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・山本利春:アクアコンディショニングの有効性 〜特集にあたって〜,トレーニング科学, Vol.19, No.3, 2007

アクアコンディショニングの有効性 〜特集にあたって〜

山本 利春

 水を活用した身体機能の改善や疲労回復のアプローチは古くから広く用いられてきた。代表的なものとして、入浴による疲労の回復やリラクゼーション、温泉療法などが挙げられるが、近年ではスポーツ選手のコンディショニングとして用いられることも多くなってきた。運動後の疲労を速やかに軽減したり、その後に控えた再度の運動の質や量を落とさないように積極的な機能回復を図らなければならないときは、より効果的なアクティブレスト(積極的休息)を実施する必要がある。そのアクティブレストの1手段として、水中での軽運動による疲労回復を図る試みが行われている。水は浮力、粘性抵抗、水圧、水温などの身体に影響を与える特性を併せ持ち、陸上では得られない多様な身体機能への効果をもたらす。この水の特性を活用することで効果的なコンディショニングが可能になる。

 本特集では、水を活用したコンディショニング、すなわちアクアコンディショニングの有効性についての情報提供と、そのエビデンスに関する新しい知見を最近の研究結果をもとに以下のテーマで概説していただく。

「運動後の疲労回復に及ぼす水泳および水中運動の効果」高橋淳一郎氏(中京女子大学)
「ラグビー選手の筋損傷におけるアクアティックリカバリーの効果」太田千尋氏(クボタスピアーズ)
「入浴が疲労回復に及ぼす効果〜入浴とシャワー浴の比較〜」松井健一氏(千葉県スポーツ科学総合センター)
「交代浴が疲労回復に及ぼす効果」片平誠人氏(福岡教育大学)

 まず、本稿ではアクアコンディショニングのキーワードとなる水の特性が人体に及ぼす影響にふれながら、いくつかの応用例を紹介する。 

I.水の特性と身体機能改善への応用

 水が身体に与える作用の中でも、特に身体機能の回復を目的としたトレーニングやコンディショニングを行なう際に深く関わる物理的特性として、@浮力 A水圧 B抵抗 C熱伝導の作用が挙げられる。これらの物理的特性が身体に対し生理的な変化をもたらし、疲労回復やリラクゼーションの効果に働きかけるといわれている。

A.浮力

 人は通常地上で生活している問は常に重力が掛かっており、運動を行わなくても抗重力筋(脊柱起立筋や腹筋深層など)は緊張を続けている。人は日常生活において無意識のうちに重力に対抗し続けるための様々なストレス(負荷)を受けながら生活をしていることになる。そのようなストレス状態から一時的に解放させて身体の負荷を軽減させる働きを持つのが浮力である。

 浮力は、水深によって変化をすることが知られており、身体のどの部位まで水に浸かっているかで、浮力によってどの程度体重が軽減されているかがわかる(図1)。この浮力効果に水の粘性抵抗も加わり、体重が軽くなり荷重ストレスが低下することから、運動による身体への衝撃が軽減され、ランニングやジャンプ時の地面からの反力はもちろん、関節連動の際の過伸展の防止、運動の切り換え、制動の際の伸張性のストレスが少なくなる。つまり運動時の加速がつきにくく、重力による慣性が働きにくいので過度なストレスが生じにくくなる。

 地上では重力の影響で体重支持、姿勢保持に関わる抗重力筋や姿勢保持筋は常に活動(緊張)し続けている。水中では浮力により無重力に近い状態を作りだすことができ、これらの筋群をリラックスさせることができる。特に脊柱起立筋などの腰背筋群の筋緊張、筋疲労による腰痛を有する場合には効果的である。加えて、水温、水圧による温熱効果、血行循環の促進、自律神経機能の賦活なども同時に得られ、リラクセーション効果を高める。


図1 水深ごとの荷重負荷の割合

B.水圧

 水に入ると身体には水圧が掛かり、水探が深くなるほど水圧は増していく。身体に圧力が掛かると、皮膚表面に近い静脈が圧迫され(図2)、血液の循環が促進される効果がある。静脈血は疲労物質を多く含み、その血液がより早く心臓に戻されることで、疲労回復効果が期待できる。特に立位時には、水中で深い位置にある下肢により大きな水圧が加わることになり、陸上での運動や立ち仕事をしている人たちにはより有効な疲労回復方法となるだろう。


