ご注意ください。
内容は、掲載当時(1996年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。

・山本利春:体育系大学における整形外科的メディカルチェック、臨床スポーツ医学 13(10)、1095-1104、1996

体育系大学における整形外科的メディカルチェック

山本利春

はじめに

 スポーツ傷害の予防を目的とした整形外科的メディカルチェックの主眼は、傷害の原因となる身体的要因をチェックして、傷害に対する予防策を図ることにある。しかしながら、実際のスポーツ現場で行われている内容の多くは、検査や測定は行うものの、データを取るだけで現場へのフィードバックが十分になされていないケースが多い。われわれはこの点に留意して整形外科的メディカルチェックを傷害予防に役立てることを念頭におき、学内の健康管理システムの中にメディカルチェックを位置付け、指導が必要な者のピックアップから、機能回復トレーニングの実施に至るまでの一貫した体制をとっている。本稿では、スポーツ選手を多数かかえる体育系大学における整形外科的メディカルチェックの必要性と、その現場のニーズに応じて整形外科的メディカルチェックの結果をどのように活用しているかの実践例を報告する。

体育系大学の実情

 体育系大学の学生にとってスポーツ活動は、実技授業、クラブ活動など大学生活において大きなウエイトを占める。体育系大学の学生のほとんどがスポーツ競技部に所属し、将来体育指導者を目指す者も多い。それゆえ、スポーツ活動に支障をきたす傷害は、競技活動だけでなく、学生生活そのものを脅かすことになる。 実際に体育系大学における退学者の多くはけがに起因するものも多く、運動機能の障害により、競技を断念したり、将来の進路を変更したりする者も少なくない。したがって、他大学に比べ学生の健康管理の必要性は大きい。しかしながら、現実には、日本の体育系大学における健康管理は、一般の大学や高等学校と同様に、学内の健康管理室、保健室、医務室などが受け持ち、主として学校保健法で義務付けられた健康診断・健康相談・応急処置が中心であり、スポーツ選手の特殊性を考慮した内容はほとんど行われていないのが現状である。スポーツ選手の健康管理を行うためには学校保健法内での従来の形式的な管理体制では不十分であり、スポーツ医学的な見地からの合理的な健康管理システムが必要である。

新入生に対する整形外科的メディカルチェックの必要性

 過去数年間のわれわれの調査によると、大学内におけるスポーツ傷害の発生が最も多いのは4〜6月頃で、その多くが新入生の整形外科的問題である。これは、受験時期から入学前までの運動不足による体力低下や体重増加が起因しているものと思われる(表−1)。体育系大学のほとんどが入学試験に体育実技テストを取り入れているため、受験まではある程度の体力トレーニングは行っているものの、受験前の数ヶ月間は受験勉強に専念するために極度な運動不足となってしまう。また、試験が終わると開放されたように競技から離れ、入学までほとんどトレーニングを行わないでいる者も多い。中には、高校時代の現役当時から比べて体重が約10kgも増えた状態で入学してくる者もいる。ここ数年著者らが大学新入生の体力測定を行ってきた結果をみても、脚筋力や腹筋力などの筋力低下や、過剰な体脂肪率を示す者が多い6)。したがって、新入生の中には運動不足で体力の落ちた者がかなり存在するという現状であり、そのコンディション不良な状態のまま現役在学生たちと同じ練習を行えば、当然けがもしやすいといえるだろう。新人の選手たちの多くはけが予備群と思って対応するくらいの配慮があってもよいと思える。

表‐1 体育大新入生に多い身体的な問題点
表‐1 体育大新入生に多い身体的な問題点

 日本の現状では、シーズンオフ明けの期間にのみ基礎体力作りを中心としたコンディショニング・プログラムを実施していることが多く。4〜5月に新入生に対して実施している例は少ない(もちろん入学前にもトレーニングを継続し、コンディションを整えておく配慮をしている選手もいるが)。上記のような状況から考えれば、新入生の体力を把握した上で、他の選手たちの練習に合流させる、新入生には別途のコンディショニング・プログラムでまず基礎体力作りをさせるかを決めるべきであろう。

