加したことを境にマッサージ師の資格を有する人たちがトレーナーとして徐々にスポーツ界に浸透していった。日本のスポーツ界にトレーナーとして最初の存在を示したのは、鍼灸・マッサージ・指圧などによりスポーツ外傷の治療や疲労回復などを行ったことであり、それが主な役割であった。同様に、諸外国ではヨーロッパにおいても、マッサージを主に行うマッサーがスポーツにおいて広く認められている。

 そのマッサージを中心とした活動の流れに変化を与えたのは、野球やアメリカンフットボールの米国チームの来日と同時にその存在を知ることになった米国のトレーナーである。米国におけるトレーナーは正式にはアスレティックトレーナーと呼ばれ、その役割はかつての日本のトレーナーやヨーロッパのマッサーのようにマッサージを中心としたものではなく、スポーツドクターとの緊密な連携の下に、スポーツ外傷・障害の予防、救急処置、リハビリテーション、再発予防を総合的に管理するための教育を受けていた。この米国におけるアスレティックトレーナーの役割およびその教育システムが日本に紹介されたのは、日本に本格的にテーピングが紹介された1975年頃である。特にこのテーピング技術の普及は、日本におけるアスレティックトレーナーの役割に対する認識を大きく変えるきっかけとなった。また、テーピング以外にも、応急処置としてのアイシング、ストレッチングが本格的に紹介されたのもこの時期であり、1975〜1980年の5年間に米国のスポーツ医学の文化が一気に日本に浸透したといっても過言ではない。これらを契機に日本におけるアスレティックトレーナーに対する認識にも変化が生じ、その後のスポーツ医学の隆盛も相まって、トレーナー自身が保有する資格の範囲内での活動に限らず、米国のアスレティックトレーナーのようなスポーツ医科学全般の活動を目指す者が増加してくるようになる。

 競技者の医科学サポートにかかわる社会環境も急激に発展し始めた。1980年には日本で初の「スポーツ整形外科」が関東労災病院に誕生し、以降スポーツ整形外科やスポーツ外来、スポーツ診は全国に普及し始める。1982年には日本体育協会公認スポーツドクター制度が発足し、1983年には競技者のためのリハビリテーション研究会が発足した。この動きにより、スポーツドクターとスポーツ環場の距離が近くなり、スポーツドクターとともに病院内に勤務する理学療法士も競技者にかかわるものが増え、すでにトレーナー活動を行っていたり、興味を持っていた鍼灸・マッサージ師、柔道整復師、体育系大学出身者など、さまざまな資格を有する者たちが競技者をサポートするという共通の目的を持って、積極的に情報収集や意見交換を行うようになった。このことは、アスレティックトレーナーの役割の一つであるアスレティックリハビリテーションの重要性の認識と普及を急速に発展させ、さらに競技者をとりまくスポーツ医科学スタッフの協力体制の基盤となるネットワークづくりにも大きな貢献を果たした。

 各競技団体においてもトレーナーの組織化が進み、独自に会議、研修会、育成などを行うようになる。特に上記のごとくスポーツドクターとの協力体制が築かれたことから、1990年前後よりいくつかの競技団体において、スポーツドクターで編制される各競技団体内の医事委員会あるいは医科学委員会の下部組織にトレーナーの部会を置く動きが出てきた(1989年日本陸上競技連盟、1990年日本サッカー協会、1991年日本バスケットボール連盟)。これらの各組織内に存在するトレーナーたちが中心となり、トレーナーを対象としたスポーツ医学セミナーやトレーナー講習会、トレーナー会議などを開催して、各競技団体におけるトレーナーに対する認識も高まってきたといえる。

