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内容は、掲載当時(2002年)のものであり、現在の状況とは異なる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
保健の科学 2002 第44巻 p.896-903
特集 健康・体力づくり指導者 現状と課題 (その2)
日本体育協会公認アスレティックトレーナー制度 山本 利春 国際武道大学体育学部スポーツトレーナー学科 日本体育協会公認アスレティックトレーナーマスター |
スポーツ選手が最高のパフォーマンスを発揮するためには、選手の体力や技術をよりいっそう高め、外傷・障害・疾病などに伴う影響をより少なくするためのコンディショニングが重要である。近年、それらのアプローチを実施するための医・科学サポートが重要視されており、その役割を果たす専門家としてアスレティックトレーナーの存在が注目されている。
日本体育協会ではスポーツ医学の知識を十分に備えた医師の必要性を感じ、昭和57年に日本体育協会公認スポーツドクターの養成を開始した。アスレティックトレーナーの養成については、その必要性は誰しもが認識しながらも、具体的な役割や対象者、あるいは医療関係の法律的な問題もあり、資格の認定が遅れていた。しかし、競技スポーツの現場では競技力向上を目指すためのハイレベルなトレーニングや競技会などの影響によるスポーツ傷害も後をたたず、医学的診断、治療を行うドクターと、技術面、戦術面の指導を担うコーチとの間を取り持つパイプ役となるアスレティックトレーナーの必要性は高まる一方であった。従来日本では米国のNATA(全米アスレティックトレーナー協会)公認アスレティックトレーナーのような公認トレーナー制度がなく、またその養成機関も存在しなかった。日本体育協会はこのような現状認識のもとに日本でのトレーナー制度を確立すべく、平成6年より日本体育協会の養成事業として公認アスレティックトレーナー制度を発足させた。もともとさまざまな資格や立場が混在し、レベル差が大きい日本の「トレーナー」に一定の基準を設けようという考えで始まった制度である。
日本体育協会において資格認定されたアスレティックトレーナーは、日本体育協会公認スポーツ指導者制度に位置づけられ、公認スポーツドクターおよび公認コーチとの緊密な協力のもとに、スポーツ選手の健康管理、障害予防、スポーツ外傷・障害の応急処置、リハビリテーションおよび体力トレーニング、コンディショニング等を担当する役割をもつ。本資格はあくまでスポーツの場における資格制度とされ、本資格によって医療業務に携わることは当然許されない。
スポーツ現場に、おけるトレーナーのニーズは非常に高い。しかしながらトレーナーの仕事は職業として確立されているわけではない。にもかかわらず、近年、トレーナーを志望する若者やボランティア的にトレーナー活動を行なう人は年々増加の一途をたどり、日本で唯一の公認資格である日本体育協会公認アスレティックトレーナーの資格取得に対する関心はますます高まっている。
本稿ではとくに日本体育協会公認アスレティックトレーナー取得のための概要を中心に紹介したい。
1.受講資格 受講年の4月1日現在満20歳以上で、日本体育協会加盟団体(都道府県体育協会、中央競技団体)、または日本体育協会がとくに認める国内統轄競技団体が推薦し、日本体育協会が認めた者に受講者を限定しているため、個人からの直接申し込みは認めない。全国に多数の本講習受講希望者が存在するが、まず各団体毎年わずか1名の推薦枠に選抜される必要があり、さらに各年度の受講者数の定員枠は75名となっているので、上記の団体から推薦を受けた者約200名の中から活動実績等を審査し選考されることになる。受講資格を得ることは非常に困難な状況であるが、養成講習会の質を維持する上でやむを得ないと思われる。上記の事情を踏まえると養成講習会に参加できる人数は限られるので、日本体育協会公認スポーツドクターや公認コーチの数に比べると、資格者が相当数に達するにはかなり時間がかかり、養成が追いつかないことになる。そこで、日本体育協会が認定したカリキュラムと講師陣を有する教育機関において規定の単位を修得すれば講習が免除される「公認スポーツ指導者養成講習会免除適応コース」という制度が設けられている。このコースを修了すると日本体育協会公認アスレティックトレーナーの検定試験を受験することができる。現在、本コースの承認校として認定されている教育機関は表1に示した11大学、19専門学校となっている。
(2002年10月1日現在)