 したがって、傷害予防の観点から、あるいは春先のシーズンでチーム内の即戦力として期待できるかなどの観点からいっても、新人のからだをチェックする必要性は大である。

 また、新人生の中には、すでに入学の時点で運動に支障のあるけがをかかえた状態であることも多い。中には入学直前の春休みに医療機関で手術を受けている者も少なくない。入学試験の実技試験を受けるまでは何とか保存的に治療し、試験終了後の春休みを利用して入学前に本格的治療をしておこうという例である。新入生は入学当初は右も左もわからない状態なので、誰に相談すればよいのか、どこでリハビリ・トレーニングをすればよいのか困惑し、術後の後療法が重要な時期にリハビリを怠ったり、指導者や先輩たちにうまく事情を話せず無理をして練習に参加してしまったりしてしまう傾向がある。本学では、入学時に新入生全員に整形外科的メディカルチェックを実施しているので、このような学生はすべてスクリーニングされ、円渭にアスレティックリハビリテーションが行えるように個別指導できる体制をとっている。

図1 トレーナー派遣(チーム帯同)
図1 トレーナー派遣(チーム帯同)

国際武道大学の新入生を対象にした運動機能評価

 前述のように本学では、このような体育系大学の実情を踏まえ、従来から新入生が入学後に行っている一般的体カテストをスポーツ傷害予防の観点から再考して大幅に改変し、スポーツ傷害と関連の深い運動機能を評価するための整形外科的メディカルチェックとして新入生全員に実施している。

 一般に日本の多くの体育系大学では、中学校・高等学校に準じて毎年恒例で体力測定を実施している。その内容は文部省の一斉テストであるスポーツテスト、体力診断テストなど、主として運動能力のテストが行われている。これらの体カテストは、学生の体力の経年的な変化を統計的に評価するには有効かもしれないが、スポーツ傷害の予防や競技力向上を目的とするならば、その測定項目は目的に見合ったものではない(例えば、筋力を評価する測定項目は握力と背筋力のみである)。当然傷害との関連性に乏しいために、結果をフィードバックするにも無理がある4)。しかしながら、観点を変えれば、体力測定はどの体育系大学でも毎年定期的に学校行事に組み込まれているわけなので、この一斉テストを有効に利用しない手はないと考えられる。著者の所属する国際武道大学では毎年春先に行われている体力測定を新入生の傷害予防のためのスクリーニングテストとして位置付け、開学3年目(現在12年目)から文部省のスポーツテストの実施をやめ、独自の傷害予防のための体カ測定に全面的に切り替えた。大学で実施されているスポーツテストでありがちな測定をして統計をとって終わるという一方的なものではなく、少しでもスポーツ現場に役立てるということを念頭において、とくに測定終了後のデータの活用とフィードバックに重点をおいて実施している。

 内容は、表−2のようなスポーツ傷害の発生押印に関連するものが中心である。内容はいわゆる一般的な体力測定において中心となる運動能力の評価にとどまらず、骨、関節、筋肉、腱などの運動器がスポーツ活動をするために十分な機能を果たしうるかどうかをチェックし、外傷・障害の予防に役立てようとするものである1、2)。また、機能的あるいは器質的に不十分な場合には、その運動器に負担とならないような範囲で、あるいは負担とならないような運動内容を指示するためのチェックである。したがって、どちらかといえば体力測定というより、スポーツ傷害予防のための運動機能の評価あるいはスポーツ傷害予防のためのメディカルチェックと呼んだほうが理解しやすいといえる5)。

表‐2 国際武道大学における新入生の傷害予防のための測定内容
表‐2 国際武道大学における新入生の傷害予防のための測定内容

 約500名という大きな集団であるため、まずはスクリーニングテストとして異常者(要注意者)をピックアップすることと、1日も早くデータを現場にフィードバックすることに念頭をおいている(表−3、図1〜11)

表‐3 運動機能調査票
表‐3 運動機能調査票

図‐1 脚伸展力の測定
図‐1 脚伸展力の測定

図‐2 上体起こしテストによる腹筋力の測定
図‐2 上体起こしテストによる腹筋力の測定

図‐3 体脂肪率の測定
図‐3 体脂肪率の測定。ピンチキャリパーでつまむことが困難な場合にはインピーダンス法で測定する

図‐4 大腿四頭筋の柔軟性テスト
図‐4 大腿四頭筋の柔軟性テスト

図‐5 長座体前屈テスト
図‐5 長座体前屈テスト。腰背部とハムストリングスの柔軟性テストとして欧米でも広く用いられている。

図‐6 膝関節の関節不安定性テスト
図‐6 膝関節の関節不安定性テスト。反張膝のチェックを行う

図‐7 下肢アライメントのチェック
図‐7 下肢アライメントのチェック。回内足、偏平足、O脚・X脚などを簡単にチェックする。Qアングルや股関節内旋角は実測する

図‐8 体幹の伸展痛テスト
図‐8 体幹の伸展痛テスト。腰痛誘発テストとしての有効性が高い。

図‐9 手関節の回外・背屈・荷重痛テスト
図‐9 手関節の回外・背屈・荷重痛テスト

図‐10 新入生メディカルチェックの測定風景
図‐10 新入生メディカルチェックの測定風景。体育館を用い、半日で約500名の測定を行う。綿密な計画の下に実施しないとパニック状態になる