 このような競技団体の活動は、各競技の特性を踏まえたコンディショニングの方法を進歩させることにもつながった。また、アスレティックトレーナーの存在は、日本代表チームの競技力向上のための医科学サポートを行う上で競技者とドクター、競技者とコーチ、ドクターとコーチの間の円滑な連携を取り持つパイプ役としての役割が重要であることも認識できるきっかけとなった。さらにアスレティックトレーナーの役割を再認識させる契機となった特筆すべき事例をあげるなら、日本陸上競技連盟のトレーナー部が1990年から導入した競技会時の医科学サポートシステムである「3ステーション制」(後述の)陸上競技(スリーステーションサポートシステム)の項参照)であろう。同連盟のトレーナー関係者たちは1980年前後より競技会時にトレーナーが常駐して競技者が誰でも自由に利用できるコンディショニング・サービスコーナーを設置して、テーピングやマッサージを中心に行っていたが、米国の競技会のトレーナー活動を参考にして、@メディカルステーション、Aトレーナーステーション、Bスタジアム救護ステーションの3つのセクションに分けた。従来のテーピングやマッサージ中心の活動から、メディカルステーションを置くことでドクターとの連携が保たれ、トレーナーステーションではマッサージのみならず、予防的な観点からの競技者のコンディショニングの教育をも行い、スタジアム救護ステーションは競技場内で起こりうるアクシデントに備えて救急処置の配備と緊急時の安全対策を計画することの必要性を重視することになった。これらの活動は、競技者のみならず大会関係者や指導者らにもアスレティックトレーナーの任務と役割を大きく再認識させるものとなった。

 以上のように、日本におけるアスレティックトレーナーの役割の推移を長い歴史の中でその活動の内容から推察すると、最も長い歴史を有するマッサージを中心とした活動の流れに、米国のアスレティックトレーナーの流れが加わり、スポーツ医科学の発展と競技スポーツの高度化に相まって、現在のように競技者の外傷・障害・疾病などに伴う影響を可能な限り少なくするようなスポーツ医科学全般からの働きかけを、多角的に他の専門家と連携しながら行うようになったと考えられる。

 F1レースを例にあげれば、レースに勝つためにはエンジンの性能だけではなく、燃料の質、タイヤの耐久性、タイヤ交換のスピード、ドライバーの技術などに至るまで、競技成績を左右するさまざまな要素についてトータルマネージメントしないと勝てないという考えが浸透してきたといえる。また、その考え方はF1レーシングカーのみならず、一般大衆車にも通じる。つまり、競技力向上と傷害予防を最終目標とする競技者へのサポートは、マッサージ(あるいはテーピング)のみならず、幅広い多角的なアプローチをする必要性があることが広く認識された結果であるといえる。

3.日本体育協会アスレティックトレーナーの役割

 日本体育協会ではスポーツ医学の知識を十分に備えた医師の必要性を感じ、1982年に日本体育協会公認スポーツドクターの養成を開始した。アスレティックトレーナーの養成については、その必要性は誰しもが認識していながらも、具体的な役割や対象者、あるいは医療関係の法律的な問題もあり、資格の認定が遅れていた。しかし、競技スポーツの現場では競技力向上を目指すためのハイレベルなトレーニングや競技会などの影響によるスポーツ傷害も後をたたず、医学的診断、治療を行うドクターと、技術面、戦術面の指導を担うコーチの間を取り持つパイプ役となるアスレティックトレーナーの必要性は高まる一方であった。従来、日本では米国のNATA(全米アスレティックトレーナー協会)公認アスレティックトレーナーのような公認トレーナー制度がなく、その養成機関も存在しなかった。日本体育協会はこのような現状認識のもとに、日本でのトレーナー制度を確立すべく、1994年より同協会の指導者養成事業としてアスレティックトレーナー制度を発足させた。もともとさまざまな資格や立場が混在し、レベル差が大きい日本の「トレーナー」に一定の基準を設け、基礎知識・技能の面でベースとして共通の物差しで競技者のサポート活動ができるようにという考えで始まった制度である。

 日本体育協会アスレティックトレーナー養成計画によれば、その役割は「本会公認スポーツドクター及び公認コーチとの緊密な協力のもとに、スポーツ選手の健康管理、傷害予防、スポーツ外傷・障害の応急処置、リハビリテーション及び体力トレーニング、コンディショニングなどを担当する」とされている。すなわち、日本体育協会の養成するアスレティックトレーナーは、医学的診断、治療を行うドクターと、技術面、戦術面の指導を担うコーチとの間を取り持つパイプ役となり、緊密な協力のもとに競技者の傷害予防、救急処置、リハビリテーションなどの幅広い健康管理を行う医科学サポートスタッフとして活躍する。アスレティックトレーナーは、競技者のコンディションを最良の状態にするための環境をつくる、スポーツ現場のコーディネーターとして、さまざまなスポーツ医科学の領域に精通していることが望まれる。