図2 頭を水上に出して身体を水につけた場合に身体にかかる圧力

C.抵抗

 水中では、身体を動かしたり、静止しようとする際に抵抗が生じる。水は空気の800倍もの抵抗(粘性)があると言われており、当然陸上で体を動かすよりも負荷抵抗が掛かり、動きがゆっくりとなる。よって水中では動作を早くするほど、負荷が大きくなる。水の中で脚を速くスイングしようとすると見えない重さが掛かり、頑張っても速度が上がらないという経験をしたことがあると思うが、その見えない負荷が水の粘性である。この水の粘性によって器具を使用しなくても様々な動作で負荷抵抗を作ることが可能となる。また、水中での運動のほとんどは短縮性収縮(地面や壁をキックすることを除き)であるため、陸上での連動と違って重力加速度を伴った反動や衝撃を極めて受けにくい。そのため、筋肉に過剰な負荷がかかりにくく、運動後の筋肉痛も少なく、比較的安全にトレーニングすることができる。あるいは関節外傷患者や関節弛緩性の大きい人でも比較的安心して運動を行うことが可能になる。

D.熱伝導効果

 水の熱伝導率は空気の23倍と言われ、冷たい水に浸かっていると直ちに体温が奪われ、お風呂など暖かい水(お湯)に浸かっていると温度によっては5分程度で汗をかくほどに体温が上昇する。体温が上昇するような激しい運動を行う際には低い水温が適しているが、逆に静かにリラクセーションをしようとする際には低い水温では適切ではない。図3は水温が身体に与える影響と目的に応じた運動の内容である。水中の温度は、身体に対しすばやく影響を与えるので、運動に応じた水温の選択をすることが本来は望ましい。


図3 水温と生理的変化

II.水中でのストレッチング効果

 前述したように水にはさまざまな特性があり、上手に活用すれば身体機能への改善効果は大きい。ここでは筆者らが行なった水中でのストレッチングに関連したいくつかの実験を紹介する。

 アクア(水)の特徴を活かして、ストレッチングを行うことを、ここではアクアストレッチと呼ぶことにする。通常の陸上で行うストレッチングの効果に水中での利点を加え、より筋の柔軟性改善効果を期待して行うストレッチングである。

A.水中での柔軟性

 陸上と水中(真水と海水)で4部位の柔軟性測定(ストレッチテスト)を行い比較してみると、陸上よりも水中のほうが柔軟性測定値は高値を示し、その傾向は、腰背筋群でもっとも大きくみられた(図4)。陸上では常に緊張を強いられている脊柱起立筋のような腰背部の筋が、水中では浮力などの影響により弛緩し柔軟性の改善につながったと考えられる。また、水の成分のちがいでは、真水よりも海水のほうが柔軟性の改善が大きくみられた。海水は真水に比べ浮力が増すことから、浮力の影響がより効果的に作用したと考えられる。これらの結果からも、水中では筋肉がリラックスして、より高い柔軟性を得ることができると考えられる。


図4 陸上と水中(真水・海水)における柔軟性の比較

B.水中におけるダイナミックストレッチングの有効性

 通常の陸上で行なわれているストレッチングでは、その方法によって柔軟性改善効果に違いがあることは既に知られていることであるが、陸上とは環境が異なる水中ではストレッチング方法の違いによって、その効果に差があるのかを調べてみた。水温30℃のプールを利用して、ハムストリングス(大腿後面の筋群)に対する@スタティック(静的)ストレッチング、Aダイナミック(動的)ストレッチングと、B陸上でのスタティックストレッチングを10分間行ない、その後の柔軟性の改善効果を測定評価した。その結果、水中でのダイナミックストレッチングがもっとも柔軟性改善効果が高い傾向がみられた(図5)。水中では、浮力による筋のリラクセーション効果に加えて、ダイナミックストレッチングの動作である脚の振り上げ時には水の粘性低抗が加わるため、ハムストリングスの拮抗筋である大腿四頭筋の筋収縮が必然的に生じ、神経−筋促通効果(相反抑制の働き)により、ハムストリングスを弛緩させる効果が得られたと推測できる。陸上でのダイナミックストレッチングの動作時には、反動を伴うバリスティックストレッチングになりやすいという難しさがあるが、水中であれば水の粘性抵抗により反動を用いずに拮抗筋の収縮とハムストリングスの伸張を動的に行なうことができるという利点がある。これらのことから、水中でのダイナミックストレッチングは水の特性を有効に活用することが可能な方法であるといえよう。