表1 (財)日本体育協会公認アスレティックトレーナー養成講習会免除適応コース承認校 <大学> 筑波大学 日本体育大学 鹿屋体育大学 関西鍼灸短期大学 大阪体育大学 東海大学 国際武道大学 仙台大学 東京女子体育大学 早稲田大学 筑波大学大学院 <専門学校> 大阪社会体育専門学校 日本ウエルネススポーツ専門学校 札幌社会体育専門学校 津田体育専門学校 東京スポーツレクリエーション専門学校 東京健康科学専門学校 日本工学院八王子専門学校 仙台リゾート&スポーツ専門学校 東都リハビリテーション学院 名古屋リゾート&スポーツ専門学校 神奈川衛生学園専門学校 大阪リゾート&スポーツ専門学校 湘南医療福祉専門学校 大阪医専 トライデントスポーツ健康科学専門学校 大阪ハイテクノロジー専門学校 東京リゾート&スポーツ専門学校 福岡リゾート&スポーツ専門学校 履正社学園コミュニティ・スポーツ専門学校
2.養成講習の内容と講習時間 講習内容は表2のように共通科目と専門科目に区分されている。共通科目はすべてのスポーツ指導者にとって必須な基礎科目として位置づけられており、講習時間数228時間のうち、概ね半分の110時間相当は通信講習とし、残りの118時間は集合講習会を受講することになる。一方、アスレティックトレーナー資格独自の専門科目の136時間は、救急法実習22時間を除き(日本赤十字社救急法資格取得をもって代替とする)、原則として全て集合講習会によるものとし、各分野の専門家の講師による理論講習および実技講習が行なわれる。
1.共通科目 | ||
講習科目(時間数) | 科目の内容 | |
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1.スポーツ社会学(28時間) | スポーツと人間・社会−その見方・考え方− | |
文化としてのスポーツとその指導 | ||
チームワークの形成とスポーツ集団・組織の諸問題 | ||
社会制度としての競技スポーツ | ||
2.スポーツ心理学(28時間) | 運動の心理的効果 | |
スポーツに対する心理的適応 | ||
スポーツの技能の学習と心理的指導 | ||
スポーツ場面での認知の問題 | ||
競技の心理 | ||
3.トレーニング科学(61時間) | トレーニング科学の基礎 | トレーニング科学とは |
運動体としての身体の構造 | ||
運動体としての身体の機能 | ||
トレーニングに伴う生体の変化と適応 | ||
トレーニングのためのバイオメ力ニクス スポーツ記録や技術の進歩とスポーツトレーニング |
||
スポーツ種目別特性と体力について | ||
トレーニング科学の実際 | トレーニング具体化の原則 | |
トレーニング計画とその実際 | ||
トレーニングと体力テスト | ||
発育期のトレーニング | ||
女性のトレーナビリティ | ||
筋力トレーニング(含む実習) | ||
筋持久力トレーニングの基礎(含む実習) | ||
パワー・トレーニングの基礎(含む実習) | ||
スピードのトレーニング(含む実習) | ||
全身持久力トレーニング(含む実習) | ||
総合体力トレーニング(含む実習) | ||
ストレッチング(含む実習) | ||
長期トレーニング計画の立案とその実施についてのコーチヘの指導 | ||
体力トレーニングと技能トレーニングの割合とトレーニング内容の選択について | ||
4.スポーツ医学(56時間) | 内科系 | スポーツ選手の健康管理 |
トレーニングによる生理的適応現象 | ||
トレーニングによる病的現象 | ||
スポーツ選手に起こりやすい病気 | ||
心肺蘇生法(含む実習) | ||
外科系 | スポーツ外傷概論 | |
スポーツ種目と外傷特性 | ||
年齢と外傷特性 | ||
スポーツ外傷各論 | ||
スポーツ外傷のリハビリテーションと外傷性病後のトレーニング計画 | ||
スポーツ外傷の救急処置(含む実習) | ||
テーピング概論(含む実習) | ||
スポーツ・マッサージ概論(含む実習) | ||
特論 | 特殊環境のスポーツ医学(低圧、高圧、高温、低温等) | |
嗜好品のスポーツ医学 | ||
アンチ・ドーピング | ||
5.スポーツと栄養(12時間) | 栄養学1 | 栄養の意義とスポーツマンの食事 |
エネルギー代謝 基礎代謝と活動代謝 食物摂取の影響と食欲(空腹感) |
||
タンパク質・脂質の栄養的意義 | ||
微量栄養素の種類と役割 栄養と食事 食物の栄養的特徴と摂り方 試合直前、試合当日の食事 |
||
栄養学2 | 年齢別、性別栄養所要量 | |
発汗と水分代謝 | ||
体脂肪と体構成 | ||
食物選択の実際と食事指導 | ||
6.スポーツ指導論(26時間) | 指導論1 | スポーツ指導の意義と目標 |
指導時間の取り方と時間割の設定 | ||
指導段階(過程)とその設定 | ||
指導人数とグループ指導 | ||