 また、2003年に発足された専門科目のカリキュラム改訂作業班では、表I-B-2の7項目を本会アスレティックトレーナーの役割とし、この7項目について高度な知識と技能を備え、スポーツドクターおよびコーチとの緊密な協力のもとに、競技者の競技活動を支えるスタッフであるとした。

表I-B-2 アスレティックトレーナーの役割
 ・スポーツ外傷・障害の予防
 ・スポーツ現場における救急処置
 ・アスレティックリハビリテーション
 ・コンディショニング
 ・測定と評価
 ・健康管理と組織運営
 ・教育的指導

4.アスレティックトレーナーの具体的業務

 アスレティックトレーナーが行う具体的業務を大別すると、a.スポーツ外傷・障害の予防、b.スポーツの現場での救急処置、c.アスレティックリハビリテーションの三つに分けることができる。

a.スポーツ外傷・障害の予防

(表I-B-3、図I-B-1)
表I-B-3
図I-B-1

 スポーツ外傷・障害の予防を行うためには、傷害発生の原因となる要因を把握して、競技者の有する傷害発生要因の影響をできる限り少なくするような改善策を検討することが必要となる。特定の筋力が不足していたり、左右の筋力のバランスが悪い、柔軟性が低下している、フォームが適切でない、シューズが合っていないなど、傷害発生の原因となる問題点を見つけ出し、改善することが傷害の予防には重要となる。これらの傷害発生の根本的な問題を解決しないで対症療法(傷害が発生してからの治療)に終始する限り傷害は何度も繰り返す可能性が高いといえよう。

 大きな川から流れてくるゴミをスポーツにおけるケガと考えれば、川の下流で流れてくるゴミを常に拾う作業に明け暮れているだけでは、川はきれいにならない。上流に行って、ゴミの出る原因をつきとめ、ゴミが出ないような努力をしなければならない。ケガをしたら、どう治すかも大事だが、なぜケガをするのか? ケガをしやすいのはどのような状態か?(傷害発生メカニズム)を把握し、どうしたらケガをしにくいか?(予防対策)を検討することが必要である。このようなスポーツ外傷・障害に対する予防的なアプローチは、競技者をサポートする多くの医科学スタッフ(ドクター、理学療法士、科学者、鍼灸・マッサージ師など)の中でも、アスレティックトレーナーが最も積極的にかかわれる立場にある。

 アスレティックトレーナーは、必要に応じて競技者に必要な予防対策を検討するためにスポーツ傷害と関連のある要因を測定評価し、これに基づいて競技者に適切なコンディショニングの方法をアドバイスしたり、コーチと協力して、傷害の予防を目的として基礎体力作りの基本である筋力、柔軟性、持久性、敏捷性の向上などをバランスよく含んだシーズン前、シーズン中、シーズンオフのコンディショニングプログラムを実施する。

 この他、シューズなどのようなスポーツ用具やヘルメットなどの防具のチェックと選択、サーフェイスを含む練習環境の定期的な点検などを行う。また、傷害予防のためにテーピングを行うことや、ブレースやマウスガードを選択したり作成したりすることも重要な仕事の一部である。さらに気温・湿度などの環境因子を定期的にチェックし、暑熱障害予防のためにコーチに練習の延期あるいは中止についてアドバイスする。

 傷害の予防にかかわるコンディショニングに関しては、スポーツに精通したアスレティックトレーナーが専門的な立場で、積極的なかかわりを持たなければならない。

b.スポーツ現場での救急処置

 アスレティックトレーナーは、スポーツ医科学チームのメンバーとして傷害が発生した時点で最もその現場に近いところにいる。このためアスレティックトレーナーは、傷害を正しく評価できる能力を有していなければならないし、それに対して最も適切な救急処置を行えるだけの能力を有していなければならない。このため、アスレティックトレーナーとなるためには、救急法および救命処置としての心肺蘇生法の能力が必須とされている。