図‐11 測定終了者に対する面接
図‐11 測定終了者に対する面接。問診表による自覚症状や測定結果に関する即日カウンセリング。問題のある学生は、この場で即再検査(後日の精密検査とカウンセリング)の予約をする。

測定結果の利用

 測定の結果を生かすなら、新入生の運動機能を把握してコンディショニングを行うための情報を得ること、現在傷害をもっていないか? 傷害発生の原因となりうる要素はないか? あるいは過去に注意すべき傷害を経験していないか? などの点を把握できることが重要である。前述した国際武道大学の例では、メディカルチェック(運動機能評価)の結果を図−12、13のようにさまざまな形で利用している。

図‐12 整形外科的メディカルチェックをもとにしたスポーツ傷害予防のための健康管理システム
図‐12 整形外科的メディカルチェックをもとにしたスポーツ傷害予防のための健康管理システム

図‐13 整形外科的メディカルチェックのスポーツ傷害予防への活用
図‐13 整形外科的メディカルチェックのスポーツ傷害予防への活用

1.要注意者に対する精密検査(再検査)

 約500名もの新入生全員に対して個人的にアドバイスできないので、とくに注意を要する者をスクリーニングし、再度専門的な測定や検査を行う。とくに膝と腰については傷害発生頻度が高いため、重点的にスクリーニングする(表-4)。精密検査では、集団測定では時間的に行えなかった整形外科的テスト、マシーンによる筋力測定、細部のストレッチテストや大腿周囲径のチェックなど、現在あるいは過去の自覚症状や発生原因に関する質問などを行う。入学直前に手術をしたものや治療中の者のほとんどは、自動的にスクリーニングされる仕組みになっている。本人がいままで知らなかった重大な傷害がここで発見されることもある。医学的な問題があると思われる学生は、後日、医療機関への受診紹介や、スポーツドクターヘの受診を促す(図-14)。

表‐4 スクリーニングにおけるチェックポイント
表‐4 スクリーニングにおけるチェックポイント

図‐14 再検査時のトレーナーのカウンセリングと機能評価
図‐14 再検査時のトレーナーのカウンセリングと機能評価

2.スポーツ医学的なカウンセリング

 再検査の際に得られた結果を前に、トレーナーあるいはスポーツドクターが今後のアドバイスとして、リコンディショニングのためのトレーニング方法をアドバイスする(図-15)。 現在の身体的な問題点はどこにあるのか? これからのスポーツ活動においてどのような点に注意しなければいけないのか? などの裏付けを説明した上で具体的な指導を行う。 例えば、腰痛者に対し正しい腹筋運動やストレッチングの方法を指導したり、膝靭帯損傷が完治していない選手が無理に練習に参加しないようにコーチに連絡したりすることもある。指導の最も重要なポイントは自己管理を促すことである。ここでの指導が今後の傷害を予防する効果は大きい(図−16〜18)。

図‐15 スポーツドクターによるスポーツ医事相談
図‐15 スポーツドクターによるスポーツ医事相談。トレーナーと選手とドクターが十分に話し合う

図‐16 トレーナールームでのトレーニング
図‐16 トレーナールームでのトレーニング

図‐17 筋のリラクゼーションのためのバイブラバス
図‐17 筋のリラクゼーションのためのバイブラバス

図‐18 クラブ活動前のテーピング
図‐18 クラブ活動前のテーピング

3.各クラブのコーチおよびトレーナーへの結果伝達

 前述したように、基礎体力の低下したコンディション不良な者はけがの予備軍として注意が必要である。そのことを各クラブのコーチやトレーナーに知ってもらい傷害予防を念頭においたトレーニングを促すことが目的である。すでにクラブ活動は開始しているので、1日も早く新入部員のデータをフィードバックしなければならない。測定後にはトレーナースタッフで全力をあげて集計し、必ず1週間以内にデータを渡すように心がけている。測定を受けた学生本人にも、簡易にわかりやすくした解説資料とともに後日延引に配布している(図−19、表−5)。