指導施設の選択と用具の準備 | ||
指導論2 | 性、年齢に応じたスポーツ指導力リキュラム | |
学業、仕事、家庭とスポーツ活動 | ||
指導論3 | ナショナルまたはインター・ナショナルイベントとその役割 | |
スポーツ指導者論 | ||
7.地域におけるスポーツ行政(6時間) | スポーツ行政の目的・領域 | |
スポーツ行政の組織・体制 | ||
国のスポーツ振興施策 | ||
都道府県スポーツ行政と地域スポーツ施策 | ||
市区町村スポーツ行政と地域スポーツ施策 | ||
今後のスポーツ行政と地域スポーツ施策の課題 | ||
スポーツ行政のしくみ | ||
地域スポーツ行政の課題 | ||
8.研究協議等(11時間) | 研究協議(情報交換) | |
小計(228時間) |
2.専門科目 | |
講習科目 | 科目の内容 |
---|---|
1、アスレティックトレーナーの役割(6時間) | アスレティックトレーナーの役割 |
スポーツドクターとの連携・協力 | |
コーチとの連携・協力 | |
2、トレーニング科学(8時間) | トレーニング環境の整備とその活用について |
ナショナルチームづくりとその戦力アップトレーニング計画 | |
海外遠征時の諸問題とその対応 | |
3、スポーツ医学(18時間) | コンディションの把握と管理 (1)コンディショニングの捉え方 (2)スポーツ選手のコンディショニング (3)コンディションの把握 (4)コンディショニングの方法と実際 |
海外遠征のスポーツ医学 | |
トップアスリートに見られる病的現象 | |
各部位の機能解剖 体幹(頚部・胸部・腰部)、肩〜上肢、前腕〜肘、手・指、股関節・大腿、膝、下腿と足関節、足・足跡 |
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各部位の理学診断・評価 体幹(頚部・胸部・腰部)、肩〜上肢、前腕〜肘手・指、股関節・大腿、膝、下腿と足関節、足・足跡 |
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関節可動域計測 | |
徒手筋力検査法 | |
4、スポーツと食事(10時間) | トレーニングプログラムと食事 |
スポーツマンの栄養欠陥に基づく疾病と対策 | |
遠征時(合宿、試合)の食生活のあり方 | |
種目特性と食事 (1)エネルギーの供給系からみたスポーツの種目特性 (2)エネルギー摂取量と食事に含まれる栄養素 (3)持久力を高める食事 (4)筋力増強と食事 (5)体重調節と食事 |
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スポーツと水分補給 | |
スポーツと補助食品 | |
5、救急法実習(22時間) | 救急法について |
蘇生法(気道確保と人工呼吸) | |
傷と止血 | |
骨折、脱臼、捻挫等 | |
急病 | |
包帯 | |
運搬、救護 | |
6、アスレティックリハビリテーション(含む、実習)(20時間) | アスレティックリハビリテーション総論 @必要性APT・ATの役割B必要な診療・検査C手法D計画 |
部位・疾患別リハビリテーション @肩関節A上肢・肘B頸部C腰部D腹部、股関節E大腿・膝F下腿、アキレス腱G足関節・足部 |
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種目特性とリハビリテーション @競技特性を踏まえたトレーニング処方 Aプログラムの段階的なアプローチ B再発予防への配慮 Cスポーツ選手の心理面のコントロール D陸上競技 E水泳 Fスキー、スケート G野球 Hサツカー Iラグビー/アメリカンフットボール Jバスケットボール(女子) Kバレーボール L柔道 |
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7、テーピング実習(16時間) | @総論 A足部 B足関節 C下腿部 D膝関節 E大腿部・股関節 F腰部・胸部 G肩鎖関節・肩関節 H肘関節 I手関節・指関節 |
8、コンディショニング実習(24時間) | ストレッチングの実際 @ストレッチングの目的 Aストレッチングを効果的に進めるために Bウォーム・アップ、クールダウン Cスポーツ障害とストレッチング Dスキルとストレッチング E効果的なストレッチングのための基礎知識 |
各種測定法の実際と評価 @形態測定(身長、体重、肢長、周径、アライメント測定等) A体力測定(筋力測定、関節柔軟性検査等) B測定結果の評価方法 |
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スポーツ現場復帰への実際 @等徒手的抵抗法 Aアイシング等 B装具等の使用 C各種手法 |