図5 アクアストレッチ前後でのハムストリングス柔軟性の変化

III.アクアコンディショニングの条件選択

 プールなどを利用してストレッチングやエクササイズを行なう際に、いくつか確認しなければならない環境条件がある。まずはじめに、水温は何度に設定されているかである。通常、一般のプールでは28−30℃に設定されている。競泳用の場合は、激しい運動を行なうため、やや低く26℃前後に設定されている。リラクセーションやリハビリテーションなどアクアセラピーを行なうような施設では、水温により体温が低下しないような不感温度である36℃前後に設定されている。

 不感温度とは、文字どおり温度が気にならず、水温によって体温が奪われることなく副交感神経のはたらきが優位になり、筋のリラクセーションがより得られる温度といわれている。反対に、お風呂や温泉では通常40℃前後に設定されており、浸かっているだけで体温が上昇し、エネルギー消費も大きくなる。42℃をこえると交感神経のはたらきが優位になり、リラクセーションの効果が低下する可能性がある。また、水温が28℃に達していれば、軽度な運動を行なうことで体温の低下はみられないという報告もあり、これらを考慮すると、ストレッチングの効果を高める至適温度としては、28℃〜40℃となるが、この範囲においても36℃の不感温度を基準にして、低ければ動きのある種目を、高い場合は動きを抑えてスタティックストレッチングやパートナーストレッチングを行なうことが望ましいと考えられる。

 次に水深であるが、一般のプールにおいては、おおよそ1.1−1.3mの探さとなっており、プールの中央に行くほど深くなる。前述したように、水深が深いほど身体部位にかかる水圧は高くなることから、とくに下肢の疲労回復効果を高めるためにはやや深いところに移動して行なうなど工夫をするとよい。また、施設によっては、スイ ミングレーンとウォーキング用・リハビリ用と分かれ、深さのちがいやジェットバス、手すりなどが備わっているところもあり、そのような施設を工夫して最大限有効活用するのもよいだろう。

W.リコンディショニングヘの応用

A.筋柔軟性および関節可動域の改善

 地上では重力の影響で体重支持、姿勢保持にかかわる抗重力筋や姿勢保持筋は常に活動(緊張)し続けている。水中では浮力により無重力に近い状態を作り出すことができ、これらの筋群をリラックスさせるのに効果的である(図6)。加えて、水温、水圧による温熱効果、血行循環の促進、自律神経機能の賦活なども同時に得られ、リラクセーション効果を高める。とくに脊柱起立筋などの腰背筋群の筋緊張、筋疲労による腰痛を有する場合には効果的である。医療機関において腹筋強化と腰背筋群のストレッチングなどのいわゆる腰痛体操を指示されたが、痛みのため体幹屈曲動作もできないという症例に対しては、まず筋緊張の緩和を目的に水中でのリラクセーションをさせることが効果的である。筋スパズムを軽減した上で、水中でのストレッチングや軽運動を開始するとよい。

 術後の関節可動域訓練やストレッチングも、水中で筋がリラックスした状態で行う方がより効果的である。ハムストリングス肉離れ後の股関節屈曲や肩関節脱臼後の肩関節外転などの可動域改善訓練も水中での浮力を利用して脚や腕の重さを軽減した状態で行うと効果的である。


図6 水中でのリラクセーション
 上:浮き具を用いた水中リラクセーション
 下:ジャクジーバス(気泡浴)

B.疲労回復を目的としたアクティブレストとしての活用

 ある期間、集中して試合が実施される競技では、試合の疲労を次の試合までにいかにして取り除くかが重要な課題になる。これは、連戦の疲労が蓄積疲労となるリーグ戦後半では、成績に直接影響しかねない事項となる。運動後の疲労回復には安静による完全休息よりも、ある程度の運動やストレッチングなど能動的に身体を動かした方が回復効果が高いこと、つまり積極的休息(アクティブレスト)を施した方が効果的であることが知られている。この試合後の疲労回復を目的としたアクティブレストを水中運動を用いて実施した事例を紹介する。