 スポーツ現場における緊急事故の際には、医師がいないことも多く、その場に居合わせた人が救命処置を施す必要性がある。特に心停止や呼吸停止の場合には、機能停止後の数分間の処置が蘇生率を大きく左右するため、救急車の到着を待つのではなく、心マッサージや人工呼吸などの救命処置、いわゆる心肺蘇生法cardiopulmonary resuscitation(CPR)を現場にいる者が直ちに行わなければならない。このような緊急事態は予期せぬときに発生することが多いため、アスレティックトレーナーは適切なCPRをいつでも迅速にかつ正確に行えるよう、平素から訓練を重ね、熟練しておくことが必要である。

 現場での救急処置に引き続きアスレティックトレーナーが行わなければならないことは、傷害を受けた競技者をドクターのもとに送り、正確な診断を受けさせ、治療プログラムや傷害を悪化させないための保護の方法についてドクターから指示を受けることである。また、アスレティックトレーナーによる傷害の発生状況および初期の症状などについての情報伝達は、ドクターが正確な診断を下す上で非常に重要な要素となる。


c.アスレティックリハビリテーション

 競技者の傷害後のリハビリテーションは、日常生活へ復帰を目標としたメディカルリハビリテーションとは異なり、その目標は専門的な競技活動への復帰である。したがって、競技活動を行うためのハイレベルな身体機能を回復させることが必要とされる。アスレティックトレーナーは、可能な限り短期間でより効率よく機能回復と体力の維持ができるようなプログラムを処方する。その際、ドクターの医学的な指示に従い、必要に応じて理学療法士と協力体制を持つことが重要である。

 ドクターからの指示に従ってアスレティックトレーナーは、温熱療法、寒冷療法、電気療法、マッサージ療法などの理学療法を用いて傷害の治療を行う。また治療を継続しながら、傷害の種類、回復状態などに合わせて種々の運動療法のテクニックを用いて関節可動域、筋力、筋持久力、全身持久力などの回復のためのリハビリテーションを指導する。また、競技者の競技復帰の可否の決定権をもつドクターに対して、アスレティックトレーナーの立場からアドバイスをすることも重要な仕事である。

 アスレティックリハビリテーションの期間内には、ドクターの医学的管理下の内容から徐々に、より競技動作に近いトレーニングヘ移行し、特に競技復帰直前の最終段階では、スポーツ現場の監督やコーチの管理に強く影響を受ける内容へと変わっていく。その際、アスレティックトレーナーは、ドクターサイドとスポーツ現場の指導者サイドの両者の間に立ち、競技者の安全で早期の競技復帰が円滑に進められるように、微調整をしながらプログラムを管理していく。ドクターは通常の練習やリハビリテーショントレーニングの場に立ち会えないので、アスレティックトレーナーが競技者のトレーニング中の自覚症状や動作観察などの機能評価を現場の指導者と情報交換しながら最終的な競技復帰の可否に必要な情報を収集することが必要となる。特に復帰直前の最終段階では、競技者個々の身体特性や各競技の特性も考慮し、再発予防しながらより負荷が高く、受傷リスクの高い動作へと段階的に行わせることが大切である。

 その他にも、アスレティックトレーナーの主な業務としては、以下のものなどがあげられる。

d.健康管理に関する記録の作成と管理

 メディカルチェックや体カテストの結果の管理はもとより、傷害の発生状況、救急処置の実施状況、治療およびリハビリテーションの実施状況など、各競技者の健康状態などを含む個人情報記録やファイルを作成し、管理する必要がある。特に傷害の発生状況を分析することにより、傷害とかかわりの深いトレーニング内容や練習環境、用具・防具の適合性などをチェックすることができる。特に競技者個人の身体的な記録の管理については、個人情報保護法との兼ね合いも含めてその取り扱いには十分な注意が必要である。また、日々のテーピング利用状況とその消耗品の使用状況なども、予算管理の観点からもしっかりと記録管理することが大切である。これらの記録・管理は監督やコーチに報告したり、チーム運営側に活動報告と予算申請をする際には必要不可欠である。

e.教育

 適切な栄養摂取や体重の減量・増量についてアドバイスしたり、特に傷害を受けた競技者の心理的問題に対してカウンセリングしたり、ドクターからの医学的な注意点をわかりやすく解説したりと、競技者に対して教育的な指導を行う機会が多い。また、コーチ、競技者がスポーツ医・科学に対して正しい認識を持つことができるように教育したり、学生トレーナーが職業としてのトレーナーの業務に従事できるように指導・教育することも重要な仕事の一部である。