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種目特性とコンディショニング @総論 Aスピードスケート Bラグビーフットボール C柔道 D採点種目 |
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9、ドーピングコントロール(6時間) | アンチドーピングの目的 ドーピングの定義 禁止される物質の種類 注意すべき市販薬 事前申告を必要とする薬物 ドーピングコントロール・ステーション同伴時の留意事項 |
10、現場における安全確保(6時間) | 総論 用具・施設 ウエアとシューズ 競技別対応ルール |
小計(136時間) | |
合計(364時間) |
3.検定試験と合格者の実状 |
本資格制度は平成6年に発足し、最初の2年間は過去に一定のトレーナー活動実績を有する者(プロ野球、Jリーグ等で活動するトレーナー、あるいは各中央競技団体のナショナルチームなどにおける活動実績を有し各団体が推薦したトレーナーを対象に、日本体育協会の審査で承認された者)だけを対象とした資格認定特別講習会および検定試験が実施され、計278名が資格認定された。その後、平成9年度より正規の検定試験が実施されている。検定試験の受験内容は、養成講習会の受講者、講習免除適応コース修了者ともに同じであり、共通理論7科目、専門理論科目8科目、そして専門実技4科目が3日間で行なわれる。ただし、講習免除適応コース修了者においては、事前に実施される基礎筆記試験において合格ラインに達さないと専門実技試験を受験することができないことになっている。
教育機関において規定の単位を修得し受験条件を満たした適応コース受験者の中には、専門実技の口頭試問試験に対応できるだけの基本的な解剖学、運動学、機能評価学などの知識や用語が十分に身についていないことが見受けられるからである。検定試験に合格するには、最初の受験から受講有効期限内(受験形態が異なるため養成講習会は5年、適応コースは4年)のうちに上記の試験科目の全てにおいて合格する必要がある。
検定試験の合格率は、養成講習会修了者ではおよそ40%であり、適応コース修了者ではおよそ10%以下と極めて低い。最近2〜3年における適応コース修了者の合格者は、新規受験者(初回受験者)では1〜3名、再受験(翌年以降の追試)では10〜25名となっている。現在までの合格者数は、特別講習会修了者278名、養成講習会修了者221名、適応コース修了者51名の計550名である。これらの認定された公認アスレティックトレーナーが、各競技団体や全国各地の競技団体の医・科学サポートに従事することが理想であるが、表3のように未だ地方によっては公認アスレテッィクトレーナーが存在しない都道府県もあり、今後の養成に期待がかかる。
表3
(財)日本体育協会公認アスレティックトレーナー都道府県別資格登録者数(実人数) (平成14年4月1日現在)北海道 11 福島 3 東京 112 石川 2 滋賀 4 鳥取 0 徳島 2 熊本 6 青森 1 茨城 7 神奈川 61 福井 1 京都 5 島根 0 愛媛 2 大分 1 岩手 2 栃木 3 山梨 3 静岡 13 大阪 17 岡山 3 高知 1 宮崎 2 宮城 2 群馬 5 長野 9 愛知 24 兵庫 18 広島 19 福岡 12 鹿児島 0 秋田 0 埼玉 38 新潟 2 三重 5 奈良 2 山□ 2 佐賀 2 沖縄 2 山形 5 千葉 41 富山 5 岐阜 6 和歌山 4 香川 4 長崎 2 合計471
4.アスレティックトレーナーマスター |
日本体育協会ではアスレティックトレーナーの指導的立場の役割として、「アスレティックトレーナーマスター」の認定も行なっている。このアスレティックトレーナーマスターは、アスレティックトレーナー養成事業の充実を図るための中核的役割を果たし、アスレティックトレーナーの育成・指導にあたる者とされている。平成12年に12名、平成13年に2名の現在計14名が認定を受けている。
5.今後の課題 |
日本体育協会のアスレティックトレーナー制度は、「トレーナー」として活動する人を資格やバックグランドはさまざまでも共通の知識と技能レベルを定めた点で、その混乱を整理する第一歩として高く評価される。しかし、現在の本制度における養成講習の内容には、現場における実践的な実習(スポーツ選手に対する実際のサポート活動を指導者の監視下で教育を受ける)が含まれておらず、臨床経験がつめないことがこの制度のひとつの課題といえる。今後はとくに、免除適応コース承認校におけるトレーナーとしての現場実習のできる教育環境の充実が望まれる。
©Yamamoto Toshiharu 2002