C.サッカー選手におけるアクアコンディショニングの実践例


表1 サッカー部公式戦中のアクティブレスト導入パターンと効果測定スケジュール

表2 サッカー部のアクティブレストで実施されたプログラム

 某大学サッカー部を対象とし、リーグ戦中の試合の連戦による疲労を軽減するための一方法として、チームのレギュラー選手全員に対し、リーグ戦後半に試合翌日ごとに温海水を用いた水中でのコンディショニング・プログラムを実施した。リーグ戦は毎週1試合のペースで5試合行われたが、5試合のうち前半の2試合の翌日はアクティブレストを実施せず、完全休養の形をとった。疲労がより蓄積すると考えられる後半3試合の翌日には、水を活用した水中運動およびリラクセーション(アクアコンディショニング)をアクティブレストとして実施した(表1)。実施されたプログラムの内容は表2のごとく、集団でのアクアエクササイズとして、水中ウオーキングやアクアラン、水中でのブラジル体操などの軽運動など(図7)。あるいは水中でのパートナーストレッチやジェット水流や気泡浴を活用した疲労部位へのマッサージなどである(図8)。  これらのアクアコンディショニングの効果を調べるために、筋疲労度の指標として、試合前日の柔軟性(関節可動域、筋硬度)を表1に示したように、@リーグ戦開始前、A完全休養した2試合後の3試合日の前日、Bアクアコンディショニングでアクティブレストした2試合後の5試合日の前日、の3回に渡り測定した。その結果、リーグ戦初期のコントロール値(測定@)に比べ、アクティブレストを実施しなかった後の時点(測定A)では筋硬度は著しく高くなり、疲労が蓄積していることが推測された。しかし、アクアコンディショニングを実施した後の時点(測定B)では柔軟性が改善し、リーグ戦開始前の数値に近づいている(図9)。

図7 水中でのアクアエクササイズ

図8 水中でのパートナーストレッチング


図9 腰部の柔軟性(筋硬度)の変化

測定@リーグ戦初期のコントロール値
測定A2試合に渡って試合翌日に完全体養を取った後の次の試合前日の値
測定BAの後の試合で2試合に渡って試合翌日にアクティブレストを行った後の次の試合前日の値

 本来、完全休養した前半の2試合と同様に過ごせば、最終戦前の時点(測定B)においても、4週間毎週連戦の影響で疲労が蓄積し筋はさらに硬くなってくるはずである。しかし、今回はそれが2試合終了後の時点(測定A)での疲労よりも低く抑えられている。これはアクアコンディショニングの導入による疲労回復の効果であるといえよう。一方、ハムストリングスの柔軟性(股関節屈曲可動域)の変化(図10)でみると、筋硬度のような大きな変化は認められなかったものの、後半の疲労蓄積による柔軟性低下を抑えて維持したという意味では効果があったといえる。また、選手の自覚的疲労感からみても良好であった。結果的にこのチームはリーグ戦を全勝優勝で終えることができた。

 水を活用した試合後のアクティブレストは、すでに複数のJリーグチームが1996年頃から導入して効果を得ている。今後、スポーツ選手のコンディショニングに積極的に活用されることが望まれる。


図10 ハムストリングスの柔軟性(股関節屈曲可動域)の変化

文献

1)小粥智浩ら:下肢のアスレティックリハビリテーションにおける荷重負荷をコントロールしたトレーニングの応用.トレーニング科学,14(2):53−58,2002.
2)山本利春ら:水中の各水深における人体の荷重負荷率,第56回日本体力医学会,仙台,2001.
3)山本利春,日暮清訳(Bates,A and N.Hanson著):アクアティックリハビリテーション.ナップ,東京,2000.
4)山本利春:水中運動の臨床応用:スポーツ選手のリハビリテーションとコンディショニング.臨床スポーツ医学,20(3):281−288,1998.
5)山本利春:スポーツ傷害に対するアクアティックリハビリテーション.体育の科学,50(7):517−521,2000.
6)山本利春:アスレティックリハビリテーションと水中運動. Sportsmedicine,30:18−20,2000.