 スポーツ現場におけるアスレティックトレーナーの役割は、競技者がベストコンディションで競技できるように努めることには違いないが、競技者自身による身体の管理が最も重要であり、アスレティックトレーナーはそれをサポートする役割であるべきである。したがって、競技者の健康管理に間違いがあったり、他人に依存する気持ちが強かったりするならば、正しい方向に指導することが必要である。競技者自身も、アスレティックトレーナーはマッサージする人であり、疲れたらアスレティックトレーナーに身体をゆだねればよいという考え方が当然のように認識されていることも少なくなく、クーリングダウンもせずにマッサージを求める競技者や疲労や痛みが出れば、すぐ治療を求める競技者も多い。そのような傾向は、競技者側だけの問題ではなく、それを教育する役割であるアスレティックトレーナーの責任でもある。競技者の自己管理に対する意識の改革で、大幅にケガが減ったという実例もある。なぜ、毎回同じ部位にケガをしたり、疲労しやすかったりするのか? を指導・教育してやることが重要であり、筋力強化や柔軟性の改善、フォームの修正など、原因に応じた再発予防の対策を考えさせることが必要である。競技者の要望通りに、常に痛みや疲労の対処療法を行っているだけでは本質的な競技者のサポートとはいえない。最も多くの時間、自分の身体に接している競技者自身が自己管理を心がけ、自分の身体を把握することが大切である。それを指導するのが競技者の教育である。

5.アスレティックトレーナーの役割を果たすために必要な知識と技術

 アスレティックトレーナーが前述の多くの役割を果たすために必要な知識は、直接的に必要となるアスレティックトレーナーとしての技術に関する知識を除けば、以下の3つに大別される(図1-B-2)。

図I-B-2

 第1は競技に関する知識である。競技スポーツにはさまざまな種目があり、各競技によって、運動の形態、ルール、必要な体力や動作などは異なる。競技者の体力は各競技の運動特性に応じて特異的に発達することが知られている。アスレティックトレーナーは、各競技を行う上で必要となる種目特有の体力要素(いわゆる専門的体力)や運動・動作の様式(特有の動作)を十分に把握しておく必要がある。また、使用する道具や防具、ウェア、シューズ、練習環境やトレーニングの内容など競技者が競技を行う上で身体に影響を与える多くの要素について、豊富な知識をもっておく必要がある。

 第2はスポーツ科学に関する知識である。特に人の身体機能に関連したトレーニングおよび競技力向上のための科学は、アスレティックトレーナーのさまざまな業務を遂行する上で必要不可欠な知識である。トレーニング科学、スポーツ心理学、バイオメカニクス、栄養学、運動生理学などの知識をベースに、トレーニングや健康管理に応用していく。

 近年のスポーツ科学の発展は目覚しく、トレーニングに関する理論や、バイオメカニクス面からの分析に関する知識については、最新の知見を整理しておく必要がある。

 第3はスポーツ医学に関する知識である。生理学や解剖学などの基礎医学をベースとして、運動機能とのかかわりで理解する機能解剖学、スポーツ外傷・障害の発症メカニズム、理学療法などの幅広い知識が必要である。

 特に機能解剖学はアスレティックトレーナーに必要な知識として重要なものの一つである。運動機能との関連からみた解剖学である。テーピングでも、ただ単に教科書通りの方法で、しわなく綺麗に巻ければよいのではない。傷害の部位や競技の特性、形態的特徴などに応じて巻き方を考慮する必要がある。そのためには、関節の動きや動作特性、靱帯の位置、付着部、機能などを熟知していなくてはならない。同様なことはストレッチングについてもいえよう。各スポーツにおいて頻繁に使われる筋、あるいは疲労しやすい筋をあらかじめ把握しておく必要がある。また、目的とする筋群を伸ばすためには、筋肉の起始、停止を踏まえた上で、どのような姿勢で、どのような関節運動を介して行うのが効果的なのかを理解しておく必要がある。このように、テーピング、ストレッチング、フォームの修正、あるいは筋力トレーニングなどを正しく実践するためには、人のからだの仕組み、すなわち機能解剖学を学ぶことが重要である。