図‐19 測定直後のデータ整理
図‐19 測定直後のデータ整理。約3日以内にトレーナーチームの手で分担してデータ入力が行われる。

表‐5 データのフィードバックにおける留意点
・一刻も早く現場に結果をフィードバックすること
・できるだけわかりやすくデータを簡易化すること
・傷害の予防とどのような関係があるかを示すこと
・具体的な対応策を用意しておくこと(予防法、トレーニング法など)

4.データベースとしての利用

 各個人の測定データは健康管理室の個人カルテに保管される。仮にけがをしてリハビリすることになった場合、けがをする以前の筋力が記録されているのでトレーニング目標を得やすい。また、選手の傷害発生状況と体力要素との関わりから、どのような身体的特徴をもつものが傷害を起こしやすいかを分析する資料ともなる。

測定の企画からフィードバックまで

 ここでの整形外科的メディカルチェックの目的は新人の傷害予防とコンディショニング管理なので、測定の実施とデータ収集だけではなく、そのデータを目的に応じて直ちにフィードバックすることが重要である(図−20、21)。そのためには、測定を実施する側が十分に測定の意義を理解し、どう活用するかの具体例まで把握していなければならない。大学内でこれだけ大がかりな測定・評価・フィードバックに至る作業をするわけであるが、けっして多くの研究者や専門家がスタッフの中にいるわけではない。測定に直接関わるのは専属教員2名のほかはすべて学内の学生トレーナーである。整形外科的メディカルチェックの実施に関わる主要な役割をする学生トレーナーたちは、スポーツ医学研究室で学びながら、学内のトレーナールームや各クラブ活動において、選手たちの健康管理を受けもつ意欲的な学生たちの集まりである。もちろん最初から専門的な知識をもつ者ばかりではなく、測定の目的や、測定の方法、測定後のフィードバックに必要な知識に至るまで十分な時間をかけて研修・教育を重ねた上で「傷害予防」を目的としたトレーナー活動の一環として行っている7)。また、実施している内容も、特別な高価な機器ばかりを使用しているわけではなく、他大学で実施しようと思えば十分可能な内容である。目的意識をしっかりもったマンパワーさえあれば、状況に応じた工夫をこらすことで十分実現可能である。

図‐20 新入生を対象とした整形外科的メディカルチェック実施までの流れ
図‐20 新入生を対象とした整形外科的メディカルチェック実施までの流れ

図‐21 測定実施からフィードバックまでの流れ
図‐21 測定実施からフィードバックまでの流れ

まとめ

 本来、スポーツ傷害予防のための整形外科的メディカルチェックは、単なる検査としてとらえるのではなく、傷害予防システムあるいは健康管理システムとしてとらえ、どのようにしてメディカルチェックを現場に生かしていくかを考えるべきではないかと思われる。今回紹介した本学の整形外科的メディカルチェックの実施により、体育系大学新入生の中には運動に支障のある機能障害を有する者、脚筋力が低い者、体脂肪率の高い者など、競技スポーツを開始する上で注意を要する者が多く存在することが明らかとなった。整形外科的メディカルチェックの実施により、個々の身体特性や体カレベルが明らかになり、スポーツ傷害に関する相談やリコンディショニングの指導、あるいは早期競技復帰のためのリハビリ・トレーニングへの対応が円滑かつ機能的に行われるようになり、機能評価をベースとした、スポーツ医学的健康管理システムが可能となった。

 今後さらに傷害予防に寄与する健康管理システムの方法について検討を重ねていくつもりである。

文献

1)黄川昭雄ら:スポーツ傷害予防のための下肢筋力評価.整形外科スポーツ医学会誌 6:141‐145,1987.
2)中嶋寛之:スポーツ整形外科的メディカルチェック.臨床スポーツ医学 2(6):735‐740,1985.
3)山本利春:運動機能評価法.運動療法と運動指導の勧め方(和田攻,永田直一編).分光堂,1992.
4)山本利春:再考・体力測定.Training Journal 15(10):75-77,1993.
5)山本利春:スポーツ傷害予防のための測定評価の考え方.Training Journal 15(12):76‐79,1993.
6)山本利春ら:体育大学生におけるスポーツ障害の予防対策−入学時メディカルチェック実施の試み−.
第28回全国大学保健管理研究集会報告書,190‐192,1990.
7)山本利春:トレーナーの役割と課題(3)−体育系大学におけるトレーナー活動.Jpn.J.Sports Sci.13(3):351‐361,1994.