 また、コンディショニング、アスレティックリハビリテーション、ドーピングなどに関連した必要知識は年々進歩しているので、常に情報収集することを怠ってはならない。


 以上のように、アスレティックトレーナーは、その役割を果たすための業務を遂行するために多くのスポーツ医科学と競技力向上に関する幅広い知識と技術を必要とする。

 日本体育協会公認アスレティックトレーナーの養成講習会では、表1-A-11、13に示されるような、共通科目20科目152.5時間、専門科目10科目600時間、合計30科目752.5時間に及ぶ教育カリキュラムが定められている(これ以外にも現場実習180時間が加わる)。

 しかしながら、アスレティックトレーナーに必要とされる能力は、机上の学習で養った知識や技術のみでは不十分である。なぜなら、人を対象としての働きかけをする仕事であるがゆえに、競技者の身体的な特徴や、モチベーションの度合い、体調の変化によって、トレーニングの質や量、ストレッチングやテーピングの方法や強度、実施するタイミングなど、より効果的に行うための調整が非常に重要となるからである。いうなればさじ加減が必要となる。また、活動する施設(グラウンド、体育館、トレーニングルーム、リハビリテーションルームなど)や存在する器具の充実度、あるいは指導者の理解の度合いなどにより、必ずしもアスレティックトレーナーが活動しやすい環境が整っているとは限らない。アスレティックトレーナーは、競技者の状況を的確に察知してアプローチの方法を微調整する応用力と技量が必要であり、その能力は現場での莫大な経験なしでは培えない。

 アスレティックトレーナーは、競技者のコンディションを最良にするための環境をつくるコーディネーターとして、競技者とドクター、競技者とコーチ、ドクターとコーチの間の円滑な連携を取り持つパイプ役としての役割が重要である。また、競技者にコンディショニングの重要性を教育・指導する役割もある。そのためには、円滑な人間関係を築き、間違った考えや行動を正したり、信頼関係を構築していくための巧みなアプローチが必要とされ、その場に応じた間合いや段取り、巧みな話術などが求められる。つまり、アスレティックトレーナーは、アスレティックトレーナーに必要な知識や技術と同等にコミュニケーション能力やコーディネート能力を身につけることが重要である。これらの能力も、まさしく実際に競技者や指導者に接してトライアンドエラーを繰り返し、身を持って体験しないと得られないため、アスレティックトレーナーにとってスポーツ現場での実践的な実習は不可欠であるといえる(図1-B-3)。

図I-B-3

6.アスレティックトレーナーの資質

 どんなに豊富な知識と優れた技術を持ったアスレティックトレーナーであろうと、競技者や指導者から慕われ、信頼されなければ、アスレティックトレーナーとしての役割を果たすことはできない。アスレティックトレーナーは、誰からも慕われる人間性、思いやりのある人柄であることが重要である。特にアスレティックトレーナーは競技者のために、あるいはチームのために献身的に時間を費やし努力するという姿勢が必要であり、「人のために尽くす」気持ちがなければ務まらない。人のために尽くし、人の幸せを支援するという思想を持ち、そうした行為に喜びと誇りを持てる、相手の成長や進歩を手助けするという精神=「トレーナースピリッツ」を持つことが大切である。

 あくまで競技者をサポートするという立場に立つなら、自分のための勉強ではなく、困っている競技者、悩んでいる競技者を助けるために勉強しよう、努力しようというスピリッツを持って、自己啓発し続けることがアスレティックトレーナー本来のあるべき姿であろう。

引用文献

1)特集:トレーナー,Sportsmedicine Quarterly.No23.1998.
2)特集:スポーツトレーナーの役割と育成.Jpn J Sport Sci 13:321-361.1994.
3)河野一郎:アスレティックトレーナーの役割,宮永豊,河野一郎,白木仁編,アスレティックトレーナーのためのスポーツ医学,文光堂,pp1-4.1998.
4)武藤芳照,村井貞夫,鹿倉二郎:スポーツトレーナーマニュアル,南江堂,1996.

(山本利春)